第五話 大統領拉致事件

JSの休暇

 リキウでもそれと知られた高級ホテルのスイートともなれば、宿泊客が快適に過ごせるよう、実に様々な設備が備わっている。

 プライベートバーや、小規模なプールじみた入浴施設は当然として、ベッドに使われているマットレスも、日本のメーカーが生産した品を使っており、最高の寝心地を約束しているのだ。


 バルコニーと室内を隔てるガラスに、そのまま映像が表示されるモニターガラスもそんな設備の一つで、これに映画を映せば、室内へ備えられたサラウンドシステムと合わさり、映画館そのものといった臨場感が味わえるようになっていた。

 もっとも、今、この長大な一枚ガラスに映し出されているのは、旧世紀に制作されたレトロゲームであったが。


「よし! ゲージ貯まった!」


 コントローラーを手にしたナナがそう叫ぶと、画面内の主人公が、道端に駐輪されていた自転車を両手で持ち上げる。


「いっけー!」


 そして、自分に絡んできたチンピラの一人をそれで殴り倒すと、追撃としてさらに上から自転車を叩き落したのだ。


「やったー!」


 ララはそんな画面内の光景を見て、歓声と共に拍手を浴びせた。


「結構、よく出来てるわね。

 主人公を演じた俳優もかっこいいし」


 このようなスイートルームには似つかわしくないスナック菓子を食べながら、レコもそう感想を漏らす。

 画面内の主人公は、たった今倒したチンピラが落とした金を拾うと、その足で意気揚々とスシ屋に向かっていた。

 ……が。


「つまんなーい!」


 突如、彼を操作していたナナがそう叫んで、コントローラーを放り捨てる。


「わ、ちょっと!?」


 レコは落ちてきたコントローラーをキャッチすると、スナック菓子を口に加えたまま操作を引き継いだ。


「つまんない! つまんない! つまんなーい!」


「ナナ、急にどうしたの?

 今の今まで、ずっと楽しんでたじゃない?」


 ララは、いきなり騒ぎ始めた姉妹に対し、そう尋ねる。

 それも当然のことで、ゲーム開始からかれこれ五時間ばかり……ナナはコントローラーを手放さず、残りの二人はそれを観戦し続けていたのだ。


「だってだって!

 あたしもこんな風に街中を歩き回って、おスシとか食べたいもーん!」


「あら、おスシの方が良かった?

 あんまり体力減ってなかったし、なんか美味しそうだから、大将のこだわりプリンにしちゃったけど?」


 操作を引き継いだレコが、ズレた質問を返す。

 スクリーンガラスの中では、わざわざ寿司屋まで来てプリンのみ注文するイケメン探偵という、シュールな光景が展開されていた。


「そうじゃなくて!

 もう部屋の中にいるのは、飽きたって言ってるの!」


 わめき出すナナに、ララは苦笑いを浮かべる。

 このスイートルームは、少女三人が滞在するには十分過ぎる程の広さを持つが、それでも、室内であることに変わりはない。

 豪奢な調度も、ワンの手料理と比較してもご馳走と言い切れる料理も、何日も滞在していては飽きが来るというものだった。


「本社の人たちがやってるデータ取り、まだ時間がかかるのかな?」


 あごに手をやりながら、そう疑問をこぼす。

 彼女らの愛機であるタイゴンは、現在、リキウ郊外に存在するライラ共和国の基地へ預けられていた。

 ただ、保管されているわけではない。

 マスタービーグル本社から派遣されてきたスタッフの手により、データ取りがされているのである。


「あれって、意味あるのかなー?

 データなんて、地下壕へ一緒に来たメカニックさんたちがいつもやってるのに」


 そんなナナの言葉へ答えたのは、コントローラーを握ったレコだ。


「そりゃあ、地下壕でもやってるけど、あの人たちはどちらかというと、整備士としての色合いが強いから。

 今、タイゴンをいじってるのは、設計とかに携わってる方の人たちなんでしょ?

 ところで、何か店員さんに聞かれてるんだけど、むらさきってなんのことかしら?」


 ゲーム内のミニイベントをこなしながらの言葉に、ナナが「うー……」と不満げな吐息を漏らす。

 そうしていると、猫か何かのようだった。


「とにかく!

 お外に出たい! 遊びたい! ショッピングしたーい!」


「わたしもお出かけはしてみたいけど、難しいんじゃないかな?

 だって、ナナは動画が拡散して有名人になっちゃってるし」


 地団駄を踏むとは、まさにこのこと。

 ソファの上でバタバタと足を動かす姉妹に、ララはそう告げた。

 今、ララが口に出した動画というのは、先日、ナナがヴァレン女史殺害の実行犯を追跡した際に撮られたものである。

 ビルの屋上へと身一つで登り、更には、ビルからビルへと跳び移って移動する……。

 しかも、年端もいかぬ少女がそれを行っているというのは絶大なインパクトがあり、市民の何人かが撮影してアップした動画は、異例の再生数を記録していた。


「まだ、私たちJSの存在がおおやけにされてないのもあって、どのメディアにも追求しないよう通達が出てるものね。

 それがかえって、見た人の好奇心を刺激してるみたい。

 ねえ、むらさきってなんのことかしら?」


 ゲーム内の謎かけに頭を悩ませながらレコが語った通り、ネット上では様々な憶測が飛び交っている。


 ――現代に蘇ったニンジャ!


 ――どこかの会社が作ったアンドロイド!


 ――共和国政府が秘密裏に育成したエージェント!


 ……などなど、だ。

 その内、どこかの会社が作ったアンドロイドという推測に関しては、当たらずとも遠からずなのだから、案外、人間の想像力というのは馬鹿にならないものだ。


「ナナだけじゃなくて、わたしとレコちゃんの顔もネットに出回っちゃってるもんね。

 植物園の騒ぎで、撮影してた人がいたみたい」


 ワンから渡された携帯端末を取り出し、SNSを確認する。

 書き込みなどは禁じられているが、閲覧に関しては許可されているのだ。


 ――パルクールガールと一緒にいる子たちも、同じように動けるのかな?


 ――一体、何者なんだ?


 ――ヴァレン監督が、新作映画のために連れてた秘蔵っ子とか?


 ――でも、今度の映画ってライラの戦争ドキュメンタリーだろ? それでレソンに殺されたんだし。


 倒れたヴァレン女史へ駆け寄る様子を撮影した写真には、その他にも様々なコメントがつけられている。

 これがネットというものの恐ろしいところで、一度、拡散してしまえば、その後はどうにも手を付けることができなかった。

 金や権力でどうにかなるのならば、マスタービーグル社の力で、これらの動画も画像も消し去られているに違いないのだ。


「まあ、観念して、タイゴンのデータ取りが終わるまでは、インドアライフを満喫するしかないわね。

 ……ねえ、むらさきってなんのことかしら?」


 まだミニイベントへ頭を悩ませているレコが冷たく告げると、ナナが天井を仰ぎ見る。

 そして、最後に一際大きな声でこう叫んだのだ。


「つまんなーい!」


「あ、はは……」


 ララは、そんな姉妹たちの姿を見ながら困ったように笑うのであった。

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