狩人たちの推測

「狙撃手同士の戦いっていうのは、いかにして相手の居場所を見定め、先手を打つかだ。

 従って、あそこから最短で位置取れる場所を張ってみたが、どうやら空振りだな。

 若いパイロットだとは思うが、さすがに、ここで教科書通りの動きを見せてくれることはないらしい」


 指定された場所で、しばし、待ち伏せの構えを取った後……。

 どうやら、獲物が来る気配はなさそうだと見た山猫が、無線を通じてそう語りかけてきた。


「となると、さっさと別の場所に移動した方がいい。

 俺がそう読むってことを、向こうは勘づいてるってことだからな。

 のんびりしてると、こっちが先に撃たれちまう」


 続けての言葉と共に、カルナ機のディスプレイに次の移動地点が表示される。

 カルナから小隊の指揮権を奪ったような形ではあるが、これを若き中尉は容認していた。

 今回の戦い、主役となるのはあくまでこの老兵であり、自分とキリー少尉はそのサポートなのだ。


 現在、その山猫は単独行動中である。

 彼が狙撃戦を制し、カルナとキリー少尉とで白兵戦を仕掛けるというのが、大まかな作戦であった。

 中・近距離戦で、あのタイゴンなる新型機に勝てるとは思えないが、釘付けにさえしておけば、仕上げは山猫がやってくれるのである。


 実際、先の初戦も、自分とキリー少尉が急行可能な位置にタイゴンらが出現していたならば、畳み掛ける形で始末することがかなったはずだ。


「了解。

 自分とキリー少尉も、指定されたポイントへ移動します」


「くれぐれも気をつけてな。

 相手の動きを探っているのは、向こうも同じなんだからよ」


 交信を終え、移動しようとコントロールレバーを握っていると、キリー少尉が会話に割り込んでくる。


「若いパイロットなのですか?

 例の、JSと呼ばれている連中は?」


「実際に顔を見て、挨拶したってわけじゃねえけどな」


 山猫のことだ。もうすでに、移動は開始しているだろう。

 廃墟と化した街並みに、隠れ潜みながら移動するという、神経のすり減ることをこなしながらも、彼は楽しげに答えていた。


「息遣いって、いやあいいかな。

 ちょっとした挙動やらで、なんとなくそれが伝わってくるのさ」


「キリー少尉、こちらも移動するぞ。

 ……しかし、考えてもみれば、あのJSという連中は謎に包まれていますね」


 部下に次の行動を催促しつつ、自分も雑談に加わる。

 最も負担のかかる役回りである山猫がこれを容認している以上、無下むげに会話を打ち切ることもあるまいという考えだ。

 それに、考えてもみれば、あのJSという連中は、明らかにおかしなところがあった。

 そこに気づいてしまうと、口へ出さずにはいられなかったのである。


「あのタイゴンという機体……。

 コックピットに当たる部分が小さすぎる」


 廃墟の陰から陰へと移動しながら、そう口に出した。

 タイゴンは、トップアスリートのように均整の取れたボディラインが特徴的な機体であり、トミーガンとは比べ物にならない運動性能を誇るのも、それが大きいだろう。

 しかし、その代償として、パイロットが収まらねばならないはずの胴体は、極端に小さいのだ。


「ジョッキーと戦人センジン乗りは、小さければ小さいほど良いとはよく言いますが、しかし、通常仕様のコックピットを収めたとしたならば、パイロットはあまりにも小柄だ」


「我々の乗っているトミーガンなどとは、コックピットの仕様からして、ちがうということですか?」


「ああ、俺はそう考えている」


 キリー少尉の言葉に、うなずく。


「だって、そうだろう?

 仮に、胴体内部に詰め込んでる物がトミーガンと同じだとした場合、このような座って操縦する仕掛けを入れる空間はどこにもない。

 いくら技術革新を果たしたとしても、内部機構の小型化には限度があるだろうからな」


「面白い見解だな。

 なら、中尉殿はどうやってパイロットが乗ってると考えてるんだ?」


 自分の呈した疑問に、山猫も乗ってきた。

 そのことに少し嬉しさを感じつつ、考える。

 仮に、敵パイロットの体格が自分と同等だとしよう。

 ならば、いかにすれば、あのコンパクト過ぎるボディへ収まれるか……。


「例えば、全身を包み込むような形式のコックピットにするとか……?

 こう、パイロットの動きに連動して機体も動くという、強化外骨格のような方式だ。

 それなら、内部体積の問題をクリアしつつ操縦性も確保できる」


「確かに、その方式ならば問題はなさそうですね。

 戦人センジンが導入され始めた黎明期には、そういった操縦系統の機体も試されていましたし」


「ほお?

 少尉殿、なかなか詳しいじゃねえか。

 確かに、そういった機体もあったぞ。実際に乗ったおれが言うんだ。間違いない」


 意外な知識を披露した少尉に、山猫がそう返す。

 すると、キリー少尉は少しばかり照れの感じられる声でこう言ったのだ。


「自分は、いわゆるマニアとかオタクと呼ばれる人種でして。

 軍に入ったのも、戦人センジンへ乗りたいという思いが強かったからなのです」


「そうなのか?」


 思わず、そう尋ねてしまう。

 キリー少尉は快活な青年であり、そういった人間にありがちな根暗さというものは感じさせない。

 従って、彼の言葉はひどく意外なものだったのだ。


「意外に思ってもらえたなら、光栄です。

 周囲から浮いてしまうことのないよう、自分なりに努力してきましたから」


「そうだったのか。

 いや、すまない。悪い意味で驚いたわけではないんだ」


 彼の趣味に否定的であると思われないよう、配慮を込めて返事する。

 やはり、自分はまだまだ中尉として、小隊長として未熟であるということだろう。

 このような機会がなければ、部下の好きなことひとつ知らずにいた可能性が高いのだ。


「ちなみに、実際、その操縦系を試した人間の感想としてはな。

 あれは、少なくとも当時の戦人センジンを動かすのには向いてなかったな」


「はい!

 関節の数も、可動域も、人間のそれと違い過ぎて、パイロットとの動きに生じるギャップを埋められなかったと聞いています!」


「おお、そうともさ」


 やや食い気味な少尉の言葉に、しかし、山猫は気を悪くした雰囲気もなく答えた。


「だが、あの新型は、かなり人体に近い構造をしているようだ。

 あれなら、いくつか問題点を解決すれば、トレース式のコックピットも搭載できるかもな」


 そう言いながらも、山猫は少し考え事をしているような雰囲気を漂わせる。

 それが気になったので、素直に尋ねてみることとした。


「オルグ殿は、何か別の見解が?」


「ああ、いや……自分でも突拍子もない考えだって、分かっちゃいるんだけどな」


 そう言った後、山猫は自分の推論を告げる。

 それは、本人も言っているように、荒唐無稽と思える考えであったのだ。


「もしかしたら……。

 もしかしたならば、あの新型は従来通りの操作系統で……。

 従って、パイロットはその狭っ苦しさに対応できるくらい、小柄な奴なんじゃないかってよ」


「さすがに、それはありえないかと」


 尊敬すべき老兵の言葉であるが、こればかりは否定せざるを得ない。


「中尉殿の言う通り、自分もありえないと考えます。

 だって、もしそうならば、パイロットはまるで子供だ」


「まあ、そうだよな……」


 キリー少尉の言葉に、山猫がそう返す。

 自分自身でも、それはありえべからざる推測であると思っていたにちがいない。

 そのように、敵の正体について各々考えを巡らせていた、その時だ。


 ――ヴー!


 ――ヴー! ヴー! ヴー!


 各所に設置しておいた銅線トラップのひとつが、反応を示した。

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