いがみ合う子猫たち

「レソンの山猫、ですか……。

 ずいぶんと古い名前が出てきましたな」


 第二〇三地下壕内に存在する、ボリン中将の執務室……。

 そこで、秘書から出された茶を一口すすったワンは、そう言って笑みを浮かべた。


ワン君は、あの英雄についてご存知かね」


「何しろ、有名人ですから。

 と、いっても、一般に知られている以上のことは知りませんよ。

 そして、その一般に知られている話によれば、十年近くも前に退役したということですが」


「それが、呼び戻されたということだろう」


「他でもなく、弊社のタイゴンを打倒するために、ですな?」


「他には考えられん」


 自身も茶をすすりながら、ボリンがうなずいてみせる。


「念のため確認したいのですが、他人が山猫の名を名乗っているということはありませんか?

 何しろ、本人だとすればもうかなりの高齢です」


「私もそれは疑ったんだがね。

 第〇四小隊の生き残りから聞いた話で判断すると、本人であるとしか思えん。

 その生き残りが、戦人センジンのスピーカー越しに声を聞いたが、やはり、かなりの老齢であると感じたそうだよ」


「そういうことなら、本人でしょうな。

 まったく、元気な爺さんだ」


 肩をすくめながら言ったワンの言葉に、知り合いへ向けたニュアンスを感じ取ったボリンが、少しばかりうろんな目を向けた。

 しかし、すぐに考えても仕方のないことだと首を振る。


 サングラスの下に素顔と素性を隠したこの男が、どのような過去を持っていたところで驚くには値しないだろう。

 今、重要なのは、レソンの山猫に対抗可能な戦力がJSたちだけであり、彼女らの指揮権をこの男が持っているということなのである。


 だが、どうやら頼む必要はなかったようだ。


「相手がレソンの山猫ならば、弊社製品の性能を証明する相手としてふさわしい。

 もし、よろしければ、わたくし共の方で相手をさせて頂けますかな?」


 カップを置いたワンは、やや前のめりな姿勢でそう告げたのである。


「頼めるかな?

 正直な話、他のパイロットたちでは、かの山猫に太刀打ちできる気がせん。

 数で対抗しようにも、優秀な狙撃手というのは、数的優位性を覆しうるものだからね」


「賢明なご判断かと。

 最終的に仕留めることがかなったとしても、それまでに生じる損害によって、ロベ防衛が成り立たなくなる恐れもありますから」


 いつの間にか飲み干していたカップを置き、息をつく。

 そして、懸念している事項を尋ねることにした。


「問題は、JSたちが……彼女たちが、山猫相手に戦えるか、どうかだが」


「簡単にいく相手であるとは、僕も思っていません」


 その言葉に、ワンがうなずく。


「彼女たちにとっては、技量で上回るだろう相手に対する初の戦闘ということになります。

 それを補いうるのはタイゴンの性能、そして……」


「レコ君の機体が装備している、ビーム兵器か」


 整備ドックで見た、あのトミーガン……。

 重金属粒子の直撃を受け、胴に大穴の開いた残骸を思い出しながら、そう口にした。


「ええ、今回は、彼女の働きが鍵を握ることになるでしょう。

 レコ機の装備した荷電粒子銃は、敵機が装備しているであろう機兵用九七式狙撃銃を、あらゆる面で上回っています」


「一機といわず、三機全てで装備することはできんのかね?」


「残念ながら、予備のパーツも考慮すると、運用できるのはレコ機が装備している一丁のみです。

 弊社にとっても、あれは最新鋭の技術を詰め込んだ虎の子ですから。

 それに、ララ機とナナ機は、機体に施されたチューンが遠距離砲撃戦とマッチしません。

 再調整とパイロットの慣熟には相応の時間が必要となるため、今回の事態には間に合わないかと」


 今回の山猫狩り……これは、緊急を要する任務である。

 ロベ制圧を目論む帝政レソンの兵は山猫ただ一人ではなく、それらを押さえるためには戦人センジン部隊の出撃が必要不可欠だ。


 しかし、山猫が健在な内に迂闊な出撃をすればどうなるかは、〇四小隊が証明する結果となっている。

 レソンの山猫を迅速に倒すことは、ロベ防衛のために必須なのである。

 恐るべきは、ただ一人でこちらの防衛戦術にまで影響を及ぼす、老兵の実力であるといえるだろう。


「……分かった。

 こちらから口出しできることは何もない。

 存分にやってくれたまえ」


「お任せください」


 ワンが請け負い、交渉はこれで終了となる。

 早速、準備するべく席を立ちかけたワンに、そういえばと声をかけた。


「ところで、どうかな?

 彼女たちの調子は?」


 それは、なんということのない社交辞令じみた質問である。

 それに対し、マスタービーグル社のチーフは、自信満々といった風にこう答えたのだ。


「彼女たちは、常に万全です。

 相手は強敵ですが、きっと、打倒してくれることでしょう」




--




 ――レソンの山猫打倒。


 この任務を伝えるべく、ワンはすぐさま『小学校』内のタープテントへとJSたちを招集したのであるが……。


「その……どうしたんだ?

 何か、様子がおかしいようだが?」


 すぐに異変へと気づき、三人にそう問いかける。

 何しろ、ララを中心とし、レコとナナが互いに背中を向け合うようにして椅子へ座っているのだ。

 これで、何もないはずがない。


「あ、はは……」


 ただ一人、いつも通りワンに向かう形で座っているララが、曖昧な笑みを浮かべる。


「別に、なんでもありません」


 続いて、レコがそう言ったが……。


「そうでーす! なんでもありませーん!

 きっと、今回の任務もレコちゃんが一人でパパッと解決してくれるはずでーす!」


 ナナの言葉に、黒髪の少女がぴくりと眉を震わせた。


「ちょっと!

 任務なんだから、全員で取り組むに決まっているでしょ!?」


「えー、だって、どうせレコちゃんは細かいことにばっかケチつけるじゃん!

 それなら、もう最初から一人でやるのが一番だと思うなー」


「いや、君たち……」


 どうやら、レコとナナは何がしかの理由で喧嘩しているらしく……。

 そのことを察したワンは、二人を制そうとした。

 しかし、子供同士の喧嘩というのは脊髄反射で行われるものであり、その点、ワンの対応はやや鈍重なものだったのである。


「……分かったわ」


「レコちゃん?」


「レコ、どうした?」


 突然、何かを決心したように口を開いたレコへ、ララ共々首をかしげた。


「そこまで言うなら、やってあげる!

 どんな任務か知らないけど、私一人で完璧にこなしてみせるわ!

 ナナとララは、それを見て手本になさい!」


「いやいやいや、そんなこと許可できるわけないだろう」


 ワンがそうたしなめるも、レコとナナはララを挟んでうなり合うのみだ。

 その様は、さながら子猫同士の喧嘩である。


「でもー、レコちゃんがやるって言ったんですよー?」


「そうです! やらせてください!

 ナナなんかとはちがうところを、見せてやります!」


「あー!

 あたしなんかって何!? あたしなんかって!?」


 どうにか場を収めようとするワンをよそに、二人はひたすら言い合うばかりであった。

 それを見て、ワンは天を仰ぎながら、誰にも聞こえぬよう、こうつぶやいたのである。


「……駄目かもしれん」


「あ、はは……」


 ただ一人、ララだけが困ったように笑っていた。

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