黒幕
通りに並ぶ店のネオンサインは、きらびやかというにはいささか輝きが強すぎて、悪趣味と呼ぶべきものになっている。
その光へ吸い寄せられるように集まっているのは、実に様々な種類の人間だ。
会社員と思わしき人間もいれば、いかにも遊び人といった風体の若者もいる。
とりわけ、幅を利かせているのは、上等な……それでいて、どこか威圧感を感じさせるスーツに見を包んだ男たちで、これは、裏社会を牛耳るギャングと見て相違なかった。
リキウに存在する、繁華街の一画である。
多数の人間が集まる都市ならば、このような場所が必要となるのが世の
いや、むしろ戦時下という極限の緊張状態だからこそ、人はこういった場所を求めずにいられないのかもしれない。
そのような、喧騒とアルコールとあらゆる欲望をごちゃ混ぜにして成り立つ街の中、ただ一人、佇む男の姿があった。
どうにも、特徴と呼ぶべきものがない男だ。
スーツもありふれた仕立てであり、傍らへ停車させた車もごく当たり前の大衆車である。
ならば、彼もまた羽目を外しにここへ訪れているのかと思えば、そのような気配は
強いていうならば、時折、左腕の時計を確認していることから、誰かと待ち合わせしているのかと思われた。
そんな男が、ふと、携帯端末を取り出してその画面を見る。
表示されたのは、リアルタイムで情報を伝えるニュースアプリだ。
トップには、『地球から来た映画監督、撃たれる!』という見出しが踊っており……。
記事を読み進めると、
「……」
男は、無言のままに端末をしまい、車へと乗り込む。
そして、そのままいずこかへと走り去ったのである。
後には、まるで最初からそんな男などいなかったかのような光景が残された。
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師団長であるマルティン・オークロク中将が執務のために使っているテント内は、調度といい飾られた絵画といい、前線へ急ごしらえされた野戦基地のそれとは思えぬ豪奢さである。
これは、マルティンの趣味が反映されているわけではなく、前任者であるヴィーター・ゲシモフが使っていたそれをそのまま引き継いだからで、実際、マシーンの異名を持つこの男が職務を引き継ぐ上で持参した荷物は、スーツケース一つへ収まりきる程度の量しかなかった。
そのようなテント内で、わざわざ地球から取り寄せたというアンティーク調の執務机に腰かけながら、マルティンはただ一人、端末と向かい合う。
通常、師団指揮官ともなれば、秘書の一人も置くくらいはするものであったが、この氷のような男はあえて、そういったポジションを起用しなかった。
それは、彼が極度の秘密主義者だからであり……。
事実、彼が扱う情報の半分ほどは、知る人間が少なければ少ないほど、好ましい性質のものなのである。
たった今、メールで送られてきたのも、そういった情報の一つであった。
「ふむ……。
そうか、捕まったか」
メールの送り主は、共和国内へ潜伏しているスパイの一人である。
マルティンが情報将校上がりであることは、軍内で広く知れ渡っている事実だ。
しかし、現在は師団をまとめ上げている彼が、依然として独立した諜報組織を指揮していることは、知られていない。
しかも、彼に命令を下しているのは帝政レソンの現皇帝であり、いわば、皇帝直属の秘密組織でもあるのだ。
「まあ、捕まったところで何も問題はない。
共和国の法で裁かれるか、あるいは、こちらの手で始末するかの違いだ。
捜査過程で我が方の関与も疑われるだろうが、そのようなものは、憶測に過ぎぬとつっぱねられる」
そうつぶやくと、ティーカップを手に取り一口すする。
最前線の仮拠点を、自身の屋敷にしようとするかのような前任者の趣味には辟易とさせられるが、唯一、この茶器に関してのみは気に入っていた。
彼のことをマシーン呼ばわりする末端の兵たちが知ったならば、さぞや驚くことであろう。
しかし、どれほど高性能の機械であっても、燃料がなければ動くことはできない。
マルティンにとって、日に何度か飲む紅茶は、動くために欠かせない原動力なのである。
「ヴァレン・ヴァシャノ、か……」
端末のブラウザを開き、たった今、つぶやいた名前を検索ワードとして入力した。
すると、様々なページが画面内に表示されたが……。
その中でも、一番上に出てきたページへとアクセスする。
このサイトは、ユーザーたちが自由に編集可能な百科事典であり、記載されている内容の確度に関してはともかく、リアルタイムでの更新速度には定評があった。
マウスを操り、そこに記載された内容へ素早く目を通す。
果たして、無償でこのようなページを編集する人間というのは、どのような人種であるのか……。
ともかく、一種の使命感すら漂う素早さで更新されたヴァレンのプロフィールには、はっきりと没日が書かれていたのである。
「君の作った映画は、なかなか楽しめるものであった……」
ページ内へ貼り付けられた、ヴァレンの写真に向けてつぶやく。
おそらく、先日鑑賞した映画で賞を取った時のものだろう。
トロフィーを手にした彼女の顔は輝いており、これから先の未来に広がる可能性へ、心躍らせているように見えた。
もっとも、その可能性は自分の指示によってついえたわけであるが……。
「エンターテイナーは、エンターテイメントに徹していればよかったというわけだ。
余計な色気を出して国際情勢に手を出し、陛下の怒りを買ったのが不味かったな」
眉一つ動かさぬ鉄面皮で、淡々とそう告げる。
そして、興味を失ったマルティンはブラウザを閉じ……。
再び、己の職務に戻ったのであった。
マルティンにとって、この一件は
そして、おそらくは世間にとっても、星の数ほど存在するニュースの一つに過ぎず……。
しばらくは騒がれるだろうが、少しの間を置けば、元からそのような人物はいなかったかのごとく扱われるに違いなかった。
唯一、彼女が生きた証を残せたとするならば、それは、制作した映画のフィルムを置いて他にないのだろう。
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