裏と裏
「トラップの反応を検知!
場所は、別の地下路線出入り口を目指す途上です!
目的地がそこだとすれば、トミーガンの足でも先回りできるかと!」
報告するキリー少尉の声は、手柄を上げる予感への喜びに弾んだものであったが……。
「……嘘くせえな」
しかし、それを聞いたレソンの山猫は、すぐさまそう返したのである。
「各機、移動中止。
手近な遮蔽物に身を隠せ」
そんな二人のやり取りをよそに、ひとまずカルナはそう指示を飛ばした。
敵――JSの現在地に関する手がかりが得られたことに変わりはなく、この情報をいかに扱うか判断する時間が必要と考えたのである。
そんな自分のトミーガンと共に、キリー機が、かつて商業施設だった建物の残骸に身を隠す。
「嘘臭い、でありますか?」
「ああ」
そして、そう尋ねたのだが、山猫の返答はにべもないものであった。
「気に食わねえな。
おれたちがトラップを仕掛けたのは、敵の出撃地点として怪しそうな数カ所と、そこへ向かう途上部分のいくつかだけだ。
そもそもが、もし引っかかってくれれば幸運って代物だからな。
そんなものに、しかもタネが割れてるっていうのに、そうホイホイかかってくれるものかよ」
山猫の言う通り、自分たちが例の銅線トラップを仕掛けた箇所は、少ない。
ここロベにおいては、JSたち以外の共和国兵も神出鬼没に攻撃を仕掛けてくるのであり、それを警戒しながらのトラップ設置には限界があったのだ。
それに都合よく――しかも、同一の仕掛けであるというのに――引っかかってくれたというのは、こちらに都合の良すぎる展開であった。
「前にも話したけどな。
おれは、敬意と共に引き金を引く。
敵のことは、尊敬すべき相手と捉えている。
しかし、ここでトラップに引っかかるっていうのは、尊敬できる敵の行動じゃねえ。
だから、嘘臭さを感じる」
「ですが、敵の一機は左腕を欠損しています。
態勢を整えて再出撃すべく、急いで最寄りに存在する別の出入り口へ向かった結果、再び罠にかかったということはないでしょうか?」
軍に志願した動機は、マニアとしての心を満たすためらしいが、それとは別に、戦果を求める軍人の本能も持ち合わせているのだろう。
キリー少尉が、自説を展開しつつなおも食い下がる。
「――ないな」
しかし、山猫はまたしても、その言葉を否定したのであった。
「敵のパイロットは、そう簡単に俺の首を諦めるようなタマじゃねえ。
そんな奴は、あの状況でああも見事な反撃をしてこないさ。
おれは奴らを獲物として見ているが、連中も、おれのことを狩る気満々よ」
山猫の言葉は、確信を秘めたものだ。
くぐってきた修羅場の数において、自分たち若造を遥かに上回る老兵がそう断じれば、カルナもそれを信じようかという気になる。
戦場において、何よりも物を言うのは経験なのだ。
「……よし。
では、これが罠であるという前提で動こう。
キリー少尉は、悪く思うな?」
「はっ……!
自分も、話していて考えが変わりつつありましたから」
そう言ったキリー少尉の柔軟性は、喜ばしいものである。
人間というのは、一旦、こうと見定めてしまうと考えを翻すのが難しいものであり、それは命のやり取りをする場において、時に致命的な隙を生むのだ。
「では、これが罠だとしたら、連中はその路線出入り口を狙撃するのに適した場所……そこに、オルグ殿が姿を現すのを待ち受けていると考えるが?」
「同意見だな。
そもそも、あのトラップじゃ、分散して行動してるのか、三機まとまっているのかの判別がつかねえ。
考えられるのは、左腕を失って戦力低下した機体がわざと銅線を切って囮となり、残る二機が狙撃しようとする俺を待ち伏せするという手だ。
もし、そうなった場合、狙撃仕様の機体は分からんが、近接仕様の機体には手も足も出ん。
懐に入られたら、何もできずやられちまうだろうな」
それは、実際にタイゴンとやり合った身としては、うなずける見解である。
あの新型が見せた運動性能は、異常だ。
「ならば、その路線出入り口を狙撃するのに適した場所……これをポイントAとし、オルグ殿には、Aを狙撃するのに適したポイントBへ移動してもらいましょう。
自分とキリー少尉は、ポイントAへ向かい仕上げを担当する。
各人、それでよいか?」
「異論はねえ」
「了解です」
カルナの指示に、山猫とキリー少尉が了承の意を伝える。
「では、移動開始」
そう伝えて一度無線を切った後、カルナはこうつぶやいたものだ。
「待っていろ、JSたち……!
今日を貴様らの命日にしてやる……!」
それは、失われた友たちへの誓いであったが……。
しかし、左腕部を喪失させるという、これまでで最大の戦果に少しばかり浮き足立っていることに、若き中尉は気づいていなかったのである。
--
狙撃において、高所を陣取ることは基本中の基本であり、今回もオルグは、廃墟と化したビルの屋上を選んだ。
「さあて、崩れてくれるなよ」
――ボシュッ!
自機を少しばかり上向きにさせると、腰に装備されたワイヤーウィンチを発射する。
それは、電磁力によって砲弾のごとく放たれ、先端のハーケンを屋上に突き立たせた。
このビルに関しては、トミーガンの自重を支えられるかどうかの検証をしていない。
だが、オルグは長年の経験と勘から、十分に耐えられるだろうと踏んでいた。
「まあ、もし、このビルがトミーガンを支えられず、崩れ落ちるようだったら……。
おれの運も、そこまでだったということだろう」
そうつぶやきながら、ワイヤーを巻き取る。
すると、オルグのトミーガンは、見事なクライミングによって、ビルの屋上まで登り詰めていった。
全長四メートルもの鉄巨人が、ほとんど音を出さずにそのような動作をしてみせるのだから、やはり、オルグは達人である。
オルグのトミーガンは、たちまちの内に屋上へ降り立った。
「――ほう」
降り立つと同時に、背筋へ冷たい感覚が走る。
オルグはその直感に逆らうことはせず、トミーガンの全力を用いて身をひねらせた。
――ズオッ!
灼熱の重金属粒子が、機体の真横を束となって通り過ぎたのは、その時だ。
――チリ!
――チリ! チリ!
飛散した粒子のいくらかが、機体表面を焦がす音がコックピット内に響き渡る。
もし、身をひねらず棒立ちでいたならば……。
オルグ機は直撃を受け、胴に大穴を開けていたにちがいない。
「裏の裏をかいてきたか!
そうでなくっちゃ、面白くねえ!」
言いながら、すぐさま自機に機兵用九七式狙撃銃を構えさせる。
あまりに目立ち過ぎる荷電粒子の軌跡は、敵機の居場所を雄弁に伝えていた。
「――そこか!」
目に見える敵は――一機。
建物の残骸に半身を隠し、残る半身で狙撃銃を構えている。
通常仕様のトミーガンならば、この状態から敵機を識別し、ロックオンするという段階を踏む。
オルグの機体に、そのような機能は存在しない。
全てが――手動。
機械による自動照準……一秒かかるかどうかというその時間が、オルグにはあまりにもったいなく感じられるのだ。
見て、狙って、撃つ。
これは、自分でやればほんの一瞬で事足りる時間なのだから。
――ドウンッ!
機兵用九七式狙撃銃が、重い発射音を響かせる。
狙いは――完璧。
放たれた砲弾は、タイゴンなる敵機に直撃する――はずであった。
「やはり――速い!」
オルグが引き金を引き、放たれた砲弾が着弾するまでのわずかな時間……。
敵の機体は、狩猟動物のように俊敏な動作で横跳びし、別の建物へ隠れたのである。
これに関しては、敵パイロットの判断を称賛しなければならないだろう。
「もし、色気を出して二射目を狙っていたなら、次弾が放たれるまでの間に、おれの狙撃が命中し撃破していただろう。
一発目を外した段階で見切りをつけ、回避に徹したからかわせたんだ。
JSというパイロット、どうやら頭は冷えてきたか!」
言いながら、屋上へ打ち込まれたワイヤーを頼りに地上へ降下する。
――ズオッ!
オルグ機の立っていた場所を、敵機の放ったビームがむなしく通り過ぎていた。
「ここからは、かくれんぼさ。
先に見つけた方の勝ちだぜ!」
素早く地上へ降り、遮蔽物の陰から陰へと隠れ潜みながら、そうつぶやく。
気配で分かる。
敵は、今さら仕切り直しをする気はなく、このまま決着をつける腹積もりだ。
そして、それはオルグにとってもまた、望むところなのである。
それにしても……。
「今、見たあの動きは気になるな。
どこかで、同じような動きを見た」
先程、タイゴンが見せた回避運動……。
ヒョウのように機敏な身のこなしは、覚えのあるものであった。
あれは、いつのことだったか……。
「そうだ。あいつだ。
ちょっとばかりワイヤーの使い方を教えてやると、すぐさまモノにしたばかりか、より高次元のものに進化させやがった」
かつて出会った、若きパイロットのことを思い出す。
彼のトミーガン――まだ初期型だったそれには、両肩と両腰に都合四つものワイヤーユニットが装着され……。
彼はそれを自由自在に操り、蜘蛛のごとき立体的な機動を可能としていたのだ。
「ワイヤーを使ってるか、そうでないかという違いはあるが……。
モーションそのものは似ている、な……」
そうつぶやいた後、回想を打ち切る。
今、考えるべきは次の一手であった。
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