ララ、怒る
「気負っている……。
若いパイロットか」
トミーガンを始めとする
それは、マスタービーグル社が心血を注いだ新型機のパイロットであることを思えば、ひどく意外な事実である。
「通常、テストパイロットなんてものは、相当な熟練に任せるものだが……」
それは、オルグ自身の実体験を踏まえた発言であった。
かつて、トミーガンがまだ現在の姿に仕上がっていなかった頃……。
マスタービーグル社は広くテストパイロットの募集を行い、当時、まだ現役だったオルグもレソン軍から出向する形でそれに参加したのである。
「おれがトミーガンの開発に関わった時、集められたパイロットたちは、いずれも各軍のエースだった。
スゴ腕の見本市みたいだと、思ったもんだ」
昔を思い出しながら、敵機に照準を合わせた。
若いが、勘の働きはあなどれないものがある。
中・近距離用の武装を施された機体が、こちらに気づいたのは疑いようがない。
そやつが体当たりをしたからこそ、最初の標的とした狙撃装備の機体を撃ち損じたのだ。
「まあ、狩りなんてものは、こちらの思惑通りにいく方が稀さ」
猟師だった祖父の口癖を真似ながら、再び引き金を引く。
標的は、依然として狙撃装備の機体だ。
データを見た限り、こいつの装備したビーム兵器は、今回の戦いで最大の脅威である。
逆にいえば、これを仕留めることさえかなえば、勝敗の天秤は大きくこちらに傾くはずであった。
が、
「ほお……かわしたか」
引き金を引いた瞬間、タイゴンなる新型機が見せた跳躍は、オルグの予想を上回るものであった。
大した溜めも見せていないというのに、十数メートルもの高度へ一息に到達したのである。
トミーガンなどとは、比べるべくもないパワーだ。
結果、必殺を期して放った砲弾は、地下鉄出入り口のコンクリートを穿つに留まったのであった。
「とと……感心しちゃいられねえ」
すぐさま自機を操作し、その場から離れる。
――ズオッ!
灼熱の重金属粒子が束となって押し寄せたのは、そのすぐ後だ。
跳躍したタイゴンは見事な姿勢制御をみせると、自由落下する状態のままこちらにビームを放ったのである。
もし、オルグが色気を出して再度の狙撃を試みていたならば、相打ちか、さもなくば敗れていたことだろう。
「とと、こいつはたまらねえ」
言いながら、自機を操作し屋上の端まで移動する。
オルグのトミーガンは、今回、機兵用九七式狙撃銃の他に、もう一つ特殊な装備を施されていた。
胴体下部に装備された、ワイヤーウィンチである。
そこから伸びた特殊鋼のワイヤーは、最初の狙撃地点として選んだこの屋上に、ハーケンでもって固定されていた。
当然、廃墟と化したこの高層ビルが、いまだトミーガンの自重を支えられることは、事前に検証済みである。
「悪いが、一旦、ずらかるぜ」
オルグのトミーガンは、ワイヤーウィンチを巧みに使い、ビルの壁面を降下していく。
それはさながら、特殊部隊の懸垂下降である。
生身の兵士が実行する場合においても、相当な練度が必要とされるこれを、
しかも、オルグは敵機――タイゴンから見て奥側の壁面から滑り降りており、自機の位置を秘匿することに成功していたのである。
――ズオッ!
――ズオッ!
二発ばかりのビームが、オルグ機の下降する場所とは見当違いの位置に撃ち込まれ、ただでさえ廃墟と化しているビルに大穴を開けた。
「おお、おっかねえ。おっかねえ。
あれは、もはや狙撃というより砲撃だな」
そうつぶやきながら、オルグは下降中の自機をぴたりと静止させる。
いかに、敵機の狙いから隠れているとはいえ、向こうが装備したビーム兵器の威力を思えば、自殺行為ともいえる行動だ。
しかし、常人ならば、荷電粒子の奔流に飲み込まれ消滅する恐怖に震えるだろう状況で、オルグは薄い笑みを浮かべていた。
そして、静止したオルグのトミーガンは、ビルの壁面へ、手にした狙撃銃の銃口をぴたりと当てていたのである。
「……ここだ」
――ズガッ!
大口径の砲弾が、狙撃銃から放たれた。
「……手応えありだぜ。
それじゃ、ここからが第二ラウンドだ。
中尉殿たちと合流しないとな」
壁越しの射撃に確かな成果を感じ取った老兵は、自機に懸垂下降を再開させる。
――ズオッ!
またしても、灼熱の重金属粒子がビルの壁面を貫いて襲いかかったが、その時、オルグの駆るトミーガンはすでに下降を完了させ、その場から離れていたのであった。
果たして、レソンの山猫が狙い撃ったものとは……。
--
「……やられた」
着地の衝撃をこらえつつ、レコはそううめく。
「これじゃ、この出口は使えないよー」
今回、地上へのルートとして選んだ地下路線出入り口……。
今は
あの時……。
ビルの壁面を貫いて、機兵用九七式狙撃銃の砲弾がこちらへ襲いかかった。
しかし、それが狙っていたのは、三機のタイゴンではない。
かつて、帝政レソンが行った砲撃によって、脆くなっていた地下路線出入り口の天井部……。
放たれた砲弾は、そこへ着弾したのである。
効果は、絶大であった。
着弾の衝撃は、地滑りのごとく出入り口を崩落させ、
こうなっては、ここを使って撤退することができない。
タイゴンのパワーを用いても、これを撤去するのは相応の時間が必要であり、それは腕利きの狙撃手に対して致命的な隙となるのである。
「あーもー、レコちゃんのせいだー!
ララのタイゴンなんて、左腕が駄目になっちゃったしー」
「わたしは大丈夫……。
左腕がなくたって、この子は戦えるよ」
脚で挟み込むようにして、機兵用三八式突撃銃の銃床を地面に押し付けたララ機が、無線でそう答えた。
答えながら、残る腕で銃剣を装着する。
片腕が失われ、リロード動作も不可能となっているため、あらかじめ銃剣を装着することで戦闘力の維持を図っているのだ。
「そうは言うけどさー。
片腕がないんじゃ、銃だって構えづらいしー。
あの時、レコちゃんが外に出なければ、こうはならなかったんだけどなー」
ナナの言葉は正論であり、レコ自身、それは痛いほどによく理解している。
しかし、人間というのはこのような時、正論を吐かれることでかえって逆上する性質を持つのだ。
まして、幼き少女に過ぎぬレコが、大人でも持ち合わせるのが難しい自制心を備えているはずもなかった。
「――そんなの分かってるわよ!」
「「――!?」」
金切り声にも似た大声へ、ララとナナが息を呑む。
「何よ! 人のことばかり指摘して!
ナナだって、さっきは何もできずにいたじゃない!」
「だって、役割がちがうんだもん!
刀が届く所にいたなら、ちゃんと猫ちゃんを仕留めてたよ!」
「射撃装備がないナナのタイゴンで、どうやって山猫に近づくっていうの!?
見たでしょ! さっきの!
相手は、見えてない遮蔽物越しにも当ててくる化け物なのよ!」
「当たらなきゃいいだけだもーん!
動かない標的ならともかくー。
あたしのタイゴンなら、猫ちゃんが千メートル先にいたって近寄れると思うなー!」
「そんなわけないでしょ!」
レソンの山猫が、どこからかこちらの様子をうかがっているかもしれない状況だというのに、レコとナナの姉妹喧嘩は終わりを見せない。
そのような状況に対し、ついに、堪忍袋の緒を切らした者がいたのである。
「二人とも、いい加減にして!」
「「ララ……?」」
滅多なことでは、決して声を荒げることがない姉妹の叫び声……。
それを無線越しに浴びせられた二人は、思わず自機のカメラアイをララ機に向けた。
「こんな所で喧嘩してたら、絶対に勝てない相手だって今ので分かったでしょ!?
なんで、二人とも喧嘩ばっかりするの!」
「それは……」
「だって……」
「それはも、だっても、ない!」
有無を言わせぬ、迫力である。
普段、大人しいララがそうするだけに、なおのこと衝撃が大きかった。
「いい!?
レコちゃんは、いつも通り冷静に作戦を立てて指揮して!
そうすれば、絶対に勝てるから!」
「え、ええ……」
人間は、自分より怒っている人間がいると、急激に冷静さを取り戻すものである。
レコは、自分の精神状態が、ようやくいつものそれへ戻りつつあるのを感じていた。
「それから、ナナもひとのことばっかり責めないの!
本当は、部屋を散らかしてたのだって、少し悪いと思ってるんでしょ!?」
「う……。
ま、まあ、それは……」
ナナが、自分のタイゴンに頬をかくような仕草をさせる。
そして、ぼそりとこう言ったのだ。
「レコちゃん……。
部屋散らかしちゃって、ごめん」
その一言で、ようやく胸のつかえが取れた。
「少しだけ、片付けてくれればいいわ。
私の方も、先走ってごめん。
ここからは、いつも通りにやるわ」
――パン!
……と、ララが両手を叩く。
無線越しにその音を聞かせた後、彼女はこう言ったのだ。
「よし! それじゃ、仲直り終了だね!
ここからは、レソンの山猫に反撃するよ!」
そう言っている姉妹を尻目に、自機のコンソールへ、ナナからのショートメッセージが届く。
『これからは、ララを怒らせないようにしようね』
それを見たレコは、手短に返信したのである。
『……ええ』
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