自然体 上

 地下へのインフラ埋設は、ライラ共和国が得意とする技術であり、特に、ロベの地下に存在する各地下壕からは、地中深くに通信用のケーブルが張り巡らされている。

 それによって、各地下壕は地中へ孤立した状態でありながら、首都リキウと密な連絡を取り合うことができているのだ。


 そして、リキウからは当然ながら、宇宙中に広がる通信ネットワークへの接続が可能であり……。

 『小学校』内に存在する通信室へ入ったワンは、それを利用してマスタービーグル本社と連絡を取っているところであった。


『ヴァレン・ヴァシャノ。

 出身は地球のイタリア。

 幼き頃より映画監督の道を志し、十六歳の時にクラウドファンディングにより資金を集め、ついに初の映画製作に着手。

 完成した作品は、低予算ながらも大いに観客の心を掴み、インディーズとしては異例のヒット。

 以来、映画界のトップランナーとしてその名を知られるようになり、続けて送り出した二作の映画は両方ともが大ヒット。

 現在では、不動の地位を築くに至った、と。

 いやはや、あらためて経歴を見たが、天才というのは、いるところにはいるものだな。

 なあ、そう思わんかな? ワン君』


 マスタービーグル社のCEO、ラルク・オーエンスは、少しばかり脂肪の目立つ顔立ちに、意味深な笑みを浮かべながら画面の中でそう言い放つ。


「いやはや、あらためて経歴を見せられると、圧巻ですな。

 本来、彼女の年齢ならば、大学に通っていたとしてもおかしくはないというのに……」


 一方のワンといえば、言外に込められた意味を察しながらも、あえてそれには触れずそう答える。


『はっはっは、私が言いたいのは、君も含めての話なんだがね。

 大学に通っていてもおかしくない年齢と言ったが、君とて、その時分には大暴れしていたではないか?』


「捨て去った昔の話です。

 今の僕は、あくまでもマスタービーグル社の一社員に過ぎませんから」


『ふむ……。

 まあ、今のところはそれでいいだろう。

 だが、いざ、君が立つと決心したのならば、我が社は助力を惜しまないということを忘れないでくれたまえ』


「その時には、力をお借りすることになるかと……」


 画面とサングラスを隔てた男たちの視線が、わずかに交差した。

 しかし、それはあくまでも今後起こりうる未来の話であり……。

 野心と復讐心を抱えた男たちは、すぐさま喫緊きっきんの話題へと切り替える。


『それで、どうだね?

 その、天才監督は?』


「弊社の製品をいたく気に入ってくれたようで、それを主役とした映画にすると張り切ってくれていますよ」


『製品というのは、どちらかな?

 タイゴンか、あるいはJSたちか……』


「両方です」


『それは素晴らしい』


 ワンの言葉に、巨大企業を束ねるトップは両の手を打ち鳴らす。


『今後、JSを主力商品とするにあたっては、うるさ型の人道主義者などがどうしても邪魔になってくるからな。

 現実を見ず、理想だけを追求する人間を黙らせるには、プロパガンダというものが重要だ』


「国際的にも、大いに注目されている今回の戦争……。

 自由民主主義陣営を守った立役者がJSとあっては、理想主義者も口をつぐまざるを得ませんからね。

 そういう意味で、彼女が弊社製品に目をつけてくれたのは僥倖ぎょうこうでした。

 正直な話、いかにして作品内へ盛り込んでもらうか、色々と切り口を考えていましたから」


『そもそも、今回の企画は、最前線であるロベ地下壕を取材してのドキュメンタリー映画だからな。

 最悪の場合、スポンサーとしての強権を使うことも考えられたが、自主的にやる気を出してくれたなら大いに結構』


 そこまで言うと、ラルクはあごをさすりながらこう尋ねたのである。


『それで、撮影はどのような調子だね?』


 それを受けて、ワンは少し考え込んだ後、肩をすくめてみせたのであった。


「盛り上がっていますよ。

 色々と、ね……」




--




 軍隊における格闘訓練の重要性は語るまでもなく、その場においては、常に緊張感が漂うものである。

 しかし、第二〇三地下壕内の整備ドックを借りて催されているそれが、常以上の緊張に包まれているのは、やはり、ヴァレン女史が連れ込んだスタッフの手によって、カメラを回されているからだろう。


 ――ともすれば、この映像を宇宙中の人々が見ることになる。


 それを思えば、兵たちが気合を入れるのは当然のことであった。

 しかも、一対一の対決を同時に三箇所で行う今回のこれは、相手が年端もいかぬ少女――JSたちなのである。

 すでに、彼女たちの戦闘力が、搭乗する戦人センジンによるものでないことは、地下壕内の兵士にとって周知の事実だ。

 だからといって、無様な負け方をするわけにはいかない。

 引き立て役で終わるにせよ、相応の負け方というものがあるのである。


「お嬢ちゃんたちには、何度も命を救われた仲だが、今日は簡単にはやられないぜ」


 ゆえに、第〇八戦人センジン小隊隊長ベン・カウダー中尉は、自身の対戦相手であるナナに、不敵な笑みを浮かべながらそう宣言したのであった。


「おいおい、そんな口叩いて、瞬殺されたって知らねえぞ?」


 隣でララと相対しているクリス少尉が、親友に対してそう笑いかける。


「ですが、せめて一矢は報いたいですね」


 こちらはレコと対戦するデニス少尉が、そう言いながら袖をまくった。

 そんな三人に対し、JSたちは無言で構える。

 軍隊の格闘訓練に、開始の合図というものはない。

 ただ、お互いの準備が完了したとなれば、その瞬間からすでに戦闘は開始されており……。

 〇八小隊の面々は、同時多発的にJSたちへと突進を仕掛けた。

 それぞれ、遠慮なく拳を握り込んでいるのも、軍隊格闘ならではだ。

 これは、生死をかけた戦場を想定しての訓練であり……。

 度を超えれば話は別であるが、多少の怪我くらいは不問とされるのである。


 遠慮会釈なく襲いかかる、〇八小隊のパイロットたち……。

 しかし、彼らの気合もむなしく、クリスとデニスの両少尉はたやすく制圧されることとなった。

 クリス少尉は、突き出した拳をあっさりと取られ、ばかりかその勢いを利用して転がされた挙げ句、関節を極められてしまい……。

 デニス少尉は、体格差を利用して素早く後ろへ回り込んだレコの足払いを受け、倒れ伏す。

 そして、彼が立ち上がろうとした時、顔面すれすれのところで、レコの拳が寸止めされていたのである。

 共に、勝負ありだ。


 気持ちがあれば、くつがえるというものではない。

 製造過程で極限まで強化されたJSの肉体は、それそのものが兵器としての要項を満たしうるものであり、尋常な人間では簡単に埋められない差が存在するのだ。

 よって、三組の対戦は共に瞬時の決着をみた。

 ただし、ナナとベン中尉の対決に関しては、まったく予想外の結末となったのである。

 何故ならば……。


「いやーん!

 ナナ、こわーい!」


 振り抜かれた中尉の拳も、追撃として放たれた蹴りも、あっさりと回避しつつ……。

 これぞ棒読みという口調でそう言ったナナは、その場でしなしなとへたり込んでみせたのだ。


「え? え?」


 対戦相手にそのような反応をされては、どうしていいものか分からない。

 ベン中尉は更なる追撃を行うわけにもいかず、さりとて、勝負がついたとも言い難い状況へ混乱し、中途半端な姿勢で構えたまま、周囲をうかがうことになってしまったのである。


「カーット!」


 ヴァレン女史の声が、整備ドック中に響き渡った。

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