慰安訪問
「やあ、みんな!
今日はよく集まってくれたね!
今、この国が難しい状況にあることは、テレビや……あるいは、ご両親の話でよく分かっていると思う。
今から向かうのは、そんな我が国を守るため勇敢に戦い、負傷した兵隊さんたちが治療を受ける軍病院なんだ。
きっと、みんなからの励ましを聞いたら喜んでくれると思う。
どうか、湿っぽくはならず、元気にいこう!」
こういった仕切りが上手いのは、コメディアンを前身としているがゆえだろう……。
運転席の傍らから告げられたロミール大統領の言葉に、席へ座った子どもたちが元気よく返事をする。
窓からタイヤに至るまで、全てが防弾仕様のバスというのは、見た目が変わりなくともどこか物々しく感じられるものであるが、彼らの元気が加われば、ここがスクールバスの車内であるようにも感じられた。
もっとも、前後を護衛の車両に挟まれ、車内にも数人のSPを乗り込ませているスクールバスがあれば、の話であるが……。
「兵隊さんたちのお見舞い、楽しみだね!
私、一生懸命、元気づけてあげるんだ……!」
「あ、あはは……。
そうだね」
隣の席へ座った少女に話しかけられ、ララはどうにか愛想笑いを浮かべる。
その姿は、常と異なるものだ。
いつもは後頭部で二つ結びにしているブロンズの髪は下ろされ、レンズの厚い伊達眼鏡を装着している。
さらには、ベレー帽をまぶかに被り、普段の姿を知る者でも、一見しただけではそうと気づかぬような装いとなっていた。
これは、大統領が手配したメイクアップアーティストに施された変装である。
「すっごい倍率の公募に当たったんだもん!
当たらなかった子たちの分まで、兵隊さんたちを元気づけてあげないと!」
「そうね。
期待に応えるというのは、とても大事なことだと思うわ」
別の席では、黒髪をツインテールに整え、やはり眼鏡をかけたレコが隣席の少女にそう答えており……。
「やだー! ナナちゃんのメイク、ナチュラルめだけど超キメキメじゃなーい?」
「えっへへ、そうでしょ!?
実は、プロの人におめかししてもらったんだー!」」
そのまた別の席では、髪を少し大人っぽく整え、例のひまわりサングラスをかけたナナが、早くも友達になったらしい少女と意気投合していた。
リキウ郊外に存在する、軍病院への慰安訪問バスである。
特徴的なのは、公募によって集められた共和国の子供たちが訪問するということ……。
そして何より、ロミール・レゼンスキー大統領もそれに同行するということだろう。
当然ながら、そこには政治的な打算が存在した。
大統領や子供たちからの激励を受け、傷つき負傷した兵たちが、戦線復帰への思いを新たにする……。
その姿を映像として各種メディアを通じ、流そうというのだ。
どれだけ傷つこうとも、決して屈しない共和国兵の姿を見せることで、自国の民や兵に対しては戦意高揚の効果を見込むことができる。
そして、諸外国に対しては、こういった兵士の姿を見せることで、さらなる同情と支援を引き出すことができるのであった。
しかも、まだ幼い子供たちが自発的に公募へ応募し、慰安訪問をすることで、ライラ共和国は祖国防衛に向けて一致団結していることを内外に向けアピールできるのだ。
傷つき、後方へ移送された兵士すらも広報の材料として利用する……。
一種のあこぎさすら感じられるやり方であるが、こういった細かな努力の積み重ねによって帝国覇権主義国家へ対抗できているのであり、このようなやり方をせねばならないほど追い詰められているのが、ライラという国の現状なのであった。
「さあ、どんどん緑が濃くなってきたね!
ライラは緑が豊かな国だけど、特に、これから向かうレイモン湖の周囲は豊かな森林に包まれているんだ。
さて、では、どうしてそんな所に兵隊さんの病院があるのか……。
誰か、分かる子はいるかな?」
大統領の質問に、子供たちが顔を見合わせる。
「――はいっ!」
そして、ララの隣にいる少女が思い切って手を上げたのであった。
「はい、そこのお嬢さん!
答えを言ってごらん?」
「えっと……。
お魚を釣れるからだと、思います!」
少女なりに考えたのだろう答えに、車内がどっと笑いに包まれる。
そして、笑みを浮かべたのは大統領も同じであったが、そこに子供の無知をあざけるような色は一切なく、純粋に発想のユニークさをほほ笑ましく思っているのが感じられたのであった。
「面白いアイデアだ!
確かに、ずっとベッドで寝ていると、体も鈍るし外に出たくなるからね!
聞いた話によると、ケガの具合が良くなった患者の中には、森林浴や湖にボートを出しての釣りを希望する者も多いらしいよ!
だから、これは大外れってわけじゃないね!
……おっと、これはヒントを与えすぎちゃったかな?」
おどけた仕草を交えながら、大統領がそう言ってみせる。
すると、先ほどまでは少女の解答に笑っていた子供たちが、一転して感心した視線を彼女に向けた。
こういった人心掌握の技術は、さすがという他にないだろう。
子供たちが、そんな風にしている中……。
「――はい!」
この機を逃さずとばかりに手を上げたのが、レコであった。
「はい! 黒髪がチャーミングな君!」
「周囲を自然に囲まれていると、精神的にリラックスできるからです」
「――正解っ!」
大統領が力強くサムズアップすると、レコが得意げな様子でツインテールにした黒髪をかき上げる。
どうやら、素直に正解したのが嬉しいらしい。
「ねえねえ、チェインの交換しよ?
せっかく友達になれたんだし、これからも繋がっていたいなー」
「んー、そうしたいのはあたしも同じなんだけど……。
ワ……親から、そういうのは止められてるんだ。
ごめんねー」
「えー!?
ナナちゃんの親御さん、ちょっと厳しすぎない!?」
一方、ナナもナナで、クイズなどそっちのけで隣の子と盛り上がっており……。
どうやら、二人は二人なりにこの慰安訪問を楽しんでいるようである。
――ずっと、ホテルの部屋に閉じこもってたもんね。
そんな姉妹たちの様子を見ていると、ララまでもが上機嫌になれた。
この慰安訪問……。
変装したJSたちのねじ込みを提案したのは、他でもなく、軽快なトークで子供たちを楽しませ続けている大統領であるらしい。
――軍功抜群な者たちに窮屈な思いをさせていたのでは、共和国の名折れだからだそうだ。
……と、いうのが、
なんにせよ、ナナはもとよりとして、ララと……そして、態度にこそ出さないがレコも、ストレスが溜まっていたことは間違いないのだ。
軍病院への慰安訪問を娯楽として数えるのは無理があるが、こうして外に出る機会が得られたのは、願ってもない話であるといえた。
「こうしてると、なんだか遠足みたいで楽しいね」
そんなことを考えていると、不意に隣席の少女から話しかけられる。
「あ、えっと……遠足って、こんな感じなのかな?」
――失敗した。
と、思ったのは言葉を吐き出した直後のことであった。
何しろ、ララは戦うために生み出された人造兵士――JSである。
当然ながら、遠足の経験などあるはずもなく……。
つい、ありのまま、思ったことを口に出してしまったのだ。
変装しているとはいえ、あまり怪しまれるようなことはしてはいけないというのに……!
「え?
あなた、遠足に行ったことがないの?」
「えっと……あんまり、体が強くなくって」
とっさについた嘘は、なかなかのものであると思えた。
事実、隣席の少女は、意外そうな顔はしていながらも、内容に疑問を抱いてはいないようであるから……。
「そうなんだ……。
うん、遠足って、こんな感じだよ。
みんなではしゃいで、お菓子とか食べたりして……。
あ、私、ユイリっていうんだ。
あなたは?」
「ララ……」
「ララちゃんか……。
今日は、一緒にがんばろうね!」
赤毛をカントリースタイルの三つ編みにした少女は、そう言いながら右手を差し出す。
「えっと……うん」
ララは、自分より――少なくとも見た目の上では――少しだけ年上に見える少女の手を、しっかりと握り返したのであった。
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