JSたちの反撃
「ん?
手洗いか……」
ナナの言葉を聞いた指揮官は、考え込むように、ヘルメット越しであごに手を当てた。
「その……わたしも行きたいです」
「私も……できれば」
これを逃さず、ララとレコも畳みかける。
指揮官は、なおも少し考え込んだが……。
「……まあ、もらされても困るか」
そう言うと、腰に両手を当てたのである。
「いいだろう。
おい、男子側は確認してあるが、女子用のトイレは大丈夫だったか?」
問いかけられた賊の一人が、軽く肩をすくめた。
「さあ?
誰も確認してないんで……。
ただ、建設作業が行われていた間は、女性の作業員もあそこを使ってただろうし……。
多分、問題ないんじゃないですかね?」
「ふうん……。
まあ、いざとなったら、男子側の個室を使ってもらえばいいか」
親切に確認した賊の指揮官が、自分と同じくパイロットスーツを身にまとった男たちへ宣告する。
「お前たち……それと、お前だ」
ついでに、ストールで顔を隠した男も一人呼び出した。
「
パイロット組は、手筈通りそのまま搭乗して待機。
お前は、お嬢さん方が用事を済ませたら、そのまま別室へお連れし、監視の任に当たれ」
――アイアイ!
軍のそれとは異なる返事を響かせて、賊たちがてきぱきと動き出す。
「こらこら、あまり早足で動こうとするな。
子供連れだということを忘れずに、ゆっくりとご案内しろ」
賊の指揮官は、そんな男たちに、おそらく苦笑いしながらそう告げたのである。
--
――気乗りしない仕事だ。
パイロットたちと前後を挟み込む形で三人の子供を案内しながら、その男はそんなことを考えた。
男はまだ若く、ブラックキャット一家の中では下っ端に属する。
それでも、裏社会でそれと知られた本格の海賊として、相応の信念は持ち合わせていた。
殺さず、犯さず、貧しき者からは奪わず……。
その三箇条は、社会のはみ出し者に過ぎぬ海賊家業にとって、己を人として定義するためになくてはならぬ背骨である。
それを曲げて、頭目であるジニー・デイブが今回の仕事を引き受けたのは、ひとえに上がりを目指してのことであろう。
海賊が、海賊として生きられる時間は短い。
ことに、本格の海賊として生きるのならば、仕事の仕込みには膨大な時間がかかるものであり、そう何度も繰り返せるものではなかった。
そして、多くの場合、軍による制圧か、あるいは当局の事後調査により、捕らえられるのが宇宙海賊の末路なのだ。
この家業に身を置いた以上、ベッドの上で終わりを迎えられるなどと考えてはいけない。
しかし、そのような安楽な終わり方に憧れてしまうのもまた、心情なのである。
今回の件が片付き、首尾よく帝政レソンから報酬を得られたのならば、ブラックキャット一家は、構成員全員が豊かな余生を送れるだけの蓄えを得られるだろう。
その後は、解散し、各々の人生を手に入れればいい。
ある者は、ストレートチルドレン……。
またある者は、戦災孤児……。
恵まれぬ生まれの者たちが、恵まれた者たちから財を奪い、本来は生きられなかったはずの豊かな人生を謳歌するのだ。
そのためにこそ、一家の名前も顔も隠し、このような外道働きに身をやつすのである。
「じゃあ、俺たちはトミーガンで待機してるから」
「お前は、しっかりお嬢ちゃんたちの面倒を見てろよ」
「アイアイ」
ホールまでやって来たので、トイレの入口前でパイロット組と別れた。
「さあ、それじゃあ、さっさと済ませてきてくれ」
そして、人質の少女たちにそう告げた。
「はーい!」
「はい……」
「分かりました」
それぞれ、別系統のかわいらしさを持つ少女たちは、三者三様の返事を返してトイレに入っていく。
そうなると、少しばかり手持ち無沙汰なため、ストールを外した男は、サブマシンガン片手にタバコを吸うことにした。
今どきでは珍しくなった紙巻きのタバコは、ストレートチルドレン時代に覚えたものである。
こうやって待っていると、実に不思議な気分だ。
――上がりを迎えちまえば、俺も普通の……ちょっとばかり小金持ちな若者なんだよな。
紫煙をくゆらせながら、そんなことを考える。
――なら、イイ女……いや、違うな。
――当たり前に育った普通の女を捕まえて、恋愛して、結婚して……。
――それで、普通の男みたいに所帯持って、自分の娘でも生まれたら……。
――こんな風に、テーマパークへ連れて来てトイレで待たされたりなんてことも、あるのかな。
それは、夢想するには気の早すぎる未来であった。
しかし、あまりに厳しい――そして、この宇宙では、存外、ありふれている――境遇の男にとっては、ひどく魅力的で、思い描かずにはいられない未来なのである。
「おじさーん!」
三人の内、ひまわりサングラスをかけていた金髪少女の声がトイレから響いたのは、そんな時であった。
「まだ、そんな風に言われる年齢じゃねえ!
……つっても、顔を隠してるんだから分かるはずもねえか。
それで、どうした!?」
別に踏み込んでも問題はないだろうが、なんとなくの生理的忌避感から女子トイレには入らず、代わりに大声で答える。
「紙がなーい!」
「わ、わたしの方もないです……!」
「こっちもです! 水は流れるみたいです!」
「あー……」
ガシガシと頭をかく。
このトイレは、パークが開業してからも使われる本設のそれであり、工事中は作業員が使用していた都合で水道も生きていた。
しかし、なるほど、ブラックキャット一家は男所帯であり、女子トイレのペーパー類まではチェックしていなかったのだ。
そして、人類が宇宙に進出して長い時が流れた現在においても、トイレには……ことに、女性用のそれにおいては、トイレットペーパーが必要不可欠なのである。
タバコを踏みつぶし、再びストールで顔を覆う。
「しょうがねえな……。
今、持って行ってやるから、文句を言うなよ!」
そう言って、まずは男子トイレに入り、備品入れからトイレットペーパー――そういえば、これは持ち込んだ品だった――を、三つばかり取り出す。
そして、しばらく考え込み……。
サブマシンガンを腰に下げると、両手でペーパーを抱え込み、女子トイレに踏み入ったのであった。
「ほら! 持ってきてやったぞ!
個室の上にある隙間から渡してやるから――」
「――ありがと」
金髪少女の声が響いたのは、頭上である。
そちらを向くと、どうやってか天井の隅にへばりついていたらしい少女が、飛び降りてきたところであり……。
その拳――思わぬ鋭さのそれをあごに受けた男は、あっさりと意識を手放したのであった。
--
「まずひとーり!」
賊の一人を打ち倒し、そのまま馬乗りとなったナナが叫ぶ。
「油断しちゃ駄目よ。
大丈夫だとは思うけど、
一方、素早くサブマシンガンと予備弾倉を奪い取ったレコがそう警告した。
「それに、大変なのはここからだね……。
大統領を助けて、ユイリちゃんたちも解放しないと」
剥ぎ取ったストールで手際よく賊を拘束しながら、ララがそうつぶやく。
「どれをやるにしても、やっぱりアレしかないよね?」
そして、拘束を終えた後、姉妹たちと目線を交わしたのだ。
「「「トミーガンを奪う!」」」
JSたちの考えと声が、ひとつになった。
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