初撃

 第二〇三地下壕はいくつもの秘密通路を擁しており、敵がこちらの出撃を気取るのが困難であるとはいえ、地上へ進出する時というのは独特の緊張感に包まれるものである。

 いまだロベを完全な支配下には置いていない帝政レソンであるが、それに対する共和国側の抵抗は文字通り地下に潜んでのものであるため、これは当然のことであるといえた。


 いえた、が……。

 この日、秘密通路の一つを通じて地下鉄の線路内へと進出を果たしたJSたちに、そのような緊張感は皆無だったのである。

 代わりに存在したのは、無線を通じての口喧嘩だ。


「ちょっと、前に出ないで!

 私が先に出て、索敵するわ!」


「えー?

 だって、あたしの機体がフォワードだしー。

 レコちゃんのタイゴンは近づかれたら何もできないんだから、大人しく後ろに下がってるのがいいと思うなー」


「今回の相手は、伝説とまで呼ばれた狙撃手なのよ?

 ナナの機体は接近戦仕様なんだから、何もできず一方的に撃たれるのはそっちの方よ」


「敵は猫ちゃんだけじゃないもーん!

 〇四小隊の人だって、狙撃を警戒しすぎて後ろから撃たれちゃったんでしょー?」


「だからって、一番に警戒しなきゃいけないことには変わりないわ。

 それに、何よ猫ちゃんって!

 相手は強敵なんだから、もう少し緊張感を持ちなさい!」


「だって、山猫より猫ちゃんの方がかわいいんだもーん!

 呼び方を変えたら敵が強くなるなんてことはないんだし、べっつにいいと思うなー」


 ……などと、騒がしいことこの上ない。

 あれから、ワンによる説得でどうにか、全員で出撃することには納得した二人であったが、出撃中の現在になってなお、いがみ合いは続いているのだった。


「もう、二人とも、さすがにそろそろ緊張した方がいいよ。

 先頭はわたしが行くから。

 この子なら、一番対応力が高いし」


 さすがのララも、この状況を見て静観しているわけにはいかず、あえて二機を押しのけて前に出る。


「まあ……」


「ララがそう言うなら……」


 レコとナナも、普段はこのようなことをしないララがこうまで言ってきては、先頭を譲らざるをえないのであった。


「さあ、もうすぐ地上だよ。

 どこから出てくるかなんて分からないだろうし、いきなり撃たれることはないだろうけど、気をつけていこう」


 そう言ったララのタイゴンが、地下線路の出口ヘと到達する。

 この路線は、地上の線路から接続する造りとなっており、今回はそれを利用して地上に進出する手筈となっていた。


 それにしても……。

 気をつけていこうと言ったララ自身が、姉妹たちの喧嘩へ気を取られるあまり、集中力を欠いてしまっていたのは皮肉な結果といえるだろう。

 いや、もしも万全であったところで、このトラップには、気づけたかどうか……。


 地下線路の出口に設置されたそれは、あまりにも古典的で、単純なトラップであった。

 構造は実に簡素で、丁度、戦人センジンの胴部に当たる位置へ一本の銅線を張っているだけである。

 張られた銅線は、微量な電流が流れており……。

 もし、それが戦人センジンと接触して千切れると、信号を発する仕組みとなっていた。


 ――ヴー!


 ――ヴー! ヴー! ヴー!


「――信号を探知!?

 位置情報!?」


 コックピット内へ流れた警報に、ララが素早く反応する。

 電池一つで稼働する、単純な仕組みの装置だ。

 発信された信号が暗号化などされているはずもなく、タイゴンのセンサーは敏感にそれを察知したのであった。


 そして、信号を察知されたところで問題はない。

 このトラップの目的は獲物の出現位置を知ることであり、それが分かりさえしてしまえば、後は無用の長物と化すのである。


 それにしても、この一事をもって思えるのは、英雄というのは幸運の女神とねんごろな間柄にあるということであろう。

 この時、レソンの山猫は、ただ振り向けば、ララたちを狙撃可能な場所にいたのだから……。


「トラップ!?

 多分、こちらの位置を掴むためだ。

 ――気づかなかった」


 千切れた銅線の存在に気づき、それを自機に掴ませながらララがうめく。


「――チャンスよ!

 向こうがこちらを狙ってくるなら、迎え撃ってあげるわ!」


 この時、レコが下した判断は、平時の彼女であるならば考えられないものであった。

 もし、レコが喧嘩をしていなかったなら……。

 もし、その結果として功名にはやっていなかったならば……。

 彼女は即座に撤退の判断を下し、あらためて山猫との決戦へのぞんでいたにちがいない。

 しかし、この時のレコにそのような冷静さは存在せず、ばかりか、ララ機を押しのけて地上へと飛び出してしまったのである。


「――レコちゃん!」


 そして、その時、ララは見た。

 レコのタイゴンが飛び出していった、地上の先――およそ千メートルほどの位置。

 そこには、廃墟と化しつつも、いまだ戦人センジンの重量を支えうる高層ビルが存在しており……。

 その屋上が、きらりと光ったのだ。


 実視ディスプレイに映った光点の正体へ、気づかぬJSではない。

 あれは――戦人センジン

 そして、こちらから見えているということは、向こうからも射線が通っているということであり……。

 常識的に考えるならば、もっとも見やすい位置にいるレコ機を狙うはずであった。


「――っ!」


 考えている暇はない。

 ララは自機を操作し、背後からレコ機へしゃにむに体当たりを仕掛ける。

 同型機とはいえ、背後から不意を打ってのそれに抗えるはずもなく、レコ機は突き飛ばされる結果となったのであった。


「――っく!?

 ララ!? どうしたの!?」


 衝撃と振動をこらえながら、レコが姉妹に問いかける。

 そして、ララがそれに答えを返すよりも早く、体当たりを仕掛けた理由が撃ち放たれたのだ。


 ――バガンッ!


 着弾音と共に、ララ機の左腕が弾け飛ぶ。

 最新鋭の技術を詰め込んだタイゴンであるが、装甲材としているのは従来通りのガンマ合金であり、対戦人センジン用兵器の直撃に耐えられるほどの頑強さはない。

 まして、敵機が装備している機兵用九七式狙撃銃は大口径の火砲であり、従来兵装の中では最大級の威力を持つそれである。

 ララ機の左腕部は、二の腕からへし折れる形で損壊していた。


「「ララ!?」」


 姉妹の機体が受けたダメージを目にし、レコとナナが同時に悲鳴を上げる。

 ……山猫による狩りが、今、始まったのだ。


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