初めての友達
最後に残った問題……バスの人質救助に関しては、つつがなく終わった。
それがかなったのは、後ろ手に拘束された賊の指揮官が、意外なほどに協力的だったからだろう。
半ば盾とする形でトミーガンの手に乗せられた彼は、もはや他の構成員全てが無力化されており、作戦成功の目がないこと……。
そして、これ以上の抵抗が無意味であることを、バスの監視役として残したトミーガンに伝えたのだ。
それでもまだ、自暴自棄となったパイロットが暴走する可能性もあったため、JSたちは強く警戒していた。
――大丈夫。
――俺が呼びかければ、素直に従うさ。
しかし、事前にそう言っていた指揮官の言葉通り、最後の一人となったパイロットは、あっさりとコックピットハッチを開いて投降したのである。
ひとえに、指揮官に対する絶対的な忠誠心と、信頼感があったからこそ、このような結果になったのだろう。
果たして、彼らが何者であるのか……。
それは、今後の取り調べによって明かされていくに違いない。
ひとまず、JSたちにできることは、生き残りを適当な品で拘束し、無線で状況を伝えることだけだった。
そして、待つことおよそ一時間……。
人質が殺されることを恐れて出撃こそしなかったものの、いつでも出せるようスクランブル状態にあった共和国の
「これで、任務完了だねー」
「あはは、任務はもらってないけどね」
狭苦しいコックピットの中で、肩車させっぱなしのナナと笑い合う。
トミーガンのコックピットは、タイゴンのそれよりもずっと大きく、広い。
だが、いかに小柄なJSでも、二人乗りしていれば窮屈さを感じた。
「大統領を救出して頂き、感謝します」
恐らく、中隊の指揮官なのだろう……。
彼女らが搭乗する機体の前に駆けつけたトミーガンが、敬礼の姿勢を取りながら無線でそう告げる。
その背後では、中隊の内、半数近くが機体を降りて内部に突入しており……。
彼らの手で、レコが護衛している大統領も救助されるに違いない。
同時に、拘束された賊たちも連行されることだろう。
「もー、大変だったんだからね!
せっかくの休暇が、台無しだよー!」
「ちょっと、ナナ。
言い過ぎだよ」
足元から不満げな声を上げたナナに、少し焦ってそう告げる。
「はっはっは……」
しかし、中隊指揮官は、機体越しにその表情が見えそうなくらいに、はっきりとした苦笑いの声を発したのだった。
「いや、まったくその通りだ。
大統領閣下を危険に晒してしまうとは……。
おそらく、帝政レソンのスパイが、政府機関に多数潜伏しているのだろう」
「そんな調子で、これから大丈夫なのー?」
「自分は諜報屋じゃないので、はっきりとは断じられない。
だが、ライラだって諜報機関がないわけじゃないさ。
今後は、
……おっと」
そこまで言った指揮官機が、ブラウン管のテレビにも似た頭部を上空に向ける。
すると、そこにはローターの回転音を響かせながら、大型の輸送ヘリが近づいて来ており……。
どうやら、人質とされた子たちの迎えであると知れた。
「
他の子供たちはこのヘリで帰還するが、君たちは、後から別便で帰還するように」
「りょうかーい」
「了解です」
ナナとララはそう返事すると、トミーガンの無線を切ったのだった。
「今、降りて行っちゃうと、他の子たちがびっくりしちゃうもんねー」
「うん……。
まあ、出て行かなかったら出て行かなかったで、誰が助けてくれたんだろうって疑問に思うだろうけど……」
「そこは、大人がイイ感じの嘘を思いつくんじゃない?
例えば、こっそり入り込ませた工作員が、敵を全員やっつけた、みたいな?」
「あはは、ホテルでやったゲームの中にも、そういうのがあったね」
「そうそう、核ミサイル搭載のロボットを壊すやつ」
姉妹とそんな会話を交わす間に、ヘリから降り立った兵たちの手で、バスの子供たちが誘導され……。
列になった彼ら彼女らの視線が、このトミーガンへと向けられる。
この子供たちは、ララたちにとって初めて触れる生の同年代であり……。
まさか、
「あれ?
あの子、どうしたんだろう?」
そんなことを考えていると、股の間からモニターを覗き込んでいたナナが、一点を指差す。
そこでは、一人の少女が足を止め、誘導する兵士へ何かを訴えていたのだ。
その赤毛を見れば、映像を拡大せずとも、誰であるかは一目瞭然である。
「ユイリちゃん……」
「バスの中で、ララとお友達になってた子だよね?」
「……うん」
――友達。
その言葉に、こそばゆさと嬉しさを感じ、うなずく。
そう、ユイリは友達だ。
ララにとって、生まれて初めて得た友達なのだ。
「兵隊さんに何か話してるみたいだけど、何言ってるんだろう?
ララ、ちょっと拡大してみて。映像と、音も」
「分かった」
姉妹にうながされるまま、コンソールをいじった。
トミーガンのセンサー系はタイゴンのそれに比べれば劣るが、それでも、ベストセラー機として必要十分なものを備えている。
従って、この距離にいる相手の顔と声を確認することなどは、造作もないことだった。
「映像拡大。
集音……よし」
同じマスタービーグル社製の機体に乗り慣れていることもあり、スムーズに操作を終える。
すると、モニターの中へユイリの姿が大映しとなった。
『だから、君……。
お友達は、我々が必ず保護してお家に帰すから、ひとまず、君たちはあのヘリへ乗り込むんだ』
まず、最初に聞こえたのは、彼女に何かを訴えられていた兵士の言葉である。
こちらへ背を向ける形のため、表情こそうかがうことはできないが、ひどく困ったようであるのが声色からうかがえた。
『でも、変じゃないですか!?
だって、悪い人たちはみんな捕まったんでしょう!?
そこにいる、おじさんたちみたいに!』
言いながらユイリが指を差したのは、離れた場所であらためて手錠をかけられた二人の男である。
賊の指揮官と、バスの見張りをしていたパイロットだ。
パイロットスーツこそ、そのままであるが、ヘルメットは外され、今は顔が露わとなっている。
指揮官は、伸ばした髪をいくつもの三つ編みにしているのが個性的な人物であり……。
もう一人のパイロットは、こんな大犯罪に加わるとは、到底信じられない……ごくごく普通の中年男であった。
『そうだ、だから安心なさい』
ちらりと賊たちの姿を見た兵士が、そう言ってユイリをなだめようとする。
しかし、彼女はそれに従わなかった。
『安心なんて、できません!
だったら、ここへ連れて来て、一緒に帰るはずじゃないですか?
それがないってことは、もしかして、あの子たちに何かあったんじゃないですか?』
「あちゃー……。
あたしたち、心配されちゃってるよー」
「うん……。
ユイリちゃんたちからしたら、連れてかれて、そのままだもんね……」
「まさか、すぐ近くにいる
股下から映像を見るナナと、そんな会話を交わす。
ナナの方は、しごく気楽なものだが……。
ララは、心穏やかではいられない。
『お願いします! 本当のことを教えてください!
それに、私……あの子の連絡先も知らないんです!
このまま帰ったら、きっと、二度と会えない!』
そして、続く言葉は、ナイフのように鋭くララの胸をえぐったのだ。
「……ララ、大丈夫?」
さすがに、姉妹の心中を察したナナが、下からこちらの顔を覗き込む。
「うん……大丈夫」
そんなナナに、こくりとうなずいてみせる。
「ユイリちゃんが言ってるように、きっともう、会うことはないんだと思う……」
画面の中では、半ば抱え込むような形でユイリがヘリへと押し込まれており……。
そうされる赤毛の少女は、涙さえ流していた。
その涙、一粒一粒が、ララの小さな胸を締め付けるのだ。
しかし、自分へ言い聞かせるようにつぶやく。
「でも、わたしを友達と言ってくれる人を助けることができた。
それだけで、わたしは満足……」
「……うん、そうだね」
普段からは考えられない優しい声で、ナナが同意する。
子供たちを乗せた輸送ヘリは、そんなJSたちの乗るトミーガンに見送られながら、飛び立っていった。
ヘリが立てるローターの音は、ララの耳に、いつまでもこだまし続けたのである。
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