宇宙海賊

 ワームホール・ゲートの発明により、人類が光速を超えずとも宇宙中を駆け巡ることが可能となったことは、今さら説明するまでもない。

 しかし、このゲートがどのようなポイントにも設置できる万能のシステムかといえば、それはノーである。

 代表的なところでは、星々から発される重力が均衡していなければならないなど、その設置に関しては、様々な制約が存在するのだ。


 そうなると、必要となるのは諸々の補給をするための中継地点であり……。

 ここ、タラントA12ステーションもまた、そんな中継ステーションの一つであった。

 ゲートから惑星タラントまでの中間地点に存在するこのステーションは、筒型の本体にいくつかの回転する輪が取り付けられた構造となっており、その輪こそが、遠心型の重力ブロックである。

 重力ブロック内には、宿泊施設のみならず、様々な意味で疲れを癒やしてくれる各種施設が用意されており……。

 単なる補給地点としてのみならず、憩いの場として、宇宙の海を旅する者たちに利用されているのだ。


 それはつまり、多額の金と物資がここに集約されているということ……。

 力を持ち、あらゆる法に縛られず、生きる糧を略奪によって得ている者たちにとっては、この上ない獲物であった。

 人はそのような者たちを、宇宙海賊と呼んでいる。




--




 現代戦において欠かせぬ陸戦兵器である戦人センジンだが、四メートルというトラックへ積み込むことも可能なサイズや、人型由来の汎用性から、その活躍範囲は幅広い。

 特に、無重力下での作業も必要となる中継ステーションにおいては、貨物を運ぶための運搬者として、フォークリフトなど以上に重宝されているのだ。

 そのため、このタラントA12ステーション内へ存在する貨物ブロックは、戦人センジンの通行も可能な大きさで設計されているのだが……。


 ――ガッ!


 ――ガッ! ガンッ!


 現在、倉庫から倉庫へとつながる内部通路では、機兵用三八式突撃銃の砲弾が放たれ、通路の壁に弾痕を刻みつけていた。

 その程度で破壊されるほどやわな構造をしているステーションではないが、数層の壁を隔てた先に存在するのは、死の世界である。

 そんな中で、ためらいもなく戦人センジン用の武装を撃てるのは、常軌を逸しているといえるだろう。


「くそっ! 海賊共め!

 一体、どうやって貨物船に入り込んでいた!?」


 通路の曲がり角に身を隠し、砲弾をやり過ごしている戦人センジンのパイロットが、そう叫ぶ。

 二機いるその戦人センジンは、全体的にずんぐりむっくりとしたシルエットをしており……。

 様々な面で、トミーガンとの共通点を見い出すことができた。

 最大の差異はその頭部で、胴にブラウン管テレビを乗せたような造りのトミーガンに対し、こちらは工事用のヘルメットを据え付けたようなデザインとなっており、メインカメラとしているのもモノアイカメラである。


 ――ピースメーカー。


 マスタービーグル社が、一世代前に主力商品としていた戦人センジンであった。

 現在は、戦場の主役という地位を後継機であるトミーガンに明け渡し、払い下げられた機体が、このような場所で活躍しているのだ。


「潜り込んでいた……というよりは、最初から堂々と積み込まれていたとしか思えん」


 僚機と共に曲がり角へ身を隠すピースメーカーのパイロットが、そう告げる。


「馬鹿なっ!?

 あのキャットクロウ運送は、もう何年もここへ出入りしてるんだぞ!?

 話だって、何度もしている。いい奴らだ。

 海賊に協力するとは、考えられん!」


「海賊に協力したんじゃない。あいつらこそが海賊だったんだ。

 そうすれば、全てのつじつまが合う。

 運送会社としての姿は、隠れ蓑だったんだよ。

 いや、それだけじゃない……。

 倉庫間のゲートが、あっさり開いたのも妙だ。

 ここの職員に、連中の内通者がいる……?」


「そんな……。

 何年もかけて、今日この日のために準備してたっていうのか?

 ――わっ!?」


 砲弾を放ち、こちらをけん制しつつ接近を果たしていたのだろう……。

 ふいに突き出された銃口が、隠れていたピースメーカーたちに突きつけられる。

 こうなっては、どうしようもない。

 かつて実戦投入されていた機体とはいえ、非武装の上に、パイロットはただの民間人なのだ。

 機兵用三八式突撃銃の銃口を見たピースメーカーのパイロットたちは、死を覚悟したが……。


「まあ、種明かしすると、おおよそ、そんなところなんだ……。

 これまで、騙して悪かったな」


 生殺与奪の権利を握った海賊のトミーガンは、無線越しにそう告げると、おどけた仕草をしてみせたのである。


「だから、無線の周波数だって知っている。

 機体を降りて壁に手を付けていな。

 そうすれば、後は部下がお前たちを拘束する。

 安心しろ、命までは取らない」


「た、助けてくれるのか……?」


 そう尋ねると、トミーガンはライフルを手にしたまま、肩をすくめてみせた。


「俺たちブラックキャット一家は、本格の海賊だ。

 殺さず、犯さず、貧しきからは奪わず、てな……。

 だが、さすがに抵抗されれば、話は別だ。

 大人しく、言うことに従ってもらいたいんだが……?」


 そう言いながら、トミーガンが機兵用三八式突撃銃の銃口をこちらに向ける。

 こうなれば、否も応もない。


「わ、分かった! すぐに降りる!」


「だから、撃たないでくれ!」


 ピースメーカーのパイロットたちは、慌てて自機から降り、壁に手を付いたのであった。


「いい子たちだ」


 海賊のトミーガンは、そんな彼らの姿を見て、満足そうにそう言ったのである。




--




 宇宙交易における中継ステーションの重要性は言うに及ばずであり、当然ながら、そこには外敵に対する相応の備えが存在するものだ。

 ここ、タラントA12ステーションもまた、複数の荷電粒子砲や、宙間戦闘機などによって、鉄壁の備えを誇っていたのだが……。


「まあ、内側から崩されりゃ、どうにもならないわな」


 ステーションの管制区画に存在する、所長室……。

 いわば、一国の主といってもよい要職にふさわしい豪華な造りのそこで、その男は、机の上にふんぞり返りながらそうつぶやいた。


 ひどく、独特な格好をした男である。

 腰まで伸ばした髪は、いくつもの三つ編みでまとめられており、額にはバンダナを巻いていた。

 さらには、口ヒゲに加えあごヒゲまで生やしており、髪がろくに手入れされていないのもあって、一見すると世捨て人か何かのようである。

 何より特徴的なのは、服装だ。

 男が着ているのは、中世の海賊を思わせる装束であり……。

 ご丁寧にカトラスまで腰に下げたその姿は、本来、ハロウィンでもなければお目にかかれないようなものであった。


「ここまで、五年。

 長いようで、短い……。

 いや、やっぱり長かったな。

 油断してっと、ブラックキャット一家の船長ジニー・デイブじゃあなく、運送屋の社長になりきっちまうところだった」


 男――ジニーはそう言いながら、壁際のモニターを見やる。

 そこに表示されているのは、ステーション内各所の光景であった。

 ジニーを始めとする、五機のトミーガンによって、ステーション内の警備隊は無力化されており……。

 中枢ともいえる管制室では、職員らが一所ひとところに集められ、銃口を突きつけられている。

 驚くべきは、彼らに銃を向けているのもまた、同じステーションの職員であることだろう。


「カタギの仕事をして信用を得て、内部にも配下を潜り込ませ、いざ時がきたら、一息に内側から守りを崩す……。

 本格の仕事にゃあ、根気が必要だ」


 そう言いながら、机の上に置かれていた酒瓶を手に取る。

 そして、グラスに移し替えるような真似はせず、それをそのまま煽った。


「――クハッ!

 しかし、その分、仕事を終えた後に飲む酒は美味い!

 いや、こいつあ単純に酒が良いのか?

 あの所長、いい酒隠し持ってたなあ」


 職員らと共に、管制室で拘束されている所長の姿を見る。

 そして、乾杯するように酒瓶を突き出すのだった。


 ――ピー!


 ――ピー! ピー!


 左腕に巻いた時計――これもアンティーク調のこしらえとなっている――が鳴り響いたのは、その時だ。


「なんだあ……?」


 ジニーは、水を差されたような顔をしながら手首を顔に近づけ、時計の盤面をデジタルモードに切り替えた。

 時計が鳴り響いたのは、通信の呼び出しであり……。


「へえ、面白いタイミングで通信をよこしやがる」


 そこに表示された人物の名を見たジニーは、にやりと笑みを浮かべたのである。

 時計に数回タッチし、室内のモニターへ通信先の相手を映し出す。

 このようなことができるのも、事前に配下を潜ませ、バックドアを仕込めていたからである。


『首尾よくいけば、例のステーションを落とせている時刻だが……。

 その様子ならば、何も問題はなかったようだな?』


 モニターへ大映しにされた通信相手が、感情を感じさせぬ声音でそう告げた。

 その人物が着ている軍服と階級章は、彼がレソン軍の中将であることを示しており……。

 アイスブルーの眼差しには、見られた者の体温を奪うかのような冷たさが秘められている。


 ――マルティン・オークロク。


 帝政レソンの師団を率い、今もロベを攻めている将校の姿が、そこにあった。


「あんたのおかげさ。

 やっぱり、お国に用意してもらった正規の身分はやりやすい。

 おかげで、簡単にステーションの信頼を得られた」


 酒臭い息を吐き出しつつ、大仰な身振りを加えてジニーが言い放つ。


『互いに利益のある取り引きだ。

 そのステーションを主に利用するのは、親共和国派の勢力なのでな。

 それを機能不全にすることは、我が国にとって優位へ働く』


「そのために、五年も前から俺たちと通じ、準備していたんだから大したもんだ。

 報道じゃあ、帝政レソンの侵攻は突然の思いつきだの、皇帝が狂っただのと、色々言われちゃいるが……。

 こうやって入念に仕込んでるのを知ったら、どう手のひら返すんだろうなあ?」


『このような働きは、表に出る必要がない。

 私はただ、成すべきことを最適な形で成すだけだ』


 情報将校上がりの中将は、淡々とそう告げる。

 今でこそ、最前線で師団を率いるこの男であるが……。

 やはり、このように謀略を張り巡らせることこそが、真骨頂であるに違いない。


「その成すべきことのおかげで、うちの一家もほくほくってな。

 金もそうだが、宙間戦闘機を完品の状態で奪えたのはでかい。

 使うもよし、売り払うもよしってなあ」


『貴君らの正当な取り分だ。

 我が国としては、その中継ステーションがしばらく麻痺するだけで、十分な利益になる。

 もし、処分に困るようなことがあれば、買い取りに関しても手配しよう』


「裏の世界には、そういうもんを取り扱う独自のマーケットがある。心配は無用さ。

 つっても、あんたに対しちゃ、あー……その……なんだ。

 ブッダに小言だったかな?」


『釈迦に説法。

 東洋のことわざだ』


「そう、それそれ」


 実のところ、ジョークの一環としてわざと間違えてみたのだが……。

 マシーンの異名を持つ中将は、眉一つ動かす様子がない。

 どうやら、彼から笑いを取ることは、中継ステーションを落とすよりも遥かに難事業であるようだった。


「さて、世間話も済んだところで、だ……。

 あんたのことだ。

 大した用もなしに、通信してきたわけじゃあないんだろう?」


『話が早くて大変結構。

 実は、貴君らの腕を見込んで是非、頼みたい仕事がある。

 それも、可及的速やかにだ』


「急ぎ働きか。

 趣味じゃねえな」


 マルティンの言葉に、一家を背負う船長は難色を示す。

 一口に宇宙海賊といっても、そのやり方には様々な種類がある。

 大別すれば、じっくりと仕込むか、急ぎで押し込むか、だ。

 ジニーが豪語するような本格の海賊が好むのは、前者のやり方だった。

 何年もかけて入念に下準備し、いざ決行となれば、一切の被害を与えず鮮やかに略奪し、煙のように消え去る……。

 義賊を名乗るほど恥知らずではないが、時に、憧れをもって語られるような、理想の海賊像がそこにあるのだ。


 対して、急ぎ働きというものは事前に内通者を忍び込ませたりはせず、ただ力づくで押し込み、奪うやり方である。

 当然ながら、その際に流血は避けて通れず……。

 ジニーが忌避を示すのは、致し方ないものといえた。

 ブラックキャット一家は海賊であり、外道の集団ではないのだ。


『そちらのやり方は心得ている。

 対象の警備体制などの把握は、手の者があらかじめ済ませているので安心してほしい。

 ただ、現地でこれを実行に移せる人間がいないのだ』


「肝心の、仕事内容についてまだ聞いてないぜ?」


『暗殺だ』


 臆面もなく放たれた言葉に、眉をしかめる。

 本格の海賊にとって、奪いたいものは命ではないのだ。


『無論、相応の報酬は用意する。

 今後の活動に向けて、さらなる強力なバックアップもな。

 今回ばかりは、一家の名を捨て、一介の犯罪者として取り組んでもらいたい』


 そう言って、マルティンが提示した額……。

 それは、確かに魅力的な金額であった。

 何しろ、五年かけて挑んだ今回の大仕事で見込める利益を、上回っているのだ。


「これほどの大金用意してまで消したい相手ってのは、誰だ?

 まあ、おおよそ察しはつくがな」


『ロミール・レゼンスキー……。

 ライラ共和国の大統領だ』


 氷のような男が告げた名は、ジニーが予想した通りのものであった。

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