第四話 ひまわりのように

客人

「クリス! こちらを援護してくれ!」


 いまだ夜の帳が下りきらぬ、ロベの市街……。

 開戦時、帝政レソンが行った大規模砲撃により廃墟と化した故郷の街で、乗機に機兵用三八式突撃銃を打ち鳴らさせながら、第〇八戦人小隊隊長――ベン・カウダー中尉は、無線機に向けそう叫んだ。


「ここは俺が抑える!

 デニス! お前が行け!」


「了解です!」


 先任であるクリスの言葉を受け、亡きアランに代わって配属されたデニス少尉の乗るトミーガンが、救援に駆けつける。

 彼と共に弾幕を形成することで、どうにか、こちらへ接近せしめんとする敵機の足を止めることに成功した。


「こちらが三機なのに対して、敵の数は六機!

 普段なら、俺たちだけで撤退しちまうんだけどな!」


 牽制というよりは、もはや威嚇に近い連続射撃を加えながら、ベン中尉が叫ぶ。


「仕方がないさ!

 今回の任務は、『お客さん』のエスコートなんだからな!」


 幼馴染みであるクリス少尉が、無線越しにそう答える。


「まったく、昔ならいざ知らず、今のロベは観光地でもなんでもないってのに!」


 デニス少尉が、自機にリロードをさせながらそう愚痴た。


「仕方がないだろう。

 これも、レソンに対する国際的な圧力を高めるためなんだからな!」


 ベン中尉は、そう言いながら自機のバックカメラが映す映像にちらりと目を向ける。

 そこに、映されていたもの……。

 それは、数台の軍用トラックであった。

 今回、〇八小隊に課せられた任務は彼ら『お客さん』を無事に迎え入れるというものであったが、いざ、合流予定地点へ向かった際、二個もの敵戦人センジン小隊にトラックを補足されていたのが不味かった。


 見たところ、トラックたちはいくらか足回りを強化されているようであったが……。

 平地ならばいざ知らず、ここは瓦礫がれきが散乱する廃都市である。

 必然、通れるルートは制限されるし、出せる速度にも限界が生じてしまう。

 この状況下では、人型由来の高い踏破性を誇る戦人センジンにとって、通常車両などいいカモなのであった。


 それでも、ここまでトラックたちを守れてきたのは、〇八小隊の技量が成せる業であろう。

 ただし、その代償として、敵機を抑えるために、通常の戦闘よりも多くの弾薬を消費してしまっており……。


「まずいぞ!

 こっちは、この弾倉で看板だ!」


 ただ一機で左翼方面を食い止めていたクリス機が、真っ先に弾切れの事態へと直面していた。


「ベン! デニス!

 そっちはどうだ!?」


「こっちも、今取り替えたのが最後の弾倉だ。

 デニスはどうだ?」


「自分も同じです!」


 お互い、トミーガンの狭苦しいコックピット内であり、互いの顔色などうかがう術はないが……。

 しかし、全員に緊張が走ったのを感じる。


 遮蔽から時折、砲撃を加えてくる敵の二個小隊は、いまだ全機が健在であり……。

 しかも、数的優位に立っていることから、弾薬もまだまだ温存していることが予想できた。

 対して、こちらは数で不利なことに加え、頼みの綱である弾薬も尽きようとしているのだ。

 死を予感したのは、当然のことであるといえよう。


 しかも、軍用トラックに乗っているといっても、『お客さん』たちは民間人であり、これを見捨てることなどがかなわないのだ。


「最悪、機体もトラックも捨てて、生身で隠れ潜みながら地下壕を目指すか……?」


「敵さんが、それを見逃すほどの間抜けか、あるいは、即座に追撃を打ち切る面倒臭がりならいいがな」


「望みは薄そうですね」


 遮蔽に身を隠して敵の反撃をやり過ごしつつ、デニス少尉が古参二人の会話に加わった。


「かといって、降伏するわけにもいかん。

 帝政レソンの軍人が、『お客さん』たちを民間人として扱ってくれるとは限らんからな」


「そんな良識のある連中なら、この街をこうも無惨な姿に変えたりはしねえさ」


 クリス少尉の言葉に込められているのは、確かな怒りだ。

 それを胸に秘めているのは、ベン中尉とて同じ……。

 街の外へ避難できた人間もいる。

 第二〇三地下壕を始めとする頑強な避難所へ、逃げ込めた人間もいる。

 しかし、鉄の雨がごときあの砲撃で犠牲になった人間の数は、両の手で数え切れないのだ。


「結局、戦い抜いて、その上で勝つしかないわけですか。

 何か、いいアイデアがある人います?」


 軽口のように尋ねるデニス少尉の言葉に、苦笑いを浮かべた。


「あったら、とっくに言ってるに決まってるだろう?」


「結局、幸運を祈るしかないってことかあ」


「幸運の女神様、俺らにほほ笑んでいてくれればいいんですけどね」


 〇八小隊の三名がそのような会話を交わし、いよいよ覚悟を――救助対象を守り抜き、同時に自分たちも生き残るというそれを決めた時だ。


 ――ズオッ!


 恐るべき光の奔流が、どこからか放たれた。

 そして、それは遮蔽に隠れていた敵トミーガンの二機を、まとめて横合いから貫通したのである。


 光の正体は、灼熱の重金属粒子であり……。

 ベン中尉は……そして、クリス少尉も、その光には見覚えがあった。

 そして、それは絶望的なこの状況に、光明が差したことを意味するのだ。


「ベン!」


「ああ……。

 幸運の女神というには、ちとちびっこいが……。

 ともかく、助けが来てくれたようだぜ」


「じゃあ、今のが噂の……」


 先任二人の会話に、デニス少尉が息を呑む。

 彼とて、彼女らの顔を知らぬわけではない。

 また、彼女らが駆る機体に関しても、見たことがないわけではない。

 しかし、実際の戦場で戦う姿を見るのは、これが初めての機会であった。

 そんな彼にとって、実際にその目で見たビーム兵器の威力は、鮮烈なものであったにちがいない。


 ――ズオッ!


 ――ズオッ!


 一度に二機もの僚機を撃破され、慌てふためくレソン機らの付近を、荷電粒子の帯が舐める。

 おそらく、射角の関係で、遮蔽に潜む敵機を狙い撃てないのだろう。

 それらは、めくら撃ちであり、敵機の撃墜には至らなかった。

 しかし、その射撃が、敵方に与えた心理的圧力は絶大だ。

 何しろ、自分たちが盾としている建築物の残骸などが、根こそぎ貫通され、無惨な砲撃痕のみを残しているのである。


 ――もし、これが自分の機体に直撃したら。


 いかに、当てずっぽうの射撃といえど、その可能性を考えれば平静ではいられない。

 レソンのトミーガンたちは、もはや、こちらに攻撃するどころか、いかにして安全に撤退するかで手一杯のようだった。

 それを見逃す、JSではない。


「それじゃー、いっくよー!」


 右翼方面の敵機には、二刀流のカタナを携えたタイゴンが……。


「……殲滅します」


 左翼方面の敵機には、銃剣装着済みの三八式突撃銃を構えたタイゴンが、それぞれ突貫していく。

 ナナとララが駆るタイゴンである。

 レコ機のビーム兵器が敵を抑えている内に、彼女らは遮蔽から遮蔽へ素早く移動し、敵への接近を果たしていたのだ。


 刀剣を用いた白兵戦こそ、タイゴンという機体の真骨頂である。

 投入された数々の新技術に加え、本来必要とされるコックピットスペースを極限まで抑えることによって実現した運動性能は、トミーガンが及ぶところではない。

 レソンの機体は、たちまちの内に切り刻まれるか、あるいは、突き立てられた銃剣によって串刺しとなり……。

 この遭遇戦は、ライラ共和国側の勝利で幕を下ろしたのであった。


「やれやれ、『お客さん』に、どうにか危機は乗り切ったと伝えてやらなくちゃな」


 ベン中尉は、そう言いながら、護衛対象である軍用トラックに自機のカメラを向けたが……。


「おいおい、マジか」


 すぐに、目を見開くこととなった。

 ここが、対戦人センジン用の砲弾が擦過する戦場であることが、分からないわけでもあるまいに……。

 護衛対象である民間人の内、最重要人物がトラックを降り、手にしたカメラを回していたのである。


「根性があるというか、なんというか……」


 あまりのことに、肩をすくめることしかできないのであった。

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