悪だくみ

 ――ヤキが回った。


 あの奇妙な少女たちの手によって制圧され、リキウの警察署に放り込まれて以来、ジニー・デイブの脳裏に浮かんでいるのは、その一言のみである。

 裏社会の人間として、最も憧れるもの――安穏とした余生。

 それにあと一手で手が届くと、目をくらませてしまったのが間違いだった。


 あのような少女たちが存在するなど、計算違いだったと自分を慰めるのは簡単だ。

 しかし、そもそもの話として、本格の宇宙海賊としてのやり方を曲げさえしなければ、このような目には遭わなかったのである。


 ブラックキャット一家は、文句なしの壊滅だ。

 多数の死者を出しているし、残る人間も自分を含め、絞れるだけの情報を絞ったならば、処刑台が待ち構えているのである。


「やれやれ……。

 せめて死ぬならば、宇宙の海がよかったねえ」


 留置場のベッドに寝そべり、天井を睨みながらそうつぶやく。

 その遥か先に広がる漆黒の空間こそ、ジニーが真に居るべき場所なのだ。

 靴音を響かせながら看守が姿を現したのは、そのようにしている時のことだった。


「よう、海賊」


「ご機嫌よう、看守殿。

 一体、何の用事だい?

 今日の取り調べは、もう終わったはずだろう?」


 この数日で、すっかり気安く話せる仲になった看守と、そんな会話を交わす。

 かような関係性を築けたのは、あらゆる扱いへ従順に従い、聞かれたこと全てへ正直に答えたからである。

 もはや、いかなる抵抗も無意味であり……。

 情報を出し渋ったところで、得られるものなど何もない。


 ゆえに、半ば自棄とも言える態度でそうしていたのだが、警察という組織は、自分たちへ素直に従う相手に対しては、存外、優しいものであった。

 結果、ジニーは取り調べにおいても、暴行などの非人道的な扱いを受けることはなく……。

 なかなかに快適な留置場生活を、満喫できていたのであった。


「お前に、面会だそうだ」


「面会?

 妙な話だな。

 もうこんな時間だし、そもそも、俺のような凶悪犯を誰かと引き合わせていいものなのか?」


「俺も、そう思うけどな」


 看守が、肩をすくめてみせる。


「とにかく、この仕事は言われたことを言われるままにやるのが大事だから……」


「ああ、宮仕えの大変さってやつか」


「自由気ままな宇宙海賊様には、分からない苦労さ」


 苦笑した看守が、留置場の檻を開け放ち……。

 ともかく、ジニーは別室へと連れて行かれることになったのである。




--




「面会って聞いてたけどな。

 ここ、取り調べ室じゃないのかい?」


 連れられて来た部屋の中を見回し、そう尋ねた。

 この部屋――警察署内の取り調べ室は、ここ数日、通い詰めていた場所である。


「しかも、あんたの雰囲気……。

 どう考えても、普通のお巡りさんじゃないだろう?」


「………………」


 向かい側に座ったスーツ姿の男は、何も語らない。

 その代わり、手にしたタブレット端末をそっと手渡してきた。


「何だい?

 これでゲームでもしろってか?

 言っとくが、俺は弱いぜ?」


 スーツを着た男……おそらく、何らかの特務機関に属している男は、やはり何も話さない。

 だが、ジニーの問いかけには、手にした端末の中から回答があったのである。


『残念ながら、この端末は通信専用だ。

 余分なアプリは、入っていない』


「ほう……こりゃまた、うさん臭そうな御仁ごじんのお出ましだ」


 端末を机に置き、おどけた仕草をしてみせた。

 ジニーがそのような態度を取ったのは、当然のことであるといえよう。

 それほどまでに、画面の中へ映された男は――怪しい。


 身にまとった真紅のスーツといい、分厚いサングラスといい、およそまともな人生を送ってきた人間の格好とは思えぬのだ。

 極めつけは、額に存在する古傷で、かろうじて致命傷を免れたのだと知れるそれは、この人物がくぐり抜けてきた修羅場の数を代弁しているかのようであった。


『通信越しで失礼するよ。

 宇宙海賊ブラックキャット一家の船長殿。

 僕の名はワン。マスタービーグル社の社員だ』


ワン……ワンねえ……。

 どっからどう見ても、西洋系の顔立ちに思えるけどな」


『よく言われるよ。

 まあ、僕の素性など、どうでもいいことだ』


 金色の髪をくしゃりと撫でつけ、ワンと名乗る男は、サングラス越しの視線でこちらを射抜く。

 その眼力は、かなりのものであり……。

 こうして、端末越しに会話するのでなければ、さぞかし迫力があるのだろうと推察することができた。


『単刀直入に言おう。

 君をスカウトしたい……。

 君だけでなく、一家の構成員全てを、だ』


「ほう……?」


 ワンの提案には、内心、心躍るものがあったが……。

 それはおくびにも出さず、ただ、興味深げな表情を作る。


「これは驚いた。

 マスタービーグル社といえば、押しも押されぬ大企業だろう?

 それが、俺たちみたいな、ならず者を雇おうっていうのか?」


『その言葉は、提案を受け入れるものとして考えてもよいかな?』


「話次第、だ。

 あんた、第一印象でもうさん臭かったが、ますますそれが増してきたぜ」


 腕組みし、今度はこちらから相手の瞳を覗き込んだ。

 あいにくと、サングラスに阻まれてはいるが……。

 確かに、互いの視線が交差したことを感じる。


『いいだろう』


 イニシアチブを握っている余裕か……。

 それとも、たかが宇宙海賊の視線など取るに足らないものと感じているのか、ワンが落ち着き払った態度で口を開く。


『まず、前提条件に対する誤解を解こう。

 どうやら、君はマスタービーグル社がスカウトしていると思っているようだが……。

 そうではない。

 このスカウトは、あくまで僕個人が行っているものだ。

 従って、提案を受け入れた暁には、僕の私兵として動いてもらうことになる』


「私兵だと!?」


 思いがけぬ言葉に、思わず冷静な態度を崩す。


「おいおい、マスタービーグル社の給料がどれだけ良いのかは知らんがね……。

 俺たちが全員で何人いるか、分かっているのか?」


『報酬に関しては、十分な額を用意しよう。

 差し当たって、これくらいでどうかな?』


 ワンがそう言うと、画面の中に数字が表示された。

 そして、その額は、あのマシーンがごとき中将が約束した報酬を上回るものだったのである。

 普段ならば、冗談として受け取るたぐいの話だ。

 しかし……。


 ――ハッタリじゃない。


 ジニーは、そう直感していた。

 そもそも、大統領暗殺未遂の実行犯へ、いかなるパイプを使ってか接触している人物なのだ。

 端末の向こう側にいる男は、本当にこれだけの金を用意できるのである。


『しかも、それだけじゃない……。

 君たちがこれまで蓄えた財産に関しては、引き続き自由にしてもらって構わない。

 ついでに、新たな身分も用意しよう。

 ああ、当然だが、無罪放免ということになる。

 世間的には、死刑執行されたことにするがね』


 スラスラと述べられた好条件の数々に、唸り声を発してしまう。


「……あんた、何者だ?」


 そして、ようやく口をついて出たのは、そんなありふれた言葉であった。


『今はまだ、それを語る時ではない。

 しかし、その時がくれば、僕が何者か明かすことになるだろう』


 マスタービーグル社の社員を名乗る男……。

 その実、大統領――ひいてはライラ共和国へ強力に働きかけ、自分たちを引き抜こうとしている男は、分厚いサングラスの下に真意と正体を隠しながらそう告げる。


 どの道、選択肢が存在する身分ではない。

 ならば、正体不明の男に雇われるのも一興であると結論付ける。


「いいだろう……。

 あんたの提案、受け入れるよ。

 今、この瞬間から、ブラックキャット一家はあんたの配下だ」


『大変結構。

 色々と手を回さなければならないため、もうしばらくは今の生活を続けてもらうが……。

 安心して、待っていてもらいたい』


「ああ、これだけは聞いておきたい」


『何かな?』


「そうまでして、俺たちみたいな人間を引き込んで……。

 あんた、一体何をするつもりだ?」


 雇い主として定めた男に、最も気になる疑問をぶつけた。

 そんなジニーに対し、ワンは少し考え込んでから、こう告げたのである。


『駒を求めている……。

 タフで、経験豊富な駒たちだ。

 ただ、戦闘力に優れているだけの者たちでは、対処できない事態に対応するための、ね』


 ――戦闘力に優れている者たち。


 直感的に、あの奇妙な少女たちを連想しながら、尚も尋ねた。


「肝心なとこ、答えてないぜ?

 それで、何をするつもりなんだ?」


『悪だくみ』


 再度の質問に、今度は簡潔な答えが返ってくる。

 そして、ワンはこう付け足したのだ。


『僕の得意分野さ』

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