ヴァレン・ヴァシャノ

 戦場の主役である戦人センジンが収められた整備ドックは、ここ第二〇三地下壕において最多の人員が稼働する中枢部と呼ぶべき施設であり、それに見合った広大さを誇っている。

 しかし、事務方を始めとする普段は縁のない人員までもがこぞって押し寄せると、さすがに、いささかの窮屈さを感じざるを得なかった。


「やれやれ、皆、好きなものだな……」


 そんな集団の先頭……。

 この地下壕における最高責任者であるボリン中将が、やや呆れた顔をしながら背後の兵たちを見回すと、隣に立ったワンが微笑を浮かべながらうなずく。


「映画というものが誕生した十九世紀以来、かの娯楽は常にエンターテイメントの最前線であり続けていますからね。

 自分たちがその題材に選ばれたとあっては、興味を抱かぬ方が難しいでしょう」


「それにしても、これは、非番の者が全員押し寄せているのではないか?

 まったく……困ったものだ」


 肩をすくめながらも解散の宣言をしないのは、これが、兵たちの士気を高めるのに役立つと認識しているからである。

 この地下壕には、十分な物資が備蓄されているものの、長期間に渡る地下暮らしがもたらす精神的疲労は無視できぬところがあり、それを払拭する機会を逃す司令官ではなかった。


「さあ、お出ましですよ」


 傍らのワンがそう告げると同時、秘密通路に続くハッチが重々しい音を立てる。

 地下へ無数に伸びた秘密通路の基幹となるそれは、いってしまえばこの地下壕を守る最後の盾であり、対戦人センジン用兵器でも容易には破壊できぬ分厚さであった。

 それが、ゆっくり……ゆっくり開くと共に姿を表したのは、数台の軍用トラックである。


「総員、敬礼!」


 ボリンが高らかな声を響かせながら、自らもまた、地位にふさわしい見事なそれを決めた。

 すると、命じられて集まったわけでもない兵士たちは、瞬時に敬礼を取り……。

 軍用トラックたちは、無数の敬礼に迎えられながら、地下壕入りを果たしたのである。


 軍用トラックに遅れて内部へ入ってきたのは、三機のトミーガンと同数のタイゴンであり、こちらは、今回の客人を無事迎えた功労者たちであった。

 普段は様々な機械や人員が動き、騒音に包まれている整備ドックであるが、今ばかりはしん……とした静寂に包まれている。

 いつも通り作業に従事している者たちも、思わず手を止め、客人たちの様子をうかがっているのだ。

 そのためだろう。


 ――バタン。


 ……という、ドアの開く音が、やけに大きく響き渡った。

 しかし、それ以上に響いたのは、中から飛び出してきた女性の発する奇声だったのである。


「あの機体……素晴らしいわ!」


 そう言いながら、タイゴンをびしりと指差した女性は――若い。

 年の頃は、まだ二十を超えたかどうかという頃合いであり、このような場所よりも、キャンパスの方がよほど似合いそうだ。

 ブロンドの髪は後ろで一括りにされており、動きやすさを重視したのだろうパンツルックと相まって、活動的な印象を与える。

 分厚い眼鏡が野暮ったさを感じさせないのは、その奥に隠れる瞳が、何か異常な熱を帯びて輝いているからだった。

 全体的に、ひどくエネルギッシュで、内から溢れ出る力を持て余しているように感じられる人物なのである。


「この、完璧なプロポーション!

 機能的な意味があるのかは分からないけど、ともかく、格好良さがある顔の造形!

 四つ目なのもいいわね! あくまで、機械であり、兵器であるというのが一目で観客に伝わるわ!

 その上、あたしの前で、見事にレソン機を駆逐したあの性能……!

 どんな構成にするかは出たとこ勝負だったけど、あんなものを見せられた以上、他は考えられない!

 映画の主役は、この機体でいくわ!」


 物言わぬ鋼鉄の巨人に向け、そこまでまくし立てると、女性は俊敏な動作でボリン中将の方を向く。

 軍の階級に関して、彼女がどこまで知識を持っているかは定かでないが、軍隊における制服の常として、共和国将校のそれは派手で威厳が感じられるデザインをしている。

 そのため、彼女が一見してボリンを最高責任者と見抜いたのは、何も不思議なことではなかった。


「ヴァレン・ヴァシャノ監督ですな?

 危険な中のご足労、当地下壕を代表して歓迎いたします」


 そんな彼女――ヴァレンに対し、ボリンがあらかじめ胸中で温めておいた言葉を告げる。

 すると、彼女はまっすぐに――ワンの元へと歩み寄り、その手を力強く握りしめたのであった。


「サングラスでは隠しきれない、その端正な顔立ち……!

 軍人さんたちの中にあって、一際目を引く真紅のスーツ……!

 額の傷が感じさせる、ミステリアスさ……!

 佇まいから感じられる、高貴さ……!

 あたしの目を誤魔化すことはできないわ!

 あなたが、ここの最高権力者ね!?」


 完全に無視される形となったボリンの表情が、にこやかな笑みを浮かべたまま固まる。

 誰かが、くすりと笑ったのが聞こえたが、それを責める気にはなれない。

 もし、立場が逆だったら……普段は偉そうにしている師団長が、客人に目もくれられなかったなら、やはり、自分も笑ってしまうだろう。


 一方、いきなり近付かれ、手まで握られたマスタービーグル社チーフの方は、しばらく呆気あっけに取られたような表情を浮かべていたが……。

 すぐに、薄い笑みを浮かべ訂正にかかった。


「あなたほどの才女に、そうと見込んで頂けるのは光栄の極みですが、基地司令を務めておられるのは、こちらの第七師団師団長ボリン中将閣下です」


「あら、そうなの?」


 そう言われて、ようやくヴァレン女史の視線がこちらを向く。


「ボリンです。

 この地下壕を代表し、あなた方を歓迎いたします」


 それで、ようやくボリンは自己紹介を終えることができたのである。

 少々、憮然とした表情になってしまったのは、致し方がないだろう。

 それに、この若き映画監督は、そのようなことを気にする人物ではないようだ。


「ですが、弊社の新機体をお褒め頂いたことにはお礼を述べます。

 僕は、あの機体を実戦テストするために派遣されてきたチームの、リーダーですから」


「あら、それなら、あたしの目もまんざら外れじゃないわね!

 今回の映画、ぜひ、あの機体を主役にさせて欲しいわ!」


 その証拠に、ワンの言葉を受けた彼女は、再びボリンから目線を外すと、握ったままの手をぶんぶんと振ってみせたのである。

 完全に、自分の興味があることしか眼中に入らぬ人種であるにちがいない。


 遅れて軍用トラックから降りてきたスタッフの一人が、苦笑いを浮かべながらボリンに会釈する。

 身内である彼らにとって、彼女のこういった行動は慣れっ子のようだった。


 かように、客人が騒がしくしていた時のことである。


「あー!

 もう! ワンさんに対して馴れ馴れしすぎです!」


 また、別のやかましい声が整備ドックに響き渡った。

 声の主がいるのは、開かれたタイゴンのコックピット内であり……。

 彼女は、樹上生活する肉食獣がごとき華麗な動きで、そこから飛び降りたのである。

 着地の衝撃も感じさせず、手を繋いだままでいる二人の元へ駆け寄ってきたのは、JSの一人――ナナであった。


ワンさんもワンさんで、デレデレしないでください!」


 まるで、ゴールテープを切るランナーのように……。

 半ば体当たりじみた動きで繋がれた手を断ち切ると、彼女はそうワンに抗議する。


「別に、デレデレとしていたつもりはないのだがな……」


 ワンはといえば、苦笑しながら、ようやく自由になった手で後頭部をかくのであった。

 ヴァレン女史は、そんな乱入者を、しばし、まじまじと見つめていたが……。


「か……」


 次の瞬間、その目がくわと見開かれた。


「カワイイーーーーーッ!」


 そして、そう叫ぶとナナに抱きついたのである。

 対人格闘訓練は入念に積んでいるJSであるが、このような事態は想定の範囲外であり……。

 意表を突かれたナナは、テディベアのように抱きすくめられることとなった。


「えっ? えっ?」


「カワイイ! カワイイ! カワイイ!

 え!? もう信じられない!

 あんないかつい機体を、こんなカワイイ子が動かしてたってこと!?」


 いやはや、その愛撫のなんと激しいことか。

 頬を擦り付けるだけでは飽き足らず、自身と同じ色をしたナナの髪を撫で、果てはその匂いまで嗅ぎだしたのである。

 同性でなければ、いや、同性であっても、犯罪的な光景であった。


「え?

 そんなにカワイイですか?

 えへへ……」


 救いがあるとすれば、当のナナが満更でもなさそうなことだろう。


「ちょっと、ナナ!

 お客さんにいきなりつっかかるなんて、何を考えてるの!?」


「駄目だよ、ナナ。

 この人とワンさんは、お仕事でお話してるんだから……」


 遅れて――こちらは普通に降りてきたレコとララを見て、ナナを蹂躙するヴァレン女史の動きが止まる。


「こっちもカワイイーーーーーッ!」


 そして、激しいスキンシップの対象は、彼女らにも及んだのであった。


「最初の子とは、またちがった特徴で二人とも……じゃなかった。

 三人とも、最高にカワイイわ!

 あー! もう、最っ高!

 これは、いい仕事ができそうね!」


「あ、あの……ほどほどにして頂けると」


「く、くすぐったいですー」


 その様子を見て、ボリンは肩をすくめながら隣のワンを見た。


「どうかね、君?

 あのような女性の相手は、得意分野かな?」


「まさか。

 そんなわけ、ないでしょう?」


 マスタービーグル社のチーフは、やはり肩をすくめながらそう答えたのである。

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