手向けのひまわり

 ヴァレン女史の葬儀は、故郷である地球で行われることとなった。

 とはいえ、宇宙港を有するロベは帝政レソンの手によって破壊されているため、彼女の遺体は回り道をすることになる。

 まずは、隣国にまで運ばれ、そこの宇宙港を経由してようやく地球に向かうのだ。


 遺体が搬送される際、病院の前には大勢の人が押し寄せた。

 これは、凶報を聞いたロミール大統領が、目ざとく世論への訴えに利用したためである。

 コメディアンを前身とする大統領は、ありとあらゆるメディアに向けて、力強く語ったものだ。


 ――犯人の男は、何者かに依頼されて凶行に及んだと自供している!


 ――今、ヴァレン監督を殺害したいと考える者は、誰か!?


 ――レソン皇帝を置いて、他にいない!


 ――狭量なる独裁者は、自身の行いが映画という形で批判され、世間へ公開されることに我慢がならず、暗殺者を送り込むという凶行に及んだのだ!


 ――これは、民主主義のみならず、表現の自由に対する挑戦である!


 ――かつての時代、独裁者アドルフ・ヒトラーは、喜劇王チャールズ・チャップリンを激しく敵視し、その活動を妨害した!


 ――歴史は最悪の形で繰り返され、このような悲劇が生み出されてしまったのだ!


 ――我々は、決してこの事件を風化させてはならない!


 ――自由民主主義を守り、帝国国家に立ち向かうことこそが、唯一、ヴァレン監督へ向けられる手向けなのであ!!


 各メディアは、大統領の演説を何度も繰り返し報道し……。

 その熱に浮かされ駆けつけた市民たちは、ヴァレン女史の遺体を乗せた車に、熱い眼差しを向けた。

 そして、それに続いた撮影スタッフの乗った車に対し、声援を贈ったのである。


 ――負けるな!


 ――我々は応援している!


 ――どうか、ヴァレン監督の無念を晴らしてくれ!


 集まった人々の手には、一輪のひまわりが握られていたが……。

 これは、ライラ共和国の国花である。

 その意味するところは、憧れや情熱……。

 そして、抵抗だ。

 常に太陽へ向かい続けるひまわりのように、恐るべき帝国覇権主義へ立ち向かい続ける……。

 そのような意味が、込められていたのである。


 人々の視線と声援、そしてひまわりの花に見送られて、ヴァレン女史の遺体と撮影スタッフたちは旅立っていく。

 氏の暗殺を指示したのが帝政レソンだという証拠は一切なく、言ってしまえば、ロミール大統領の演説はまったくの言いがかりである。

 しかし、今や、その言葉を疑う者は誰もいない。


 国際世論は、大統領の言葉に同調した。

 様々な著名人がヴァレン女史の死を悼み、帝政レソンを避難し、残されたスタッフの手による遺作の完成を望んだのである。




--




「なんだかなー。

 みんなして、よってたかって……。

 これじゃ、ヴァレンさんが完全に道具じゃん!」


 リキウ市街に存在する、高級ホテル……。

 そのスイートルームに存在するバルコニーから下を見渡しつつ、ナナがそんな言葉を口にした。


「仕方がないわ。

 戦争なんだもの。利用できるものは、なんでも利用しようってことでしょ?」


 そんな姉妹に対し、いつも通りの冷静さでレコが答える。


「それより、ナナはあんまり顔を出し過ぎないよう注意してね。

 あなた、動画が拡散して顔が知られちゃってるんだから……」


 バルコニーの下は、大通りに面しており、丁度、ヴァレン女史の遺体を乗せた車が走っているところであった。

 そこにも、若き天才監督の死を悲しむ人々が大勢集まっており……。

 もし、ひまわりを手にした彼らの内、誰かが上のナナに気づいたならば、ちょっとした騒ぎになることが予想された。


「それなら平気だよー。

 ……ほら」


 姉妹に笑いかけたナナが、ごそごそとポケットを漁る。

 そうして取り出されたのは、ひまわりの花を模したサングラスであった。


「わあ、かわいい!」


 それをかけて、ポーズしてみせるナナに、ララが笑いかける。


「まったく……。

 いつの間に、そんな物を買ってたの?

 外出は禁止されてるのに」


「ボーイの人に、お願いしたんだー。

 今、こういうのがリキウでは流行ってるんだって。

 いいでしょー?」


 ピースサインをしてみせるナナに、レコがあきれた顔をした。


「もう……。

 ワンさんからもらったお小遣い、足りなくなっても貸してあげないからね?」


「いいもーん!

 その時は、ララにお願いするんだから。

 ね、ララ? だめぇ?」


「え、えーと……」


 突然、話を振られてララが困った顔になる。

 そんな二人の様子を見て、レコは黒髪かき上げながら溜め息を吐き出したのであった。


「駄目に決まってるでしょ。

 ララも、そういう時はきっぱりと断らなきゃ」


「え、えっと……。

 でも、わたしは別に使い道とか考えてないし……」


「本当!?

 ララ、だーい好き!」


 サングラスをかけたナナが、ぎゅうっと姉妹に抱きつく。


「あ、あはは……」


 そのまま頬をこすり合わされ、微妙な笑みを浮かべるララを見ながら、レコはまたも溜め息をついた。

 ただし、今度、レコが浮かべたのはあきれ混じりの笑みだ。


「警察署から送り届けられてきた時は、どうしたものかと思ったけど……。

 ようやく、調子が戻ってきたみたいね」


 黒髪の少女が語る通り……。

 大統領直属だというエージェントに連れられ、このホテルへ来た時のナナは、ひどい顔をしていた。

 いつも、快活で明るく、今かけているサングラスが模したひまわりのような少女は、暗い雰囲気を漂わせており……。

 姉妹であるレコやララですら、話しかけることがためらわれるような……そういった状態だったのだ。

 しかし、今の彼女はからりとしており、完全にいつも通りのナナである。

 また、小言を言うことが増えることになりそうだが、それが、レコには心地よく感じられた。


「うん、あんなことがあったけど……。

 やっぱり、わたしはいつもの明るいナナが好きだな」


 激しいハグからようやく開放されたララが、そういっておだやかな笑みを浮かべる。


「お二人には、ご心配おかけしてすみません!」


 そんな自分たちに対し、レコはおどけた様子で敬礼をしてみせたのであった。


「まあ、ヴァレンさんのことは残念だったけど、それでいつまでも落ち込んでるわけにはいかないしー」


 そう言いながら、ナナがバルコニーから身を乗り出す。

 そこから見える景色の端……。

 ヴァレン女史の遺体を乗せた車が、走り去ろうとしていた。


「あたしたちは、JSだからさ。

 やっぱり、気持ちの晴らし方があるよねーと思って」


 そこまで言った後、ナナはぼそりと付け加えたのだ。


「例えば……徹底的に、レソンを叩くとか、さ」


 サングラスに隠された姉妹の横顔が、少しだけ大人びて……そして、引き締められているように感じられた。

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