大統領を救出せよ!

「何だ、今のは!?

 ……三八式の、砲音に聞こえたが」


 建設途中の施設内へ、立て続けに響いた砲音……。

 それを耳にしたジニー・デイブは、周囲の部下たちを見回した。

 ブラックキャット一家の構成員たちは、油断なく手にした銃器を構え、音がした方――ホールの方を向いていたが……。

 ジニーの疑問に答えられる者など、いるはずもない。

 それを受けた一家の頭目は、ひとまずヘルメットの通信機能を立ち上げ、待機しているはずの部下たちへ呼びかけることにしたのである。


「……駄目だ、つながらん」


 しかし、短いコール音を聞いて、それが無駄であることを悟った。

 彼らが待機状態にあるならば、最初の一コールか二コール目で即座に通信へ応じるはずであり、それがなかったということは、何らかの問題が発生しているということなのである。


「くっくっく……」


 本格の宇宙海賊が、久しぶりに焦りというものを感じる中……笑い声を上げる者がいた。

 他でもない。

 人質である、ロミール・レゼンスキー大統領その人である。

 彼はひざまずいた姿勢のままで、実に愉快そうな笑みを浮かべていた。


「ご機嫌そうですな?

 大統領閣下」


 明らかな、自分たちへの徴発……。

 それを受けて、さすがに苛立ち、そう尋ねる。

 次いで、この事実は伝えることにした。


「救助が来たと思ったのなら、それは勘違いです。

 先の放送で伝えた通り、我々は根深く、広い……。

 当然、共和国側の動きも筒抜けです。

 皆さん、迂闊な動きをして、後々の選挙に響くのがよほど怖いとみえる……。

 例えば、特殊部隊が強行突入を図るような、そういった展開は、期待しないことですな」


 ――ならば、あの砲音は何なのか?


 その疑問は胸中にしまい込みながら、そう告げる。

 事実、共和国内部には、あの氷のような中将によって、相当数の諜報員が送り込まれており……。

 何か問題があれば、すぐさま伝えられる手筈となっていた。

 そもそも、今回の慰安訪問において大統領らが通るルートが事前に伝わっていたからこそ、あのようにスムーズな襲撃が可能となったのだ。


 だから、外部からの突入はありえない。

 ありえないのだが……。


「そうか。

 いや、なるほど、君が言う通り、外部から突入してくることはないのだろうな。

 あれだけ鮮やかに私を拉致したんだ。信用するよ」


 大統領が見せるこの余裕は、何なのか……。


「だが、それでは、あの砲音について説明がつかない……。

 君たちを焦らせているのは、それだろう?」


「さすが、ご明察です。

 といっても、この状況を見れば、誰にでもできる推理ではありますが……」


 問題が起きた時こそ、優雅であれ。

 それは、ジニーが己に課しているルールである。

 海賊家業というのは、突発的なトラブルに数多く見舞われるものであり、いちいち動揺していたのでは、心臓がもたない。

 それに、船長である自分が堂々としていれば、部下たちも平常心を取り戻せるというものなのだ。

 ゆえに、大げさな身振りを加えながら、大統領に尋ねる。


「どうやら、閣下はあの砲音に心当たりがあるようだ。

 その上で尋ねますが、ずばり、何が起こっているのですか?

 外部からの突入でないなら、内部からだと考えるべきですが……。

 我々の中に裏切り者がいる。これは、ありえない」


 肩をすくめ、首を横に振ってみせた。

 頭目として、一家の団結にはいささかの疑いも持っていない。

 また、そんな自分であるからこそ、矜持を曲げた今回の外道働きにも、皆がついてきてくれているのだ。


「ならば、残る候補は人質にしている子供たち、ということになる……。

 これも、ありえない。

 まさか、あの中へ、スーパースパイダーに噛まれた子が混ざっているとでも?」


「クックク……」


 それを聞いた大統領が、ますます笑みを大きくした。

 そして、驚くべきことを口にしたのである。


「なかなか、勘が鋭いじゃないか?

 そう、当たらずとも、遠からずだ……」


「何?」


 冗談として言ったことを正解として扱われ、さすがに困惑の態度を見せてしまう。

 そんなジニーに、共和国を背負う男はゆっくりと口を開く。

 それは、生徒へ講釈する教師のようだったのである。


「シャーロック・ホームズはこう言った。

 『不可能なものを排除していって、残ったものがどんなに信じられないものでも、それが真実』だ、と……。

 つまり、君は不可能なものを排除して、信じがたいものを残したわけだ」


「そんなこと……」


 否定の言葉を告げようとしたのと、その音が響き渡ったのは同時のことだ。


 ――ガシッ!


 ――ガシッ! ガシッ!


 鋼の脚がコンクリートを打ち付けるその音は、戦人センジン乗りにとって聞き慣れた……トミーガンの足音である。

 ならば、味方のトミーガンが何らかの理由により、こちらへやって来たのか……。

 ジニーは首を振り、その甘い考えを放り捨てた。

 ならば、通信の一つも寄越すはずである。

 各パイロットの通信機や、戦人センジンそのものに備わった無線が揃って故障するなど、宝くじに当選するよりも難しい確率に違いないのだ。

 ゆえに、断言する。


「――敵だ!

 大統領を撃て!」


 その言葉に、待機状態だった部下たちは、一斉に銃をターゲットへ向けようとしたが……。


 ――バララッ!


 ――バラララララッ!


 天井から降り注いだ銃弾の雨が、それを防ぐ。

 恐るべきは、その精度であろう。


「――あぐっ!?」


「――うあっ!?」


 フルオートを用い、半ばばら撒くような形で撃たれた銃弾は、そのどれもが、的確に一家の構成員たちへ命中していたのだ。


「上だとっ!?」


 見上げた視界に映ったのは、天井からこちらへ落下してくる黒髪の少女である。

 後々のメンテナンスも、考えてのことであろう……。

 玉座の間を模したこの部屋は、外から天井部へと侵入することが可能な設計となっており……。

 今、スカートがはためくのも気にせず落下――いや、降下をしているツインテールの少女は、それを使って密かに上を取っていたのだと推測できた。

 それにしても、天井から床までは戦人センジンが楽に通れるほどの高さがあり、そこから飛び降りるなど無謀の極みに思える。


「ふっ!」


 しかし、少女は落下の衝撃をものともせずに着地し、ばかりか、素早く射撃姿勢を取って残りの配下を銃撃したのだ。


 ――バラララララッ!


「――がっ!?」


「――ぐあっ!?」


 最初の銃撃をやり過ごした幸運な者たちも、少女のサブマシンガンによって即座に無力化されていく。

 少女の判断は実に的確であり、より大統領に近く、手にした銃を発砲しようとしていた者から順に狙い撃ちされていた。

 対して、こちらは突然の状況で動転していたのみならず、大統領と少女……どちらを狙うべきかで判断に迷いが生じていたのだから、この結果は必然であるといえる。

 目の前に降り立った幼き少女は、特殊部隊のそれにも匹敵する練度を備えているのだ。


「大統領、助けに来ました!」


 少女がそう叫んだ時、ついに、それは到達した。


 ――ズガンッ!


 戦人センジンの腕力に物を言わせ、入り口が破壊される。

 そして、そこから、ジニーの乗機であるトミーガンが、姿を現したのだ。


『年貢の納め時だよー!』


『抵抗はやめてください!』


 戦人センジンの外部スピーカーを通じて、少女たちの声が響き渡る。

 その声から察するに、たった今、飛び降りてきた少女と同じく、動画配信のために連れてきた娘たちとみて間違いなかった。


「は、はは……」


 冗談としか思えない状況に、笑い声を上げる。

 こうなった以上、部下たちのトミーガンは、バスの見張りを除いて全滅していると考えるべきだろう。

 そして、周囲にいる者たちは、黒髪の少女によって満身創痍となっているのだ。


「大人しく、銃を捨ててください」


 サブマシンガンの弾倉を取り替えた黒髪の少女が、大統領を庇うように位置取りながら宣告する。

 そんな彼女に対し、ブラックキャット一家の船長は、最後の余裕を見せてこう告げたのだ。


「捨ててもいいけど、そもそも、弾が入ってないぜ。

 さっき、そう言っただろう?」


 こうして、本格の宇宙海賊を率いる男は、抵抗することも許されず捕縛されたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る