新型機

 古今東西、軍隊というものは、士官・下士官・兵卒によって、食事内容と食事場所を分けることが多い。

 これは、軍隊というものが徹底した階級社会であるからであり、各役職におけるけじめと、馴れ合いを避けるための措置なのである。


 事に、帝政レソンにおけるそれは顕著だ。

 それは、レソンが貴族制の国家だからであり、同国において、士官とはすなわち貴族を意味するのである。

 例外的に、パイロットは平民出身であっても尉官の地位を与えられるが、それは、この兵種が戦場において極めて重要な役割を果たすからであり、いわば、騎士へと取り立てられているに等しいのだ。


 とはいえ、同じ階級であっても平民出身者と生粋の貴族とでは、やはり待遇が異なるものであり……。

 特務小隊隊長であるカルナ・ルーベンス中尉が食事を許されるのは、平民出身者用の士官食堂であった。

 とはいえ、そのことに対する不満はない。


 ――まあ、お貴族様たちは、食事も自腹だしな。


 そもそも、カルナが軍人を志したのは貧しさから脱却するためであり、三食問題なく食べられるのであれば、文句など付けようとは思えなかった。

 しかも、話に聞いたところでは、貴族出身者へ供される食事というのは、一皿一皿が小ぢんまりとしたコース料理だそうであり、何よりもまずはカロリーを重視したい身としては、特にうらやましくも思えないのである。


 そのようなわけで、今日も食堂として使われているテントへ訪れたカルナであったが、一歩、足を踏み入れるなり、憩いの場であるそこが、普段とは違う空気へ包まれていることに気づいた。

 誰もが、緊迫した空気に包まれながら食事をしており……。

 普段なら付き物の雑談なども、一切聞こえてこないのだ。


 テント内を見回して、すぐにその原因へ気づく。

 最奥に存在する、テーブル……。

 そこに着いていたのは、他でもない――マルティン・オークロク中将だったのである。

 師団長自らがこんな場所で食事をするなど、前代未聞であり、これでは、他の士官たちが緊張しているのも当然であった。


 どうやら、本日のメニューはミートボール入のパスタと野菜スープであったようで、中将はこれを、実に優雅な所作で食している。

 しかし、その視線はテーブルの隅へ釘付けとなっていた。

 そこには、携帯端末がスタンドで設置されており、どうやら中将は、それで何かの動画を見ているようである。


 ふと、中将の視線が端末からこちらへと向けられた。

 それと同時に、カルナを招くように手が振られたので、どうやら、自分に対して用があったため、直々にここを訪れたらしい。


 ――迷惑な。


 周囲から、そのような思惟が込められた視線を向けられる。

 カルナとしては、自分が呼んだわけでもないので、とんだとばっちりであった。

 とはいえ、軍隊というのが厳格な階級社会であることは、先に述べた通りである。

 まして、中将と中尉とでは文字通り天と地ほども地位の差があるのだから、カルナは早足でそのテーブルに向かわざるを得なかった。


「お呼びでしょうか?」


 正面から、気をつけの姿勢を取ってそう尋ねる。


「ああ、まずは自分の食事を取ってきたまえ」


 すると、そう言われたので、素早く回れ右をし、他の士官たちに混ざって食事を受け取って来ることになった。

 何かのコメディに出演しているような気分になるが、致し方ない。

 上官の言葉は、絶対なのだから。


「お待たせいたしました」


「まあ、そこに着いて食べていたまえ。

 もうすぐ、見終わる」


 すると、向かい合わせで食事することを強要される。

 命令された以上、逆らうことはできず……。


「失礼します」


 カルナは、師団長の正面という極限の緊張を強いられる席に着席し、味の分からぬ食事を取ることとなったのであった。

 士官教育の過程で学んだテーブルマナーを思い出しつつ、パスタとスープへ挑んでいると、どうしても、中将が目にしている端末の映像が目に入る。


 どうやら、それは何かの映画のようだった。

 無音のそれは、字幕が表示されており、倍速で映像が流れている。

 それでは、映画を見る感動など到底味わえそうにないが、どうやら、中将は鑑賞目的でこれを目にしているわけではないらしく、眉一つ動かさないまま画面を注視していた。


 映画の内容は、おそらく――ゾンビ物だ。

 どうやら終盤に差しかかっているらしく、途中の内容を知らぬ身では推測するしかないが、どこぞの宇宙港へ立てこもった主人公たちが、壊れていたシャトルの修復に成功し、無事にバイオハザードの起きた惑星を脱したようである。

 最後の最後……シャトルの格納庫へ、密かに乗り込んでいたらしいゾンビのアップで映画が終わったのは、外せない様式美を感じさせた。


「ふむ……なかなか悪くない。

 この映画も、そしてこの食堂の料理もな」


 映画が終わった端末を懐にしまいながら、中将がそう告げる。


「当時、この監督は学生だったそうで、資金の調達には随分と苦労したそうだが……。

 何事も、工夫次第ということだな。

 安っぽさを感じさせず、それでいて、内包するテーマをきちんと訴えることに成功している。

 それでいて、エンターテインメントとしての面白さも両立しているのだから、実に大したものだ」


 そこまで言うと、マルティン中将はこちらに向き直った。


「まあ、映画の話などはどうでもいいのだ。

 実は、貴官に話があってな。

 勝手ながら、こうして待たせてもらった」


「話……で、ありますか?」


 そう言われて、フォークを置き身構える。

 マルティン中将直々による、特務小隊隊長への話……。

 それはすなわち、あの新型機――タイゴン打倒に関する話と見て、およそ間違いはなかった。


「そう、身構えぬことだ。

 パイロットにとっては、なかなか喜ばしい話だと思うぞ」


 そう言いながら、中将は特徴的なアイスブルーの瞳をこちらに向けてくる。

 喜ばしい話と前置きされても、この目で見られると、どうにも萎縮せざるを得ない。

 まして、自分は失敗に次ぐ失敗をし、先の戦闘では、レソンの山猫という国民的英雄を失ってさえいるのだ。

 正直な話をすれば、左遷されていないのが不思議なくらいなのである。


「中尉は、太陽鋼社を知っているかな?」


「もちろんです」


 中将の言葉へ、間髪入れずに答えた。


 ――太陽鋼社。


 それは、この宇宙で知らぬ者がいない大企業の名前である。

 文字通り、ゆりかごから墓場までの手広い商売が特徴的で、特に戦人センジン市場においては、マスタービーグル社とほぼ市場を二分するに至っていた。

 二分といっても、向こうが七割から八割ほどを占めるのに対し、太陽鋼社側は残りのシェアを囲い込んでいるというのが実態であるが……。

 実際、この惑星タラントにおいても、敵味方問わず運用しているのは、マスタービーグル社の製品であるトミーガンだった。


戦人センジン分野において、マスタービーグル社と市場を二分する巨大企業です。

 経済には疎いですが、名前くらいは存じ上げています」


 ともかく、カルナは己の知識から同社に対する情報を引き出し、そう答えたのである。


「結構。

 ならば、話は早い。

 実は、かの企業から我が軍に打診があってな」


「打診、でありますか?」


「単刀直入に述べると、向こうが開発した新機体を、このロベ攻略戦に投入しないかという打診だよ」


 ――新機体!


 その言葉に胸が高鳴ったのは、パイロットたる者の本能であった。

 何しろ、この流れでそのような話をされたということは、話に出てきた新型機を自分が受領できるということに他ならないのだ。


 そもそも、JSたちにこれまでしてやられてきたのは、タイゴンとトミーガンの間に存在する埋めがたき性能差によるところが大きい。

 果たして、太陽鋼社の新型とやらが、どれほどの性能を持っているかは知らないが……。

 少しでもタイゴンの性能へ追いつけるならば、願ってもいない話である。


「どうかな……?

 私はその新型を、貴官に委ねようかと考えているのだが」


「やります」


 返事は、間髪を入れないものとなった。

 そして、機械のように無表情な中将は、その言葉を受けて大きくうなずいたのである。


「大変、結構。

 中尉ならば、そう言ってくれると思っていた。

 問題は、受領する新型の性能であるが……」


 すでに、太陽鋼社が開発したという新型機について、ある程度のデータは得ているのだろう。

 マルティン中将は、珍しく少し考え込むと、その性能についてこう評した。


「少なくとも、私はあのタイゴンに匹敵しうる性能であると考えている。

 特徴的なのは、そのインターフェースだな」


「インターフェースですか……」


 その言葉で思い起こされるのは、山猫やキリー少尉と交わしたあの会話だ。

 そういえば、山猫が撃墜されたあの現場には、タイゴンのものと思わしきコックピットハッチの破片が転がっていたが……。

 果たして、山猫は最期の瞬間、その答えを目にすることができたのだろうか。


「まあ、まずは実際に触れてみることだ」


 カルナが、あの時に見た光景を思い出していると、中将はそう言って話を打ち切ったのであった。

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