テーマパーク

 戦人センジンたちの指示に従ってSPらを下ろし、再び大統領を乗せたバスは、先導されるまま山道を進む。

 やがて、トミーガンらの先導は、途中に存在した枝道へと入り込み……。

 そうして、小一時間ばかり進むと、そこに存在したのは造りかけのテーマパークであった。


『ようこそ、閣下の墓場へ。

 さあ、どうぞご降車頂きたい』


 骨組みだけが出来上がっているゲートの前で、テーマパークのキャストよろしく、指揮官機のトミーガンがお辞儀をしてみせる。


「まさか、すぐには殺さず、こんな場所へ連れて来るとはな……」


 大統領はそうつぶやくと、運転手に向けてうなずいてみせた。

 大統領とこの運転手は、唯一、このバスに乗り込むことを許された大人である。

 護衛車両とバス車内へ乗り込んでいたSPたちは、全員が結束バンドで親指同士を拘束され、あの場へ取り残されていた。

 そのバンドをコックピットから放り投げる際、当然、パイロットの姿は見ることができたが……。

 その正体は、依然として不明のままだ。

 パイロットスーツはありふれた某軍の放出品であるし、ヘルメットバイザーは暗い色をしていて、その下の顔がうかがい知れない。

 分かったのは、せいぜい、体つきから男であろうということくらいである。


「ともかく、連中の指示に従うしかない。

 君、私にもしものことがあったら……ないとは考えられないが、子供たちのことは頼んだぞ」


「はっ!」


 運転手が敬礼で返したのは、彼が軍属であるからだ。

 もっとも、懐に忍ばせていた拳銃は、見抜いた賊の命令であの場に捨てさせられているし、果たしてどれほどのことができるかは、疑問であったが……。


「それから……」


 大統領は降車する前に、ちらりと車内を振り返り、子供たちの姿を見た。

 賊にも子供たちにも、それは幼き命に危害が及ばないかと、案じての行動に見えただろう。

 実際は、異なる。

 大統領が素早く視線を送ったのは、変装したJSたちであった。

 もはや、この状況……尋常な方法では、打開することがかなわない。

 唯一、光明があるとするならば、賊にとって計算外の存在であるJSだけなのだ。


 ララたちは、他の子供らには気づかれないくらいの小さな所作で、うなずいてみせた。

 それを了解と取ったのかどうかは知らないが、大統領は余分な動作を交えることなく、振り向いて降車し始める。

 JSを切り札とするならば、怪しまれるような行動は慎むべきであり、その点において、彼の対応は完璧であったといえるだろう。

 また、この状況でも一切動揺することなく、冷静に行動できる度胸も称賛に値した。


「さあ、出てやったぞ!

 どうする!? その戦人センジンが持つ武装で、私を木っ端微塵にするか!?

 それとも、踏み潰すか!?」


 三機のトミーガンに対し、腕を開いた大統領が堂々とそう尋ねる。

 そんな彼に対して、賊の指揮官機は肩をすくめるような動作をしてみせた。


『ただ殺すだけならば、あの場で完遂している。

 大統領閣下には、もう少しだけ残った人生を楽しんで頂きましょうか。

 それから……』


 指揮官機のトミーガンが、ちらりとバスに頭部を向ける。


『二人……いや、三人くらいが丁度いいか。

 君たちの中で、大統領と共に映像出演する勇気を持った子はいるかな?

 もし、名乗り出る者がいないなら、こちらで適当に指名するが……』


 外部スピーカーを通して告げられたのは、意外な……それでいて、願ってもない言葉であった。

 当然ながら、他の子供たちにそのような勇気は存在せず……。

 そもそも、半数ばかりは賊の意図を理解できておらず、困惑した目を互いに向けあっている。


 ――好機。


「――わたしがやります!」


「――はーい! あたしもやるー!」


「私もやるわ」


 間髪を入れずとは、まさにこのこと。

 JSたち三人は、他の子供すら押しのけながら急いで窓に駆け寄り、挙手したのであった。

 バスの車窓越しとはいえ、トミーガンの音響センサーならば十分に捉えることが可能な声量であるし、そもそも、見れば意図が伝わるほどに大げさな動きである。

 賊の指揮官機は、JSたちの意思を素早く理解したようだった。


『おお、これは勇敢なお嬢さん方だ……。

 正直な話、ここが一番手間がかかるし、気も重かったんだがな……。

 そう言ってくれると、助かる。

 安心しろ。誓って危害は加えない。

 なるべく、心に傷も与えないよう配慮する。

 縛ったりもしない。

 お嬢さん方、ゆっくりとバスを降りて来てくれ』


 まずはその指揮官機に向かってうなずき、次いで姉妹らと顔を見合わせる。

 そして、互いにうなずき合うと、バスを後にしようとしたのだが……。


「ら、ララちゃん……」


 不意に、ユイリから呼び止められた。


「な、何をさせられるのか知らないけど、危ないよ……。

 わ、私が代わりになるから……!

 少しだけ、ララちゃんより年上だと思うし……」


 そう言って、震えながら差し出された少女の手を握る。


「大丈夫」


「えっ……」


 そうして告げた言葉の力強さに、赤毛の少女は驚いたようだった。

 それも当然のことだろう……。

 精神面において、JSは同年代の少女と大差はないが、それはあくまでも平時における範囲の話だ。

 このような緊急事態に陥った時、彼女らの精神は研ぎ澄まされ、人造兵士本来のパフォーマンスを一〇〇パーセント発揮できるよう、調整がなされているのである。

 自身に満ち溢れたララの表情は、さぞかし異質なものとして映ったに違いない。


「必ず、無事に戻るから」


 不敵な笑みすら浮かべながら、そう告げた。

 笑みを浮かべているのは、レコやナナも同様であり……。

 車内に取り残される形となった子供たちは、そんなJSたちをあ然としながら見送ったのである。




--




 三機いたトミーガンの内、一機はバスを監視するためその場へ残ることとなり……。

 大統領に加わったJSたち三人は、残る二機のトミーガンに導かれるまま、造りかけのテーマパークへと足を踏み入れることになった。


『このテーマパークは、地球で旧世紀から有名なそれを誘致したものでな。

 単純に利益を見込んだだけのものではなく、自由民主主義陣営の一員として、他国との結束を深める側面が強かったと聞いている。

 まあ、その辺りの裏話に関しては、大統領閣下の方がよほど詳しいだろうが……』


 賊の指揮官は、どうやら生来、話好きの人物らしく……。

 前後をトミーガンに挟まれて歩む人質たちへ、陽気な口調でこのテーマパークについて解説してみせる。

 それを受けた大統領は、さすがに真面目な顔を崩さないまま解説を引き継いだ。


「大きな金が動く事業というものは、その裏で様々な思惑が交差するものだ。

 首尾よく完成していれば、周辺の森林も環境を崩さない範囲で開発され、リキウにほど近い観光地として発展する予定だった。

 もっとも、帝政レソンの侵攻によって、建築計画は一時白紙となってしまったが……」


『結果、我々のようなものが潜り込む余地も生まれたわけだ。

 閣下も、元はエンターテイナーだった人物として、このような場所で終われるのは満足でしょう?』


「我々は必ずレソンに勝つし、その暁にはこのテーマパークも必ず完成する。

 それを、私の血で汚すのはまったく嬉しくないね」


『きっと、墓碑が建てられて集客に貢献してくれることだろう』


 敵指揮官と大統領のそんな会話に耳を傾けながらも、ララはひっそりと周囲の状況を観察する。

 どうやらこのテーマパーク、まだアトラクションといったものを建設する段階には至っていなかったらしく、出来上がっているのは城をイメージした建築物のみであった。

 とはいえ、この城が実に巨大だ。

 入り口からして、トミーガンが楽々と出入りできる大きさがあるし、指揮官機に続いて入ったホールの天井には、宙間戦闘機もかくやといった巨大さの竜が吊るされているのである。


「あ、金庫番の竜だ」


 レコが思わず漏らしたそんな言葉に、全員が一斉に彼女へ視線を向けた。

 前後を挟むトミーガンまでもがそうしたため、黒髪の少女は思わず顔を赤らめ、うつむく。

 そういえば、この竜は以前、レクリエーションとして見せられたアニメーション映画に登場したキャラであった。

 鑑賞後は「子供だましの映画ね」などと言っていた彼女であったが、案外、気に入っていたのだろうか。


『……はっはっは!

 そう、あの映画のワンシーンに登場する金庫番の竜だ!

 どうか、怒らせないでやってくれよ!

 こいつが本気を出して襲いかかってきたら、トミーガンなんかイチコロだからな!』


 意外なノリの良さを見せた指揮官機が、外部スピーカーを通じてそう言いながら、ホールの中央へと歩む。

 確かに、宙吊りの竜も目を引くが……。

 最も注目すべきは、その下でこちらを迎える形となっていた二機のトミーガンであろう。

 武装は、やはり機兵用三八式突撃銃。

 つまり、バスの監視へ残った一機を加えれば、確認できただけでも、五機ものトミーガンを賊は保有しているのだ。


「大したものだな。

 しかも、見たところ整備に不備もなさそうだ。

 これだけの戦力を、郊外とはいえ密かに我が国へ持ち込む……。

 一体、貴様らは何者だ?」


「答える義務はない。

 単なる、一介の犯罪者であるとだけ述べておこう」


 答えた敵指揮官の声は、肉声である。

 賊のトミーガンは、それぞれコックピットハッチを開き、内部のパイロットを露わにしていたのだ。

 いずれも、某軍から流出したパイロットスーツを身にまとっており、ヘルメットバイザーの下に隠された顔を見ることはかなわなかった。


 ――タタタタタッ!


 それに加え、複数の足音がホールの奥――何らかの施設がそこにあるのだろう――から響き渡る。

 そうして姿を現わしたのは、十数人の男たちであった。

 こちらは、パイロットスーツを身にまとっていない。

 装いはごく一般的な観光客といったもので、目出し帽やストールを用い、その顔を隠しているのだ。

 いずれも、サブマシンガンで武装しており、立ち振る舞いから相応の実戦経験を積んでいるのがうかがえた。


「さあ、大統領とお嬢さん方には奥へと進んでもらおう!

 そこで、撮影を開始する!」


 コックピットから乗り出した指揮官が、そう宣言する。

 JSたちはその言葉を聞きつつ、ホール内に本設と思わしきトイレがあるのを確認しており……。

 密かに、三人で目線を交わしたのであった。

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