敵の戦人を奪え!

 ――戦人センジン


 全長四メートルというコンパクトさに、戦車としての機能を盛り込み、かつ、人型由来の踏破性と機動性を誇る陸戦兵器の王者である。

 文字通り戦場を選ばぬ汎用性や、武装を持ち替えるだけで種々の任務に対応可能な拡張性から市場を席巻したこの兵器であるが、言わずと知れた難点も存在していた。

 他でもない。


 ――乗り心地の悪さ。


 ……である。

 命のやり取りをする機械であり、ファミリーカーのごとき快適な居住性を追求するのは、なるほど、ナンセンスであろう。

 だが、乗り込んでハッチを閉じてしまえば、眼前十数センチの近さでモニターが広がり、両足はフットペダルで拘束され、計器類に取り囲まれたコックピット内では、体をかくのにも不自由するのだ。

 長時間、この中へ籠もるのが、どれほどストレスであるか……それは、説明するまでもないだろう。

 軍によっては、数時間戦人センジンのコックピットで過ごすことを、大真面目に教育カリキュラムとして盛り込んでいるほどなのである。


 従って、多くの場合、戦人センジンで待機するという命令は、機体付近で待機するか、あるいは、ハッチを開いた状態で搭乗することが黙認されていた。

 それは、この賊たちにおいても例外ではなかったらしく……。

 トミーガンへ乗り込んだパイロットたちは、しかし、ハッチを閉じることなく、開放されたコックピット内で集中を高めていたのである。


「……三機か」


 トイレの入り口に隠れ、そんな彼らの姿を見ながらララがつぶやく。


「倒せるとして、一人が限度ね」


 サブマシンガンの状態を確認しつつ、レコがそう答えた。


「レコちゃんでも、一人が限界?

 もう一人くらい、いけない?」


 尋ねたのは、ナナだ。

 普段、タイゴンを駆る際には機兵用荷電粒子銃を預かるレコであるが、何もその射撃が冴えるのは戦人センジン戦のみに限らない。

 生身での射撃術においてもまた、彼女は三人の中でトップスコアを叩き出しているのである。


「無茶言わないで」


 しかし、そんな姉妹の言葉に、レコはツインテールとなった黒髪を振りながら答えた。


「得物は、こんなちゃちなサブマシンガンで、スコープもない。

 必中させるには素早く近づくしかないし、こんな遮蔽も何もない場所でそんなことしたら、一人倒すのが精一杯よ」


 レコが語る通り、銃による有効射程距離というものは、存外に短い。

 まして、近接戦闘を前提としたサブマシンガンで、狙撃を補助するアクセサリーもないのだから、これは冷静な判断であるといえるだろう。

 むしろ、それだけの不利な条件でなお、一人は確実に倒せるという自信を頼もしく思うべきであった。


「確かに……隠れる場所がない以上、正面からいくしかないね」


 周囲の状況を確認し、ララがうなずく。

 天井から、造り物のドラゴンさえ吊るされているものの、ホール内は外壁が出来上がっているだけという状態であり、建設用の機材も引き上げられた今では、寒々とした空間が広がっている。

 このトイレから、四機のトミーガンまではおよそ……。


「……五十メートルくらいかな。

 この距離を駆け抜けて、あの指揮官が乗っていた空のトミーガンを奪うのが、一番いいと思う」


「さんせーい。

 人質にされた子たちを助けるのにも、大統領を助けるのにも、戦人センジンは必要だもんね」


 万が一にも聞かれることがないよう、小声で提案したララに、同じく小声でナナが賛同を示した。


「なら、私は援護ね」


 サブマシンガンの具合を確かめ終えたレコが、油断なくそれを構えながらうなずく。


「ただ、一つ大きな問題があるわよ」


 そんなレコの言葉に、ララはナナと顔を見合わせた。

 姉妹たちのそんな姿を見て、黒髪の少女が溜め息を吐く。


「もう……忘れたの?

 あれはトミーガン。

 私たちが普段乗ってるタイゴンとは違って、大人の人が乗り込むためのコックピットをしているのよ?」


 それを聞いて、ようやく言わんとしていることに気がついた。


「足が届かない……!

 届いても、今度は操縦桿が上手く動かせなくなっちゃう」


 そうなのである。

 そもそも、ララたちJSはタイゴンの搭乗に最適化された人造兵士であり……。

 逆をいうからば、タイゴンのコックピットもまた、彼女たちの操縦を前提に設計されている。

 だが、今、奪おうとしているトミーガンは別だ。

 普段、第二〇三地下壕で整備中の機体を目にする機会は多いが……。

 ハッチが開け放たれたその中は、大人には狭苦しくとも、少女たちには十分以上の大きさであり……。

 普通のパイロットがするような操縦など、望むべくもなかった。


「どうしよう……戦人センジン自体は、絶対に必要だし」


「どうにかこう、手足を突っ張らせる感じでやるしかないかしら」


 悩むララに、レコが具体的な提案を示す。

 だが、想像してみると、どうにもアンバランスな状態になりそうだった。


「なんだ、そんなことかー」


 しかし、悩む二人をよそに、ナナだけは楽観的な声でそう言ったのである。


「ナナ、何かいい考えがあるの?」


 問いかけると、金髪の姉妹は自信ありげな笑みを浮かべてみせた。


「うん、あるよー。

 二人共、耳を貸してくれる?」


 レコと顔を見合わせ、言われるままに耳を近づける。

 すると、ナナは密やかな声で自分の秘策を明かしたのだ。


「そんな無茶な……」


 レコは、難色を示したが……。


「でも、いいと思う。

 それに急がないと、大統領が殺されちゃうし」


「でしょでしょ?

 今は、難しく考えるよりも実行あるのみだよー」


 ララの言葉に、提案者であるナナが同調してみせた。


「はあ……それもそうね」


 しばらく考え込んだレコが、サブマシンガンを構え直す。


「そういうことなら、あの指揮官機の隣りにいる機体のパイロットは、私が必ず排除するわ。

 二人共、上手くやってね」


「うん」


「まっかせてー」


 レコの言葉に、実行者である二人は、それぞれなりの返事をしたのである。




--




「いい……? いくわよ。

 ――ゴー!」


 レコの合図を受けて、三人が一直線に駆け出す。

 その走法の、なんと見事なことか……。

 当然ながら、幼い少女であるJSたちの手足は短く、大人に比べれば、運動に適した体であるとは言い難い。

 しかし、完璧なフォームで走行することによって、その不利を極限まで抑えることに成功しているのだ。


 そして、強化された彼女らの筋肉は、単純な筋力は元より、瞬発力も柔軟性も、あらゆる点で尋常な人間のそれを上回る。

 天賦ならぬ、人賦の才……。

 それに卓越した技術が合わさることで、少女たちは一種の超人と化すのだ。


 ララとナナは、二本の矢となって空のトミーガンへと突っ込んでいき……。

 ただ一人、サブマシンガンを携えるているためわずかに足が遅くなったレコは、それに追従する。

 遮蔽も何もない場所でそんなことをしているのだから、これは、たちまち待機状態のパイロットたちに見咎められた。


「な、何だあ!?」


 信じられぬ光景を見て、三人のパイロットは一瞬、呆けたように硬直する。

 だが、それは文字通り一瞬のことだ。


「――っ!?」


 男たちはすぐさま臨戦態勢を取ると、自機のコックピットハッチを閉ざすべく操作を始めたのであった。

 訳の分からぬ状況なりに、少女たちの鮮やかな身のこなしと、何よりレコが手にした銃器へ危機を感じ、即応してみせる……。

 やはり、彼らの実力は本物だ。

 ただし――こちらの実力は本物以上!


 ――ダッ!


 ――ダダッ!


 一瞬、立ち止まり、腰だめの構えを取ったレコが、素早くサブマシンガンを三点射する。

 狙うは、姉妹たちが奪取すべく向かっているトミーガンから見て、隣に位置する機体のパイロットであり……。

 この距離は、ストックも何もない通常使用のサブマシンガンでは、有効射程距離ギリギリだ。


「――ぐあっ!?」


 だが、狙い過たず、三発放たれた銃弾は、三発ともがパイロットへ直撃する。

 不運な彼の搭乗するトミーガンがハッチを閉じ切ったのは、倒れ込むのと同時のことであり……。

 レコはまさに、標的を仕留め得る限界の線を見極め、攻撃を実行したのであった。


「頼んだわよ、二人とも……!」


 立ち止まったレコは、先を行く姉妹たちの背にそう独り言を漏らす。

 すでに、敵パイロットの内、残る二名はハッチを閉じ切ってしまっており……。

 こうなってしまうと、レコに出来ることは何もない。

 遮蔽も何もない状況で、得物がサブマシンガン一丁とあっては、JSといえど戦人センジンに対し無力なのである。


 やはり、戦人センジンに対しては戦人センジンで当たるのが常道であり……。

 ララとナナは、無事にその戦人センジンへと辿り着き、コックピット内へ滑り込むことに成功していた。

 ただし、普通の乗り方ではない。

 先に相談した通り、JSの体格ではトミーガンをまともに操縦することなど不可能であり、そもそも、二人同時に乗り込んでいるのだ。


 ゆえに――合体。


 ナナが、フットペダルをカバーし……。

 その上に、半ば肩車される形で乗り込んだララが、操縦桿を握っていた。


 ――一人で満足に操縦できないなら、二人でやればいいんだよー。


 ……とは、先の耳打ちでナナが告げた言葉である。

 しかし、いざ実行に移してみると、何とも滑稽な姿であった。


『二人乗りだと!?』


 現に、それを見た賊のパイロットが、外部スピーカー越しに驚きの声を発しているのだ。

 だが、驚きつつも、彼らの操縦に淀みはない。

 ハッチを閉じた賊のトミーガンは、その手に握られた機兵用三八式突撃銃の銃口を、二人が奪取した機体に向けつつあったのである。


「ナナ、跳んでっ!」


「えーいっ!」


 ララの声を受けたナナが、フットペダルを操作した。

 あらゆる過程を省略して起動させられたトミーガンは、その操縦へ健気に応え……。

 跳ぶ、というよりは、転がり回るような形で横跳びとなる。


 ――ガアンッ!


 賊の砲弾が放たれたのは、それにやや遅れてのことであった。

 それは、一瞬前までララたちがいた空間を正確に通過し、背後の壁へ穴を開けており……。

 悠長に構えていたら、二人がどうなったかは明らかだ。


「ララ、やっちゃって!」


「分かってる!」


 ナナの叫びに応じ、ララが操縦桿を操る。

 二対一という状況であり、しかも、こちらは今の回避動作で体勢を崩しているのだ。

 当然ながら、コックピットハッチを閉じている余裕などなく、このままの状態で射撃することが求められた。

 それはつまり、コンピュータの照準補正に頼ることなく、半ば勘頼りでトミーガンの右手に握られたライフルの銃口を向け、発射するということである。

 だが、ララにとってそれは――不可能ではない。

 彼女こそ、機兵用三八式突撃銃というオーソドックスな武装の扱いに長けたプロフェッショナルなのだ。


 ――ガアンッ!


 ――ガアンッ!


 二発の砲弾が、ララの操作によって放たれる。

 それは、狙い過たずに敵機たちの胴体へ直撃し……。

 パイロットを潰されたトミーガンらは、その場でうなだれ、戦闘不能となった。

 西部劇の早撃ちめいた、ララの神業である。


『これで、戦人センジンは手に入ったね』


 コックピットハッチを閉じ、立ち上がったトミーガンの外部スピーカーからララの声が響く。


『でも、きっと今の騒ぎ、向こうに聞かれちゃってるよねー』


 ナナの言葉に、サブマシンガンを構え直したレコは軽くうなずいた。


「どっちにしろ、時間がなかったんだもの。

 このまま強行突入して、後は流れに任せるしかないわ。

 二人共、いいわね?」


『了解』


『りょうかーい』


 同じ機体から、姉妹たちの返事が順番に放たれ……。

 作戦と呼ぶのもおこがましい大統領救出作戦は、実行へ移されることとなったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る