襲撃

 目指すレイモン湖までは、途中の休憩を挟んで片道三時間ほどの道のりであり……。

 これは、先のクイズで語られた通り、都市部を離れた自然豊かな場所で、傷病兵の身体のみならず、精神面をも回復させる狙いがあるのだとうかがえる。

 とはいえ、道のりが長いことに変わりはなく、子供たちを退屈させぬよう、道中のバスでは大統領司会による様々な催しが行われた。

 カラオケ大会もまた、そんな催しの一つだ。


「イエーイ! みんな、聞いてくれた!?」


 いつの間にか練習していたらしい流行のアイドルソングを歌い終えたナナが、ピースサインを決めながらそう呼びかける。


「カワイイー!」


「すっごく上手ー!」


「本物みたいだった!」


 すると、車内は拍手に包まれ、子供たちは口々にそのパフォーマンスを讃えたのであった。


「いやいや、驚いた!

 その年で、実に堂々と歌ったもんだ!

 これは歌番組に出演したら、高得点間違いなしだろうね!」


 大統領も拍手をまじえながら、賞賛の言葉を送る。


「すっごく上手だったね!」


「うん……わたしもビックリした」


 ララはそんな姉妹の様子を見ながら、隣席のユイリとそう笑い合ったのであった。

 ララにとって、ユイリは初めて話す姉妹たち以外の同年代であったが……。

 バスが発車してから、かれこれ一時間半……いつの間にか、気安く会話ができる仲となっていた。


 これは、大統領の盛り上げ方が上手いというのもあるだろうし、ユイリの気風もあるだろう。

 しかし、近くて遠い存在に思えた同年代の少女が、話してみれば案外、そうでもなかったというのは、ララにとってひどく意外で……そして、なんだか無性に嬉しい事実だったのである。


「ちょっと盛り上げすぎちゃったかも!

 これは、続く人にプレッシャー与えちゃったかなー?」


「あら、言うじゃない?

 そこまで言うなら、私の歌声を聞かせてあげるわ」


 ナナが後ろの席にマイクとタブレットを回すと、それを受け取ったレコが不敵な笑みを浮かべてみせた。

 今回、JSたちはあえて固まらず分散した席順に配置されており、互いが姉妹であることも隠すようワンに厳命されている。


 ――きっといい経験になる。


 とは、彼の言葉であるが、どうやらその狙いは当たっていたらしい。


「それじゃあ、私はどんな歌にしようかしら……」


 互いの関係性は隠しつつも、レコがいつもの訓練で見せている対抗心を燃やしながら、タブレットを操作していたその時である。

 ララのこめかみを、チリリとした感覚が襲った。

 それは、実戦で命のやり取りをしている者にのみ宿る、第六感めいた直感だったのである。


「えっ!? 何っ!?」


 隣の席に座るユイリを抱きしめるようにして、シートへ押し付けたのは反射的な行動だった。

 そして、背を向けた先では、レコとナナも同じように隣席の少女をかばっているのが、気配で感じられたのである。


 ――ズガンッ!


 聞き慣れた着弾音――機兵用三八式突撃銃の砲弾が地をえぐる音が、前方から響き渡った。


「うわあっ!?」


 そして、その音と衝撃……さらには、巻き上げられたアスファルトや土の破片に驚いた運転手がハンドルを取られ、急停車した前後の護衛車両と玉突き事故を起こしたのである。


「――なんだ!?」


「――きゃあっ!?」


「――何っ!? 何っ!?」


 大統領や、子供たちの悲鳴が、車内に響き渡った。


「――大統領っ!」


「――こちらへっ!」


 そんな中、車内に乗り込んでいたSPたちが、素早く護衛対象を自分たちの背で隠したのはさすがであったといえるだろう。

 もっとも、それに意味があるかは、疑念の余地もあるが……。

 何しろ、前方の道路を穿ったのは戦人センジン用の兵装であり……。

 それが用いられたということは、すなわち、この場に戦人センジンが待ち伏せしていたことを意味するのである。


「見て!」


「外に戦人センジンがいる!?」


「あれ、トミーガンだ!」


 幸いにして……いや、意図したのだろうか?

 砲弾が撃ち放たれたのは、十分な距離を隔てた前方側であり、バスが横転したりすることはなかった。

 そのため、多少の衝撃には見舞われたものの、子供たちも舌を噛んだり頭を打ったりすることはなく……。

 衝撃から立ち直った彼ら彼女らは、バスの窓にすがりつき、横合いの崖を滑り落ちてくる五機のトミーガンを認めたのである。

 道路のもう片方は、下方に川を臨む崖となっており……。

 前後に護衛の車両が激突し、身動きが取れなくなったバスでは、戦人センジンから逃れる術など存在しない。


 ――詰みだ。


 この戦人センジンたちが何者かは分からないが、バスの乗客たち……。

 そして、大統領の生殺与奪は、完全に彼らの手へ握られたのである。


「ら、ララちゃん、ありがとう……」


 お礼を言うユイリの体を解放しながら、窓の外を見やった。


「……こいつら、やる」


 そして、誰にも聞こえないよう、口の中だけでそうつぶやく。

 所属不明のトミーガンたちが滑り落ちてきた崖は、緑豊かなこの辺りにふさわしく、多数の樹木が生い茂っているのだが……。

 トミーガンたちは、それに阻まれることも、ましてや追突するようなこともなく、スケートボードでもしているかのように、するすると滑り降りてくるのだ。

 生半可な腕で出来る芸当でないことを、ララの経験が告げていた。


 三機のトミーガンは、いずれも機兵用三八式突撃銃で武装しており……。

 先に降りた一機と、続くもう一機が、素早く前後の護衛車両へ歩み寄り、銃口を突きつける。

 そして、最後の一機――ララの感覚は、わずかな挙動から、これが指揮官機であることを告げていた――が、ゆっくりとバスに歩み寄った。

 この一機のみは、銃口を向けるような真似はしていない。

 しかし、その気になればすぐさまそれをバスに向け、引き金を引けるのだから、これは同じことであろう。

 いかに防弾処理が施されているとはいえ、戦人センジンの武装に耐えられるはずもないのだ。


『ロミール・レゼンスキー大統領閣下と、お見受けする』


 外部スピーカーを通じ、指揮官機がそう呼びかける。


「……いい。

 どの道、この状態では抵抗などできない。

 ドアを開けてくれ」


 それを受けた大統領は、そう言って護衛を振りほどくと、運転手に開かせたドアから外へと踏み出したのであった。


『いい度胸だ。

 さすが、帝政レソン相手に張り合っているだけのことはある』


「そちらの目的は私か!?

 ならば、何の関係もない子供たちは見逃してやってくれ!」


 外部スピーカー越しで感嘆するトミーガンに対し、大統領はあくまでも強気である。

 その姿は、周囲を三機もの戦人センジンに囲まれ、絶体絶命の窮地へ陥っている者とは到底思えなかった。

 ロミール・レゼンスキーという男は、ただ、安全な場所から徹底抗戦を訴えているわけではない。

 いざという時……例えば、まさにこのような状況においては、ためらうことなく自分の命を差し出すことができる人物なのだ。

 こと自己犠牲の精神においては、前線で戦う兵士たちと何らそん色がないといえるだろう。


『素晴らしい自己犠牲の精神だ。

 いかにも、我々の目的は閣下の命だけである。

 従って、本来ならば、子供たちに用はないのだが……』


 そう言いながら、指揮官機のトミーガンが、ブラウン管テレビのような頭部をちらりとバスに向ける。


「ひっ……!?」


 誰かの悲鳴が響き渡り……。

 JSを除く子供たちが、一斉に身をすくませた。

 これまでは、どこか見世物を見ているような……。

 どこか、現実離れした感覚の中に、彼らはいた。

 しかし、間近で武装した戦人センジンにカメラを向けられ、そのコックピット内に潜むパイロットの意思を向けられたことで、ようやくにも、眼前の光景を現実として認識できたのである。


『おっと、怖がらせてしまったのなら申し訳ない。

 君たちに危害を加える意思は持っていないので、どうか安心してほしい。

 しかし、残念ながら、この場で君たちを解放することはできない。

 我々は鉄砲玉というわけではなく、事を終えた後、無事に引き上げることを望んでいる。

 そのために、君たちには人質となってもらおう』


 その言葉を受けて、再びバスの中がざわつき……。

 子供たちが、互いの顔を見合わす。


「人質……。

 ララちゃん。私たち、どうなっちゃうのかな?」


 自分たちが置かれた状況を、どのような感情で処理すればいいか分からないのだろう……。

 ユイリが、ひたすらにぼう然とした顔でララに問いかける。


「……とにかく、相手の言うことに従い続けるしかないと思う」


 ララは、そんな彼女に対し冷静にそう返し……。

 同時に、ちらりと姉妹たちへ目線を送った。

 レコとナナは、そんなララに対し、小さくうなずいてみせたのである。

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