取り調べ
「ねえ、お願いだから何か話してくれない?
お嬢ちゃんさえ、素直にしてくれたら、絶対に怖い思いはさせないから」
若い婦警の表情は、心からこちらの身を案じているものであり、そのような眼差しを向けられると、沈黙を保っているのが申し訳なくなってくる。
「……何も、話すことはありません」
しかし、だからといって事実をありのままに話すことはできず、ナナは今日、何回目かになる同じ答えを再び口にしたのであった。
リキウに存在する、とある警察署の取り調べ室である。
ドラマで目にしたそこは、半ば牢屋のごとく閉塞的な空間であったが、ナナが通されたのはごく普通の……オフィスビルにでも存在しそうな一室であった。
もしかしたならば、自分が子供であることから、人道的な配慮をしたのかもしれない。
「そう……。
なら、聞き方を変えるわね」
溜め息を吐いた婦警が、手元の端末を覗き込む。
「お嬢ちゃんがビルをよじ登ったり、ビルからビルへ駆け巡ったり、被害者の車へ飛びついたり……。
目撃者は大勢いるわ。動画だって上げられてる」
そう言いながら、婦警が端末の画面を見せる。
なるほど、そこにはビルからビルへと跳び移っているナナの姿が、遠景ではあるがはっきりと映されていた。
「被害者の傷だって、子供が素手で負わすことのできるものじゃない。
私だって、目撃者たちの証言がなければ、とても信じられないわ……」
婦警が、ちらりと壁を見る。
ここ――確か刑事課だったか――に連れてこられた際、習性として間取りは素早く記憶していた。
それによるならば、確か、そちらにはここと同じような取り調べ室が存在するはずだった。
おそらくは、自分と別のパトカーで連れて来られた目撃者たちが、そこで目にしたものを語っているのだろう。
「あなた、何者なの?」
核心を突かんとばかりに、婦警が身を乗り出して尋ねる。
彼女にとっては、映画の登場人物にでもなったような気分なのかもしれない。
……皮肉なことだ。
「何も、答えることはありません」
だが、彼女の期待に応える義務は何もない。
ナナは努めて淡々と、同じ言葉を口にした。
「はあ……困っちゃうわね」
婦警がそう言いながら、背もたれに体重を預ける。
それが、丁度よい会話の切れ目と思えたので、こちらの質問をぶつけることにした。
「ヴァレンさんは、無事ですか?」
「ヴァレン?」
「植物園で、あの男に撃たれた女性です」
「ああ……そういう話も、出ているわね」
婦警がそう言いながら、画面を自分の方に戻した端末へ目を注ぐ。
おそらく、画面内ではリアルタイムで操作情報の共有がされているのだ。
「こちらの質問には答えないのに、聞きたいことは聞いてくるのね。
まあいいわ。
そうね。確かに、あの男が植物園に訪れていた映画監督ヴァレン・ヴァシャノさんを撃ったという話は、出てきている。
ヴァレンさんの連れとして、あなたを含めた三人の女の子がいたっていう話もね。
そうだとしたら、あなたは殺人犯を捕まえたヒーローなのかしら?」
「っ!?
ヴァレンさんは、無事なんですか!?」
身を乗り出して聞くと、婦警は端末を覗き込んだまま難しい顔をしてみせた。
そして、しばらく考え込んでから口を開いたのである。
「……現在、病院に搬送されて治療を受けているわ。
通報が早かったのも良かったし、あなたのお友達よね? 連れの子が施した応急処置も、的確なものだったって話よ。
ただ、使われていた弾が……」
「弾……?」
オウム返しにすると、やはり考え込んだ婦警が、額に手をやりながら首を振った。
「子供にする話じゃないけど、あなた、どうも何かスペシャルなようだしね。
あなたが捕まえた、この件では容疑者ね。
容疑者の持っていた銃に装填されていた弾丸、普通じゃなかったの」
そう言って、婦警は左手の平を自分の眼前に持ってくる。
そして、右手の人差し指でこれを突き刺すようにした。
「普通、銃弾っていうのは、こうやって当たったものを貫通するように動くのね」
そう言った後、今度は丸めた右の人差し指を左手に当てる。
「でも、容疑者の使っていた弾はそうじゃなかった。
あえて、貫通させず相手の体内へ留まらせ、より重大な損傷を内臓に与えるよう作られている。
技術が足らない人間でも、とにかく体に当てさえすれば、致命傷になるよう考えられている……。
暗殺用の銃弾よ」
「っ!?」
それで、思い出す。
あの時、立ち位置から考えれば、ヴァレン女史を貫通した弾丸が、自分に当たってもおかしくはなかった。
それが起こらなかったのには、そのような理由があったのだ。
「あえて、事実をありのままに伝えるわね。
そういうわけで、容態は極めて深刻らしいわ。
お医者様も、全力は尽くして下さってるそうだけど……」
「そう……ですか」
膝の上に置いた手を、ぐっと握る。
もし……。
もしも、自分があの時、近づいてくる男に気づいていたなら……。
そして、その殺気に勘づいていたならば……。
結果は、まったく異なるものとなっていたはずだ。
拳銃で武装していたとはいえ、相手は素人の男であり、JSの敵ではない。
しかし、そうはならなかった。
JSはその見た目から、襲撃者の油断を誘える護衛者としての役割も期待されており、要人護衛の訓練も施されている。
それを、まったく活かせなかったということだ。
「それで、聞きたいことは終わりかしら?」
説明を終えた婦警が、まっすぐな眼差しを向けてくる。
――こちらは提供できる情報を与えた。
――次は、そちらが話す番だ。
彼女の視線は、言葉以上の雄弁さでその意思を伝えていたが……。
だが、自分から語れることは何もない。
「じゃあ、繰り返しの質問になるけど――」
再び、同じ言葉を返すべく心の準備をしていた時だ。
――コン! コン!
と、ドアがノックされ、一人の男が姿を現す。
「あら、あなたは?」
「失礼。
自分は、こういう者です」
スーツを着た男は、訓練された者にのみ宿る空気を身にまとっており……。
彼が差し出した手帳を見て、婦警の顔が凍りついた。
「本件及び、彼女はこちらの預かりとなります。
以後、このことに関して、詮索などは無用と願いたい」
「分かり……ました」
淡々と告げる男に対し、婦警が了承の意思を伝える。
それで、引き継ぎが済んだということだろう。
男が、視線をナナに向けた。
「お迎えに参りました。
「分かりました」
おそらく、男は共和国内に存在する特殊な捜査機関か何かの人間なのだろう。
素直にうなずき、席を立つ。
最後に、ひとつ尋ねることにした。
「あの男は、どうなりますか?」
どちらに向けた質問か、分かりかねたのだろう。
男と婦警が目線を交わし、うなずいた男が答える役を引き受ける。
「我が国の法律に則り、裁かれることになるでしょう」
「死刑になるんですか?」
「ライラ共和国に、死刑は存在しません。
が、世間の注目も集まる要人の暗殺事件です。
検察も、全力を尽くすことでしょう」
「そう、ですか……。
分かりました」
うなずき、先導する男に導かれて駐車場までの道のりを歩む。
こうして、警察署での取り調べは終わったのだった。
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