雷牙

 ロベを睨む形で設営されたレソンの野戦基地は、さながら大規模なテント村といった風情であるが、戦場の主役である戦人センジンを整備するための整備ドックに関してのみは、少々事情が異なる。

 しっかりとした造りの格納庫内には、少々、更新が遅れてはいるものの、師団規模の戦人センジンを万全の状態で稼働させられるよう、必要な各種機材が揃えられているのだ。

 これは、当然のことといえる。


 ロベの地下へ潜む共和国軍たちは、開戦初期に行われた大規模な砲撃にも屈せず、戦人センジンによる神出鬼没な攻撃を繰り返していた。

 これに対抗し、ロベを完全な制圧下へ置くためには、レソン側も戦人センジン戦力の充実が必要不可欠なのである。

 今日、この野戦基地へと搬入され、現在は格納庫前の広場で直立させられているも戦人センジンまた、そういった試みの一環であった。


 その手足はすらりと長く、全体的なシルエットは陸上選手を彷彿とさせる引き締まったものであり、ずんぐりむっくりとした既存機種のそれとは比較にならない。

 装甲のラインには直線が多用されており、曲面を組み合わせるマスタービーグル社の戦人センジンとは、対象的である。

 全身はシルバーで塗装されており、頭部のデュアルアイと合わさって、ヒロイックな印象を見る者に与えた。


「これが、貴君らの開発した?」


 新型機を見上げたマルティン中将が尋ねると、隣に立つ男が軽くうなずく。

 スーツを着たその男は、中肉中背のアジア系であり、丸眼鏡が印象的である。


「ええ、あれが弊社の開発した新型機……。

 タイプG5、ライガです」


 男は、丸眼鏡の位置を片手で直しながら、これなる戦人センジンの名を告げた。


「ライガー……確か、父がライオンで母が虎の交配種だったか。

 太陽鋼社の機体は、漢字二つの組み合わせを命名ルールにしていたと記憶しているが、それを崩してその名を与えたというのは、やはり、マスタービーグル社の新型……タイゴンへの対抗心かな?」


 そう尋ねると、丸眼鏡の男は苦笑しながら携帯端末を取り出す。


「ああ、いえ、ライガです。

 ガーではなく、ガで止めるのです。

 漢字で書くと、こうですな。意味としては、サンダーファングといったところです」


 端末の画面には『雷牙』と表示されており、なるほど、なかなか勇壮な字面の名前であった。


「ですが、マスタービーグル社の新型へ対抗心を抱いていないと言えば、それは嘘になります。

 私も設計主任として、全ての面でその新型……タイゴン上回れるよう、苦心しましたから」


 そう語る男の顔には、苦労の末に完成した製品へ対する絶対的な自信が溢れている。


「次世代型の戦人センジンとして歴史に名を残すのは、マスタービーグル社のタイゴンではなく、太陽鋼社の雷牙ライガです。

 この私――ダイスケ・ナカモトの名と共にね」


「そうなると、我々は兵器開発史が迎えた新たな局面の生き証人となるわけか。

 なんとも、光栄ですな」


 野心をぎらつかせる技術者に対し、マシーンの異名を持つ師団指揮官は、表情一つ変えずに言い放つ。

 帝政レソンがスパイを潜ませているのは、ライラ共和国を始めとした敵対国のみではなく、広く、宇宙中にその諜報網は存在している。

 実のところ、マルティンはそういった諜報網の一つから、このダイスケ・ナカモトなる男の経歴を詳細に掴んでいた。

 一言で表すならば、


 ――めかけの子。


 ……と、いうことになるだろう。

 彼の父親は、太陽鋼社のCEOハルキ・ミヤムラである。

 ファミリーネームが異なることから分かる通り、正式な息子ではない。

 彼は、ミヤムラが囲っている愛人との間に生まれた息子なのだ。


 そして、ミヤムラは本妻との間にナカモトより年下の男児も生まれており、こちらも兄と同様、太陽鋼社に入社している。

 兄とは異なり、順調に出世を重ねる形で、だ。

 これだけの材料が揃えば、ストーリーを描くのは容易である。

 マシーンの異名を持つマルティンであったが、だからといって、人の心が持つ機微を理解できないわけではないのだ。


「是非、目撃してもらいたいものですな。

 早速ですが、その第一歩として、動作確認をしてもらいましょう」


 三十そこそこという人生の中で、どれほどの屈辱を受けてきたのか……。

 それを晴らし、自身の名をあげる機会を得た技術者が、ぎらついた目を雷牙ライガに向ける。

 その表情は、製品を見る技術者というよりは、自らの作り上げた作品を見る芸術家のようであった。


「そのことなのですが……。

 戦況のひっ迫ぶりは、メディアでの報道以上です。

 従って、動作確認は実戦形式とし、早期の戦線投入を図りたい。

 よろしいですかな?」


 格納庫に向けマルティンが合図すると、ハンガーで待機していたトミーガンが三機、拘束を解除し外へ出てくる。

 三機共に、機兵用三八式突撃銃で武装しており、これは一般的な戦人センジン小隊の構成であった。


「実戦形式、ですか?」


「いかにも。

 使うのは模擬弾としますが、その他の条件は実戦と何も変わりません。

 フィールドは、ここから少し離れた田園地帯としますが、よろしいかな?」


「もちろんですとも」


 アイスブルーの瞳を向けられたナカモトは、力強くうなずく。

 そして、丸眼鏡を片手で直しながら、こう告げたのである。


「私の雷牙ライガは完璧です。

 後は、そちらの提供するパイロット次第ですな」


 ――提供。


 その言葉へ秘められた物騒な響きにも、マルティンは眉一つ動かさない。


「若いですが、なかなか優秀なパイロットですよ。

 何より、例のタイゴンと三度交戦して、三度とも生き残っている。

 そちらにとっては、願ってもない人材ではないですかな?」


 そして、淡々とそう告げたのだ。


「素晴らしい!

 では、そのパイロット殿には、存分に雷牙ライガの素晴らしさを体験してもらいましょう!」


 求める部品を手に入れたナカモトは、実に嬉しそうであった。




--




 ――イイ感じだ。


 身動き一つできないほど狭苦しいコックピットの中、カルナ・ルーベンス中尉はそのようなことを考えた。

 狭い。

 確かに、狭くはある……。

 が、それは体感として得られるだけで、気になるものではない。

 今、若きパイロットの意識は拡張されており、その瞳に映るのはモニター一つ存在しないコックピット内部の光景ではなく、搭乗した新型機――雷牙ライガのデュアルアイが映し出すそれであるのだから。


 四メートルの高さから見渡せるのは、広々とした田園地帯だ。

 正確には、かつて、田園地帯であった場所というべきであろう。

 豊かな黒土地帯は、レソン軍が開戦初期に行った徹底した砲撃によって、見るも無惨に巻き上げられており……。

 あちこちにクレーターが形成された光景は、入植惑星のそれというよりは、資源採掘衛星の表面がごときであった。

 それはつまり、戦人センジンの機動性と踏破性を測るのに、最適なフィールドであるということ……。


「………………」


 無言のまま、左腕を動かす。

 自分の腕ではない。

 雷牙ライガの、左腕だ。

 銀色に塗装されたマシーンの腕は、カルナの意思通りに手を開き、また、握り締めた。

 続いて、右手に握った銃の感触を確かめる。

 実に先進的なシステムを搭載した雷牙ライガであるが、主武装として選んだのは、ごく普通の機兵用三八式突撃銃であり、銃剣も腰に装着していた。

 これは、トミーガンとの互換性を重視した結果であり、設計者であるナカモトは、マスタービーグル社の製品を持たせることに難色を示したものの、折れてくれたのである。


 ――いずれ、弊社でもビーム兵器を完成させますよ。


 ――マスタービーグル社のものより、小型で軽量なやつをね。


 とは、彼の弁だ。

 そんな彼は、演習区域としたこの辺りからは離れた地点で、マルティンと共にデータ収集用の車両で待機していた。


「いかがですが、中尉殿。

 雷牙ライガの乗り心地は?」


 そのナカモトから通信が入り、視界の片隅に彼の顔が表示される。

 カメラの捉えた映像がそのまま視界となるシステムのため、この他にも、必要とあれば様々なデータを表示できるようになっているのだ。


「乗り心地……といってよいのか、表現に困りますね。

 乗っているというよりは、この機体と一体化しているような気分です。

 手にしたアサルトライフルの重みも、生身でそうしているように感じられますし」


 雷牙ライガの右腕を動かし、機兵用三八式突撃銃を上下させる。

 拡張された意識が受け取るのは、生身で銃を手にした時と変わらぬ重さと触感だ。

 まさに――人機一体。

 圧倒的なパワーを秘めているのだろう機体と同化したカルナは今、スーパーマンにでもなったかのような興奮を覚えていた。


「感覚の数値化には、特に苦労しましたから。

 ちなみにですが、痛みなどを感じることはないので、ご安心ください」


「それは助かります。

 ですが、これほどの機体を預かって、痛みの心配をせねばならないような立ち回りは、できませんね」


「中尉殿は、マスタービーグル社の新型と交戦経験があるとうかがっています。

 その、タイゴンという機体が見せた以上の運動性能を、保証しますよ」


「ならば、それを引き出すだけですな」


 無線越しにそんな会話を交わしていると、いよいよ、模擬戦開始の時刻となる。


「時間だ。

 ――始めたまえ」


 そして、マルティン中将はぴたりと正確な時間で、そう告げたのであった。


「――いきます!」


 宣言しながら、雷牙ライガの足を一歩、踏み出させる。

 脚部から感じる、機械の鼓動とでも呼ぶべきものは、なんとも心地よく、力強かった。




--




 マルティン・オークロクがあまり戦人センジンに興味を示さないのは、こういった機動兵器がもたらすのは戦術的勝利が限界であり、戦略的勝利への寄与は薄いと考えているからである。

 しかし、今、情報収集車両内のモニターへ映された映像を見ては、さすがに感心せざるを得なかった。


「ナカモト殿、貴君の開発した雷牙ライガだが……」


「いかがですかな?」


「パーフェクトだ」


 マルティンの言葉に、太陽鋼社の設計主任は満足げな笑みを浮かべてみせる。

 モニターに表示された、映像……。

 ドローンによって撮影されたその中では、瞬く間に三機のトミーガンを打ち倒し、悠然ゆうぜんと立つライガの姿があった。


 しかし、マルティンが感心を抱いたのは、ほんの一瞬のこと……。

 手応えへ震えるナカモトを尻目に、マシーンの異名を持つ中将は、新たな策謀へと頭を巡らせていたのである。

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