山猫の最期
パイロットと一口でいっても、そこに求められる技能は
例えば、メカニックマンを始めとする支援兵たちを指揮するための士官教育は必須であるし、パイロット自身にも、本職ほどではないが機械工作の技術は必要となる。
ゆえに、機兵用九七式狙撃銃の砲弾をバラし、ちょっとしたブービートラップを用意することなど、オルグにとっては朝飯前であった。
「さあて、上手く動作してくれよ」
当然、テストなど望むべくもないので、全ては一発勝負である。
トラップを仕掛けた箇所から引っ張ってきたリール型延長コードと、自機の動力部を接続してやりながら、オルグはそうつぶやいた。
場所は、ロベ市街に存在する小さな遊園地である。
おそらくは、併設するホテルの遊楽施設として建設されたものだろう。
皮肉にも、主幹施設であるはずのホテルが盾となってレソンの砲撃を受け止めた結果、この遊園地は原型を保つことができていた。
特に、入場口からすぐのところにあるメリーゴーランドは、電力さえ供給すれば問題なく動く状態にあったのである。
延長コードは、ここに繋がっていた。
それとの接続を終えたオルグは、開いたままのハッチからコックピットへ入り、メリーゴーランドへ電力を供給してやる。
全長四メートルもの機械巨人を動かす動力部にとって、メリーゴーランドごときを動かすなど訳もないことだ。
どこか、哀愁の漂うメロディと共に、木馬たちが回転を始めた。
「ここまではよし……。
問題は、ここからだな」
一度、コックピットから降り立ち、動き出したメリーゴーランドの方を見ながらつぶやく。
オルグのトミーガンは、延長コードをつなぎ合わせて一五〇メートルほど先の地下駐車場入り口へ潜ませてある。
自身は隠れ潜みつつ、トラップの状況を確認できる絶好のポジションであった。
待つこと、しばし……。
「――きた」
目視したわけではない……。
駆動音を耳にしたわけでも、ない。
しかし、老兵の直感は、敵機がこの戦場にそぐわぬ音を聞きつけ、急行していることを告げていた。
「動揺しているな……。
そりゃあ、そうだろう。
こんな、捨てられた遊園地の施設が勝手に動いていれば、誰だってそうさ。
そこを、さらに揺さぶる」
言いながら、リール型の延長コードへ、さらにコンセントを突き刺す。
今、突き刺したこのコード……つなぎ合わせた最先端部は、ナイフで銅線が剥き出しとなっている。
そして、剥き出された銅線の先には、先ほどバラした機兵用九七式狙撃銃の砲弾が存在しており……。
通電することで、内部の火薬に着火し、弾頭部が発射されるよう仕込まれていたのであった。
――ボフッ!
本来の発射機構を使用していないためだろう。
まるで、黒色火薬銃のような間の抜けた発射音と共に、弾頭が放たれる。
それを、敵機は見逃さなかった。
いや、見逃さないでしまった、というのが正しいか。
――ズオッ!
荷電粒子ビームのあまりに目立つ光が、メリーゴーランドを完全に破壊し尽くす。
発射先は――三〇〇メートルほど先に存在する、雑居ビル屋上!
「やはり――若い。
手持ちの品と、ここに眠ってた資材を使ってのトラップだ。
怪しいと分かっていても、つい、反応したな」
この砲撃に関して、敵パイロットを責められる者はおるまい。
互いに隠れ潜みながら、どうにかして先手を取ろうとする戦いなのだ。
神経は限界まですり減らされており、思考力の維持など望むべくもない。
そこへ、絶好の餌が垂らされた。
よく鍛えられたパイロットだからこそ、考えるより先に、条件反射で攻撃を加えてしまったのだ。
……そうオルグが考えたと、思っているに違いない。
「これで居場所は割れたぞ!」
自機の動力部に接続していたコードを引き抜き、すぐさまコックピットへ戻る。
アイドリング状態のトミーガンは、ただちに戦闘駆動へ立ち直った。
そのまま地下駐車場から飛び出し、狙撃体勢に入る。
「もらった――貴様の方をな」
狙いは、雑居ビル屋上へ陣取った敵狙撃機――ではない。
いつの間に、こちらへ接近していたのか……。
隣接するホテルの廃墟に隠れていた、二刀流のタイゴンだ。
「すでに、カルナ中尉からそちらの囮作戦については伝わっている。
今の狙撃も、囮だったんだろう?
本命は、それを狙うべく出てきたおれへ接近戦を挑む、貴様だ!」
オルグの腕を知っておきながら、あえて見を晒す度胸は称賛に値する。
しかし、それすらもオルグは読み切っていた。
二刀流の機体と、オルグ機との距離はおよそ一〇〇メートル。
タイゴンの運動性を勘定に入れても、三発は放つことが可能だ。
こちらを発見し、身構える二刀流機。
それに向けて、機兵用九七式狙撃銃の引き金を引いた。
――ドウンッ!
「かすめたか!
だが、動けまい!」
さすがの運動性能と、いうしかない。
放たれた砲弾は、身をひねった二刀流の機体に直撃はしなかった。
その胴部――コックピットハッチを弾き飛ばしたのである。
だが、衝撃は大きかったのだろう。
まるで麻痺したかのように、二刀流機が一瞬、動きを止めた。
「この隙に――」
仕留めるべきは、遠方の狙撃機である。
ただちにくると見越したオルグの狙撃を警戒した結果、雑居ビル屋上の敵機は身を伏せており……。
そうではなく、伏兵として配した二刀流機に攻撃していると気づいた今、例のビーム兵器を構えながら立ち上がろうとしていた。
もしも、身を伏せることなく、狙撃姿勢を貫いていたならば分からなかったが……。
銃を構えるまでの挙動で生じる隙は、オルグが狙い撃つに十分な間だ。
まずは、狙撃機を仕留める。
しかる
盤上遊戯で例えるならば、詰みだ。
「――何っ!?」
照準を敵狙撃機に向けようとした、その瞬間……。
それを見てしまったのは、オルグにとって不幸だったとしか言いようがない。
老いてなお健在な山猫の目は、確かに見たのだ。
ハッチが弾き飛ばされた、二刀流機のコックピット……。
その内部は、カルナ中尉たちの推測とは異なり、極めてオーソドックスな造りをしており……。
トミーガンのそれより、はるかに殺人的な狭さをしているそこには、その窮屈さに見合った小柄な……実に小柄なパイロットが収まっていたのである。
無骨なパイロットスーツを身にまとっていた。
ヘルメットのバイザーに隠され、顔立ちをうかがうことはできない。
しかし、そのやわらかな体つきから、相手が少女であるとうかがい知れた。
「子供……?
娘だと……?」
この戦いにおいて、オルグが初めて覚えた動揺……。
それは、決定的な隙を生み出した。
体が硬直した時間は、およそ一秒といったところか。
その一秒で、敵の狙撃機は射撃姿勢を取り終えており……。
――ダアンッ!
硬直から立ち直った二刀流の機体も、こちらに向け跳躍していたのである。
こうなってしまえば、続け様に両機を撃墜するなど望むべくもない。
今度は、こちらが――詰み。
できることといえば、どちらか片方のタイゴンを道連れにすることだけだ。
片方を撃破した瞬間、生き残ったもう片方が自分を撃墜することだろう。
「ちっ……!」
オルグは、コントロールレバーを――。
--
降り注いだ雨が、廃墟と化した建物を濡らす様は、まるで、このロベという街そのものが涙を流しているかのようである。
そして、涙を流しているのは、何も街だけではない……。
レソンの山猫という英雄を乗せていたトミーガンの残骸も、また涙を流しているかのようだった。
人間の死体と違い、表情というものが存在しないからこそ、そこにからは、やるせなさと哀しさをより強く感じてしまう。
致命傷となったのは、正面に存在する
しかし、右肩部から左脇腹へ貫通する形で、例のビーム兵器による砲痕が
先にカタナで貫かれた直後に、ビームで撃たれたのだと見て取れた。
「――くそっ!」
そんなことをしても、どうにもならないのだが……。
カルナは、自機のコンソールに拳を叩きつける。
「中尉殿、聞こえますか――」
キリー少尉から、交戦していた敵機が撤退したという連絡を受けたのは、その時である。
三機のタイゴンは……JSは、またしてもこちらに甚大な損害をもたらし、逃げおおせたのだ。
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山猫の死を看取っていたのは、帝政レソンに所属するトミーガンだけではない。
山猫が、潜伏場所として選んだ地下駐車場の中……。
コンクリートの柱へ身を隠しながら、山猫最後の乗機となったトミーガンを見つめる者の姿があった。
「やれやれ、冷や冷やさせられたが……。
僕の出番は、なかったな」
金髪の男は、赤いスーツで身を固めており……。
分厚いサングラスで隠されているが、端正な容姿をしていることがうかがえた。
格好だけを見れば、ただの派手好きな男でしかないだろう。
しかし、この場が
そして、足元へ転がした使い捨てロケットランチャーが、タダ者でないことを告げている。
「あなたには、ワイヤーの使い方とタバコの味を教わったが……悪く思うな」
男――
そして、懐から新品のタバコを一箱取り出すと、開封することなくその場へ置き去り、自身は密かにその場を立ち去ったのであった。
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