自然体 下

「ナナちゃん、カメラは気にしないで、他の二人みたいに存分にやってくれていいわ!」


 カメラを止めさせたヴァレン女史は、座っていた椅子から立ち上がり、しなしなとくずおれるナナにそう呼びかける。


「屈強な男たちを、あなたたちみたいに可憐な女の子が打ち倒す様は、きっと驚きをもって迎えられる……!

 遠慮なんかしないで、なんなら目とか鼻の一つも奪ってやりなさい!」


 若き女監督の言葉に、立ち上がろうとしていたクリスとデニスの両少尉が、ぎょっとした顔でJSたちの方をみやった。

 それに対し、ララとレコは苦笑しながらぶんぶんと手を振ったのである。


「えー!?

 でもー、それって、あんまりかわいくないんじゃないかなって思いまーす!」


 先ほどまで見せていた、弱った姿はどこへやら……。

 素早く立ち上がったナナが、そう言いながら唇を尖らせた。


「あたし、どうせフィルムに撮られるなら、いっちばーんカワイイところを撮って欲しいかなー」


「大丈夫! そんなことしなくても、ナナちゃんは十分にカワイイから!

 それに、今回の映画は基本的にドキュメンタリーなんだから、あまりカメラを意識せず、自然にしてい欲しいの!」


「自然ですよー。

 あたしは、こうやってカワイイところを皆に見てもらうのが、いつもの姿なんですー」


 女監督とJSがそのように言い合う中、デニス少尉がクリス少尉をみやる。


「この流れだと、自分たちはもう一回、やり合わされるわけですか?」


「それだけじゃない。

 カメラを意識せず、自然に、いつも通り……やられるところを見せなきゃならない」


 クリス少尉が肩をすくめていると、レコがナナたちの会話へと割って入った。


「ナナ、そもそも、撮影以前にこれは訓練なんだから、真面目にやらなきゃ駄目じゃない!

 それに、私たちJSの実力をしっかりアピールしないと、会社の方にも迷惑をかけることになるわ」


「実力を見せる代わりに、カワイイところを見せれば大丈夫じゃないかなー?

 うちの製品はこんなにカワイイんだって、偉い人たちもきっと喜んでくれるよー」


「そんなわけないでしょ!」


 黒髪のロングと金髪のショート……。

 対象的な髪型をした二人の姉妹が、いつも通りに言い合いを始める。

 ヴァレン女史がさすがだったのは、彼女らから見えないようにスタッフへサインを送り、密かにカメラを回させていたことだろう。

 このような、しょうもない言い合いも、彼女にとっては映画の尺を埋めうる重要なファクターなのだ。


「その……二人とも、そのへんにしようよ」


 一方、唯一、そのことに気づいたララは、どうにかして場を収めようとし……。

 取り残される形となった〇八小隊の面々は、どうしたものかと互いの顔を見合わせることとなった。


「ふむ……どうやら、揉めているようだな」


 そのような状況の中……。

 『小学校』の方から遅れてやって来たのは、マスタービーグル社のチーフである。


ワン――」


 ようやく現れた仲裁役の声に、ララは喜びの笑みを浮かべて背後を振り返ったが……。


「……さん?」


 すぐに顔をひきつらせ、そう疑問符で尋ねることになった。

 いや、そうしているのは彼女だけではない。

 ナナも、レコも、〇八小隊の面々や、ヴァレン女史を始めとする撮影スタッフたちも……。

 全員が、呆気に取られた顔で彼に視線を向けていたのである。


 サングラスをかけているのは、いつもと変わらない。

 しかし、首から下はいつもと異なる――いつも以上に派手な出で立ちであった。

 まず、黄金に輝くそのスーツはどうしたことか?

 そんな物を売っている店があるとは思えぬから、何らかの方法でオーダーメイドしたのだと思われる。

 無駄に仕立てがしっかりしていることから、腕利きの職人が技を振るったのは明らかであり……。

 職人の技術を、発注者のセンスが台無しにしていた。

 しかも、襟元には『百』というジャパンの漢字が刺繍されており、何を思ってそんなものを付け加えたのかは知らぬが、悪趣味に悪趣味が合わさって、混沌とした雰囲気をかもし出している。


 もはや――チンドン屋。

 ジャパンにおいて、古くから店の宣伝を請け負ったという芸人のごとき姿をした男が、そこに立っていた。

 ……忘れないように強調しておくが、ここは悪しき帝政国家と自由民主主義国家との戦争における、最前線である。


「ふうん……ここへ来るまでの間に、話は少し聞かせてもらった」


 鼻から抜けたような声でそう言いながら、ワンが謎のポーズを取ってみせた。

 カメラに向けて取られたそれは、本人は格好良いと思っているのかもしれないが、はたから見れば奇妙な冒険にでも繰り出しそうな雰囲気である。


「ナナ、カメラが回っているという状況を意識してしまう、その気持ちは分からないでもない」


 くねりくねりと、連続でカメラにポーズを決めながらワンが続けた。

 何というか、かつてない程に説得力のある言葉である。


「しかし、しかし……だ。

 ヴァレン監督もおっしゃっている通り、これはあくまでドキュメンタリー……。

 そうとなれば、自然に、いつも通りの姿を見せるのが大事だと、そうは考えられないか?」


 ――チラリ。


 ちょっとサングラスをズラし、その下に隠されていた青い瞳を見せつけつつワンがそう告げた。

 この男、自分が正体を隠している人間だという自覚はあるのだろうか?


「心配せずとも、監督が言った通り、ナナはそのままでこそカワイイ……。

 ありのまま、輝いているところを撮ってもらいなさい」


 全身、無駄な輝きに包まれた男が、渾身のポーズを決めながらそう言い放つ。

 言うまでもないが、その視線が向けられているのは、当のナナではなくカメラである。


 ――パチリ。


 ……しかも、なんかウィンクした。


「え……あ……うん……」


 この意味不明な行動に、当人であるナナたちは言葉を失い……。


 ――ざわ。


 ――ざわ、ざわ、ざわ。


 訓練に参加していた兵たちは、互いを見交しながらざわめきを立てる。

 唯一、この場で動けたのは、他でもない……ヴァレン女史であった。

 彼女は、どキヅイ金ピカスーツに身を包んだアホの前に立つと、にっこり笑ってこう言ったのだ。


「悪目立ちするんで、お引き取りください」


 それは、この場に集った者の総意であった。

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