第六話 激突

銀色の狩人

 ロベ攻防戦における共和国側の強みは、何といっても、常にイニシアチブを握れる側にあるという点であろう。

 開戦初期の砲撃により、かつての栄華が想像できないほど破壊し尽くされたとはいえ、この都市がホームグラウンドであることに変わりはなく……。

 しかも、地下鉄路線と組み合わせる形で都市の地下へ張り巡らされた秘密通路により、神出鬼没な攻撃を仕掛けることが可能なのだ。


 対して、レソン側は瓦礫の都市と化した地上部を当てもなくさまよい、偶発的な遭遇戦に勝利し、徐々に共和国側の戦力を削いでいかねばならないのだから、戦術的にどちらが優位であるかは明らかである。


 その日、第三〇六地下壕に所属する共和国戦人センジン小隊が仕掛けたのも、そういった有利ないくさ……そのはずであった。


「――読まれていたっ!?」


 廃墟となった建物へ隠れ潜み、敵機が通り過ぎるのを待ち受けて背後から射撃する……。

 必殺を期して放たれた砲弾は、しかし、素早く伏せることで回避されたのだ。


「この新型――速いぞっ!」


 初撃を外したパイロットが語る通り、今、目の前で獣のごとく四つん這いとなったのは、見たこともない新型機である。

 全体的に、鋭角なフォルムをしており……。

 全身が、銀色に塗装されている……。

 すらりと伸びた長い手足は、陸上選手のそれを彷彿とさせた。

 そして、デザイン負けしていない運動性能を誇ることは、たった今、実証されたばかりだ。

 仮に、同じ動きをトミーガンが実行したとしても、地に伏せることは間に合わず、撃ち抜かれていたに違いないのである。


 ――ザウッ!


「跳んだ!?」


 四つん這いとなった姿勢のまま、銀色の新型が大きく跳び跳ねた。

 その瞬発力たるや、やはり現行機では遠く及ばぬものであり、さながら猫科の肉食獣が飛び上がったかのようである。

 自身の全高を大きく超える跳躍力を発揮し、謎の新型がロベの空を舞う。

 そして、そのままトミーガンの背後に存在する廃ビルへ着地した。


 ――ズズンッ!


 基礎建築がしっかりしているとはいえ、崩れかけの建物がその衝撃に耐えられたのは、相応の軽量化がなされているからに違いない。

 運動性能、馬力、軽量化……。

 全ての基礎スペックにおいて、この新型はトミーガンなど遠く及ばない別次元へと至っているのだ。

 そして、背後と上方を取られることは、戦人センジン戦において死を意味する。


「うあっ!?」


 ――ガアンッ!


 敵機が放った機兵用三八式突撃銃の砲弾は――一発。

 それは、狙い過たずにトミーガンの胴体を直撃し、内部のパイロットを肉塊へと変えた。


「くそっ!」


「撤退しよう!」


 ――ヴウウウウウンッ!


 手にしたライフルでフルオート射撃を加えて牽制しつつ、生き残りのトミーガンたちがじりじりと下がる。

 ここロベの戦いにおいて共和国側が優位なのは、攻める時だけでなく、撤退する時においてもまた同様だ。

 都市内に点在する地下鉄路線内部には、共和国側しか知らない各種のトラップと、地下壕へ至るための迷路じみた秘密通路が存在しており……。

 そこへ逃げ込んでしまえば、いかに新型機が高性能であろうと、追撃は不可能なのである。

 逃げ込むことが出来れば、だが。


 ――ダアンッ!


 足場にした廃ビルの屋上を踏み砕きながら、敵の新型が再び跳躍した。

 バレリーナのごとく身をひねってのそれは、見事の一言であり、コンピュータによる射撃補正が追うことを許さない。

 そして――着地。


 ――ザウッ!


 と、同時の踏み込みである。

 人間のそれと、同様に考えてはならない。

 強大なパワーを秘めた戦人センジンが、持てる力の限りを込めて蹴り込んだのだ。

 銀色の新型は、地を這う虎のような姿勢のまま、たちまちトミーガンの一機へと肉薄する。


「は、速すぎる!

 追い切れな――」


 それが、パイロットの断末魔だった。


 ――ズブリ!


 ……という、およそ装甲を貫いたとは思えぬ音と共に、新型が手にした銃剣を突き刺したのだ。

 戦人センジン用のそれは、刃が分子レベルで振動を発しており、ガンマ合金製の装甲すらもバターのように引き裂くことができた。


「う、うわあああああっ!?」


 こうなっては、冷静な判断などできようはずもない。

 残された最後のトミーガンは、ただがむしゃらに、フルオートでの砲撃を加える。


 ――ヴウウウウウンッ!


 しかし、30mm口径の砲弾は、ただの一発も当たることがない。

 射撃の瞬間、やはり俊敏な動作で身を伏せることで、新型は砲弾のことごとくを回避せしめていた。

 そして、伏した姿勢のまま、新型機が手にした三八式を撃ち放つ。


 ――ガアンッ!


 フルオート射撃を加えていたトミーガンに対して、こちらが放った砲弾はただの一発……。

 だが、その一発はトミーガンの胴体を撃ち抜き、内部のパイロットを肉塊へ変じさせることに成功していた。


 完勝、である。

 銀色の新型機は、ただ一機で……しかも、背後から先手を取られていたにも関わらず、戦人センジン一個小隊を壊滅せしめたのだ。


 物言わぬ骸と化したトミーガンらを眺める新型機の姿は、血に飢えた肉食獣を連想させた。




--




「中尉殿、お待ち下さい!」


 ――ガシンッ!


 ――ガシンッ! ガシンッ!


 ……と、雷牙ライガのそれに比べれば、いかにも鈍重な足音を響かせながら駆けつけてきたのは、キリー少尉が駆るトミーガンである。

 彼の機体には、同じくトミーガンが並走しており……。

 そちらに乗っているのは、補充要員であるケーナ少尉であった。


「まったく、これだけ走ってようやく追いつけるなんて……!

 その新型が本気を出したら、とてもじゃないけど連携は無理ですね! 隊長!」


 男勝りなケーナ少尉の声が無線越しに響き渡ると、我知らず笑みを浮かべてしまう。


 ――そうだ。


 ――トミーガンごときでは、本機の相手は務まらない。


 ――それは、たった今、証明された。


「うわ……。

 これ、全部中尉殿がやられたんですか?」


「三機共、コックピットを一発……。

 鮮やかだねえ」


 雷牙ライガの実力を示す贄となった共和国機の残骸を発見し、部下たちが口々にそう漏らす。


「ですが、中尉殿。

 いかにその機体が優れた性能を有していようと、むざむざ一対三で戦うのはいかがなものかと」


「そうそう。

 あたしらにだって、スコア稼ぎの機会を分けてくれなきゃあ」


 ――機会を分ける。


 その言葉に、脳内の奥……本能的な働きを司る部分が反発を示し、口を開こうとする。

 しかし、すんでところでそれを押し留められたのは、カルナの理性が為せる技であった。


「済まないな。

 敵機の気配は感じたのだが、どこに潜んでいるかが分からなかった。

 となれば、この雷牙ライガが単機で囮となり、釣り出された相手にカウンターを仕掛けるのが、最も確実に殲滅可能な戦法と判断したのだ」


「なら、飛び出す前にそうおっしゃって下さい。

 自分たちは、チームなのですから」


「囮になるってんなら、潜んでいるあたしらのとこまで反転してきて、釣り出した敵を挟撃するって手もありますからね」


 あくまで、自分の身を心配するキリー少尉と、撃墜数の追加に目がいっているケーナ少尉……。

 両者にそう言われては、さすがに詫びの一つも入れようという気になる。


「ああ……次からはそうするさ」


 だが、詫びとも反省ともつかぬその言葉に身が入っていないことを、カルナは知覚していた。

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