凶弾

 タイゴンが既存の戦人センジンと一線を画しているのは、何といってもその運動性能を置いて他にない。

 四メートルという戦人センジンのサイズは、戦場における踏破性や被弾面積の低減、平時の輸送性などを鑑みれば理にかなったものといえるが、その中にパイロットを詰め込むとなると、やはり、様々な弊害が出てくる。

 特に問題となるのは、コックピットスペースを確保するために胴体が肥大化してしまうことで、そのため、トミーガンを始めとする既存機は、どうしても胴長短足のシルエットとなってしまっていた。


 これでは、人間同様の運動性能など、望むべくもない。

 そもそも、四肢のバランスが異なるのだから、いかに高性能なモーターを関節に使用して誤魔化そうとも、可動域には制約がかかってしまうのだ。


 JSという専属パイロットを用意され、コックピットスペースの小型化へ成功したタイゴンに、そのような問題はない。

 陸上選手を彷彿とさせる機体デザインは、見た印象そのままの俊敏な動作を可能としているのだ。

 ……なのだが。


「ちょっと、ナナ。

 いくらなんでも、はしゃぎ過ぎじゃない?」


 無線を通じ、レコがそうたしなめたのは無理もない。

 廃墟と化した建物の壁へぴたりと張り付き、あるいは、フェンスへそうするように手をついて飛び越え、きびきびと前進していく……。

 タイゴンの運動性能を十全に発揮しているといえば聞こえはいいが、どう見ても無駄な動きが多く、カメラ映りを意識しているのは明らかだった。


「だって、あたしたちJSは戦って、皆を守る姿が最高にかわいくて、カッコイイって分かったんだもーん!

 あーあー、早くレソンの機体が出てこないかなー!」


「監督たちが危ないかもしれないから、わたしは出てこない方がいいかな……」


 張り切った声で答えるナナとは対象的に、控え目な声でララが口を挟む。

 そんな姉妹とのやり取りを経て、レコはわざとらしく溜め息を吐いたのである。


「もう、そんなこと言っていて、本当に敵機と出くわしたらどうするつもり?」


「そしたら、さくっとやっつけて、カメラに勇姿を収めてもらえばいいんだよー。

 救出した時はそれどころじゃなくて、結局、戦ってるところは撮れなかったって監督も言ってたし!」


「そ、その時はわたしもがんばるね!」


 ナナがお気楽な希望を口にし、ララがどこかずれた気合の入れ方をした。

 そんな姉妹の言葉に、レコはますます溜め息を深くする。

 幸いなことに、隠密行動は無事に完了し……。

 三機のタイゴンと撮影スタッフを乗せた軍用トラックは、無事にロベを脱することができたのであった。




--




 ライラ共和国の首都リキウは、別名で『緑の都』とも呼ばれている。

 中央部には宇宙でも有数の植物園が存在する他、市内各所には緑豊かな公園が点在しており、ライラックやサクラの花が咲き乱れる春や、街路樹が紅や黄に染まる秋など、四季折々の景観を楽しませてくれることから付いた名であった。


「うわーっ! すっごい綺麗!」


 その象徴とも呼べる国立中央植物園で、ナナの歓声が響く。

 周囲にはプルメリアやジャスミンなど、南国の花々が咲き乱れており、今が冬であるとは……そして、この街が全宇宙でも注目されている戦争をしている国の首都であるとは、とても思えぬ景色である。


「本当……こんなの、初めて見た」


 遅れて足を踏み入れたララが、うっとりと頬を上気させながら園内の光景に見入った。

 この植物園は全体が巨大なドームとなっており、テラフォーミング技術を流用した園内には、テーマに沿って実に様々な植物が植えられている。

 さながら、母なる地球の縮図と呼ぶべき光景であり、全てを見て回るには、三日かけてもなお足りぬとすら言われていた。


「こういうのを見てると、今が戦時下だってことを忘れてしまうわね」


 軽く黒髪を押さえながら、レコが周囲の花々を見やる。

 今日のJSは三人共が私服姿となっており、こうしていると、ただの観光客にしか見えなかった。


「んふー」


 ハイビスカスの花弁をそっと撫でるレコを見て、ナナが意味ありげな視線を向ける。


「何よ? 変な顔して」


 さすがに、それが気になり、花に向けていた視線が姉妹の方に向けられた。


「べっつにー。

 ただ、レコちゃんがそうしてるのが、ちょっと意外だなーと思って」


「ふふ、そうかも。

 いつものレコちゃんなら、『戦うために生み出された私たちに、花を見る時間なんて必要ないわ』とか、言いそうだもんね」


 ララまでがそう言うと、さすがにレコも憮然ぶぜんとした顔になる。


「別に……私だって、花の綺麗さが分からないわけじゃないわ。

 それに、これだって立派なお仕事みたいだし」


 そう言いながら、レコがちらりと視線を向けた先……。

 そこでは、ハンディカメラを手にしたヴァレン女史が、にこやかな顔をしながらJSたちを見守っていたのである。


「あら、ごめんね!

 気になっちゃったかしら!?」


 ヴァレン女史がそう尋ねると、JSたちは互いの顔を見合わせた。


「気になるというか……」


「周りの視線が……」


「どう考えても悪目立ちしてるわね、私たち……」


 そして、そう言いながら周囲の様子をうかがったのである。

 少女たちがそうしたのも、無理はない。

 周囲には、同じように花々を楽しみに来た客たちが、怪訝けげんな視線を彼女らへ注いでいたのだ。


 今は戦時下であり、さすがに国外からの観光客は見られない。

 しかし、この地に根付き暮らしている人たちにとって、ここは一時ながらも戦中の不安を忘れられる場所であり、なかなかの繁盛を見せていた。


「職業病というか、絵になると思うとついついカメラを回しちゃう癖があるの!

 そもそも、ここでやるなら撮影許可取らなきゃいけないんだけど!」


 そう言いながら、ヴァレン女史がカメラを下ろす。

 すると、こちらへ向けて歩みを進めつつあった警備員が、しばし逡巡しゅんじゅんした末に、きびすを返したのであった。

 どうやら、お目こぼしをしてくれたらしい。


「カメラ、いつも持ち歩いてるんですかー!?」


 俊敏な動作でヴァレン女史に近付いたナナが、下から見上げるようにして彼女のカメラを覗き込む。

 すると、若き天才監督は、慈しむようにしてそのカメラを撫でたのだ。


「そうね!

 このカメラは、いわばあたしの分身だわ!

 学生時代、初めて撮った映画も、全部この子で撮影したんだもの!」


「私たちにとっての、タイゴンみたいなものかな?」


「どうかな?

 もっと思い入れは深いかも。

 与えられた私たちと違って、ヴァレンさんは自分で選んで、買っているわけだし」


 その言葉を聞いたララとレコが、そんな会話を交わす。

 その間にも、ナナは興味津々といった様子で質問を続けていた。


「えー!?

 こんな小さいカメラで、映画が撮影できちゃったんですかー!?」


「何事も、アイデア次第よ!

 そりゃあ、お金があればいい映像も作れるわ!

 けど、どうしたって予算には限度があるもの!

 だから、あたしはあれこれと工夫してそれを抑える!

 例えば、為替レートの有利な国に行って撮影したりね!」


 若き天才監督の言葉は、その実績に見合わぬ世知辛いものであったが……。

 しかし、そのようにして様々な工夫を凝らすからこそ、彼女の映画は人々に称賛され、数々の賞を受賞するに至ったのだと思うことができた。


「その結果、映画の舞台とは全然違う国で撮影してるのに、世間ではリアリティがあるとか言ってもてはやされてるの!

 これって、結構、痛快な話だと思わない?」


「えー、おもしろーい!

 あたし、もっとそういう話聞いてみたいでーす!」


 そのようにして、周囲の客に眉をひそめられながらも、ヴァレン女史とナナが盛り上がっている時……。

 彼女らに、近寄る者の姿があった。


 その人物は、服装といい顔立ちといい、特に目立ったところはなく、ごくごく平凡な共和国市民といった青年である。

 しかし、もし、見るべき者が見たならば、その全身が緊張によって震えていることを察知できただろう。

 そして、その緊張を生み出しているのは、これから行う恐るべき行為に対する本能的な忌避感なのだ。


 ――パアン!


 まるで、爆竹が爆ぜた時のような……。

 どこか間の抜けた、発砲音が響き渡る。


「あ……れ……?」


 そして、それと同時にヴァレン女史の腹からは血が溢れ出し……。


「う……」


 彼女は、その場に倒れたのであった。


「――ヴァレンさん!?」


 目の前にいたナナが、反射的にその体を支える。


「何……?

 撃たれ……?」


 激痛で体を動かすこともままならないのか、なされるがままとなったヴァレン女史がそうつぶやく。

 彼女は、信じられないものを見るような目で己の腹を見ており、何が起こったのか……? 何故、このようなことになっているのかをまったく把握できていないようだった。


「――ヴァレンさん!」


「――監督!」


 やや遅れて、ララとレコも監督の所にやってくる。


「……っ!」


 JSの訓練には、負傷者に対する応急処置も含まれていた。

 その知識に照らし合わせると、おそらく銃弾が体内で留まっているのだろうヴァレン女史が致命傷なのは明らかであったが。


「そこのあなた! 救急車を呼んでください!」


 しばし息を呑んだレコは、すぐさま客の一人へそう呼びかけたのである。

 名指しにすることで、傍観者でいることをやめさせ、確実に通報をさせる……このような状況下では、最適な判断であった。


「……二人とも、ヴァレンさんをお願い」


 一方、ヴァレン女史の体をララに委ねたナナは、ゆっくりとその場で立ち上がる。

 その目は、騒ぎに驚き駆けつける人々の方へ向けられており……。

 その中に紛れながら出口へ向かう青年の姿を、正確に捉えていたのだ。

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