パンケーキ

 第二〇三地下壕の整備ドック内にあって、『小学校』の愛称で呼ばれている一角には、戦乱を予期したマスタービーグル社によって最新鋭の設備が運び込まれており、そこへ派遣されたメカニックマンたちもまた、選び抜かれた精鋭たちである。


 しかも、ただ機械いじりが得意なだけの者たちではなく、実際に戦争を経験している者が選抜されていた。

 これは、当然の人選である。

 長期化が予想される地下壕内での生活に耐える精神力や、テスト中の新型機ゆえに発生するだろう様々な不具合に加え、最前線ゆえ、最悪の場合は戦闘に巻き込まれるだろうことを考慮すると、そのような人材が必要とされるのだ。


 マスタービーグル社は、そういった人材を揃えるべく各国の軍へ強力に働きかけ、破格の報酬を提示し引き抜いてきたのだから、今回の実戦テストにかける意気込みが感じられる。

 そのようにして集められた、ライトスタッフという言葉がふさわしい者たち……。

 男としても、整備士としても、脂の乗った年齢にある者たちが、腕組みしながら帰還したタイゴンを見上げていた。


 三機のタイゴンは、整備用のハンガーで直立した状態で保持されており……。

 レコ機のみは無傷なものの、ララ機とナナ機が負った損傷はなかなかのものである。

 特に、ナナ機の受けたダメージは深刻で、機兵用九七式狙撃銃が銅をかすめ、コックピットハッチが弾き飛ばされた結果、中身で操縦する少女が剥き出しとなった状態で帰還したものだ。


「まさかな……。

 こいつらが、ここまでの手傷を負って帰ってくるとは……」


 整備士の一人がそうつぶやくと、別の一人がうなずき、同意を示す。


「ララ機は左腕を取り替えてやればいいが、ナナ機はきついな。

 歩行中の姿を見た感じじゃ、少なくともバランサーはイッちまってる」


「直撃じゃなかったとはいえ、九七式狙撃銃の大口径弾を喰らったんだ。タダじゃ済まないだろうさ。

 一度、内部機構を総点検しなきゃならんだろうな」


「そうなると、感心するのはナナお嬢の耐久力だな」


 整備士の一人がそう言いながら、肩をすくめてみせる。


「内部機構にダメージがいくほどの衝撃を受けて、それでも気絶しなかったばかりか、戦闘継続してあの山猫を仕留めたんだろう?

 高性能のパイロットスーツを着ているとはいえ、半端じゃないぜ」


「ああ、普段はちんまいお嬢ちゃんたちだが……。

 あらためて、普通の人間じゃないっていうのを実感するな」


「それで、そのスペシャルなお嬢ちゃんたちはどうしてるんだ?」


 整備士の一人がそう尋ねると、行方を知る者は苦笑いを浮かべた。


「『ワンさんに、ご褒美のスイーツもらってきまーす!』だってさ」


 それを聞いて、整備士たちに少しばかり弛緩した空気が流れる。


「そういうところは、普通の子供だ」


「ああ」


「違いない」


 そして、ある者は腕をまくり上げ、またある者は、愛用の工具をそっと撫でたのだ。


「そんなお嬢ちゃんたちのために、こいつは完璧な状態にしてやらねえとな!

 今夜は寝られねえぞ!」


「なあに、これまでが楽すぎたのさ!」


「ああ、給料泥棒やってる気分だったぜ!」


 気合を入れた男たちが、次々と為すべき仕事へ取りかかっていく。

 華々しき戦果は、彼ら裏方の活躍あってこそなのである。




--




「そういうわけでー。

 本っ当に大変だったんですからね!」


 気合を入れる整備士たちの姿はよそに……。

 『小学校』内へ設けられたタープテントの中で賑やかな声を発するのは、今回、またもや大手柄を立てたJSたちであった。


「そうね……。

 結局、一対一の狙撃戦で勝てたかどうかは怪しいし」


 ナナの言葉にうなずいたのは、レコである。

 殺人的な狭さを誇るタイゴンのコックピットであるが、空調設備は万全であるし、彼女らはそのまま宇宙空間でも活動可能なパイロットスーツを着用していた。

 常に一定の体温を維持してくれる高機能な装備に身を固めていながら、艷やかな黒髪を汗が濡らしているのは、それだけ、彼女が神経をすり減らしたということであろう。


「何しろ、相手はレソン軍でその人ありと知られたエースパイロットだ。

 退役し、一線を退いてから年月を経ているとはいえ、その実力は並のものではなかっただろう?」


 JSたちが着席するそれとは別のテーブルで、カセットコンロにセットしたフライパンを睨みながらワンがそう告げる。

 ちょっとした用とやらで、帰還したJSよりも遅く姿を現した彼は、今、今回の功労者たちを報いるべくその腕を振るっているのだ。


 フライパンの中では、弱火でじっくり焼かれたパンケーキが香ばしい匂いを立てており……。

 その様子を注意深く見守りながら、ワンがなおも口を開く。


戦人センジン同士の戦いというものは、機体の性能のみではなく、パイロットの腕……そして、時にはその発想力によって決着が付くものだ。

 今回の戦いは、君たちにとって大きな財産となったな」


 そこまで告げると、頃合いと見計らってパンケーキを皿に移す。

 そして、あらかじめ用意していたフルーツやホイップクリームなどを、手早くトッピングしたのである。


「さあ、できたぞ。

 続けて二枚目と三枚目も焼くから、シェアして食べなさい」


「わあ……すっごく美味しそう」


 取り皿等と共に供されたそれを見て、ララが感激の声を上げた。

 彼女らJSは、年頃の少女たちがそうするように、街へ繰り出し、喫茶店でお茶を飲むなどという経験はない。

 しかし、雑誌類等に関しては、特に制限がされておらず……。

 ワンが作ってくれたそれは、焼き加減といい、彩りといい、写真で見たそれらにも劣らぬ見事な一皿だったのである。


「はっはっは。

 まあ、任せておいてくれ。

 パンケーキ作りは、得意分野だからな。

 さあ、熱い内に食べなさい」


「「「いっただきまーす!」」」


 自慢げに胸を張った後、続く調理へ取りかかったワンを尻目に、少女たちの戦勝を祝う宴が始まった。

 ……のだが。


「あー、そのバナナ、あたしが取りたかったのにー!」


「ナナだって、クリームを多く取ってるじゃない!」


「ふ、二人とも、喧嘩はよくないよ?

 せっかく、仲直りできたんだから……」


「「そう言うララが、一番大きくパンケーキ取ってる!」」


 一枚ずつ供したのが、よくなかったのだろう。

 三人の姉妹たちは、己の取り分について盛大な言い合いを始めてしまったのである。


「やれやれ……」


 彼女らには聞こえないようにつぶやき、肩をすくめながら、ワンはこの状況に対する特効薬――次なるパンケーキを、慌てず急いで焼き続けた。

 戦うために生み出された生命――JS。

 しかし、パンケーキを巡ってほほ笑ましい喧嘩をする姿は、当たり前の少女そのままであった。

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