伝言

「拷問でもなんでもするがいい。

 俺は、何も吐かんぞ」


 特務小隊のトミーガン二機でハッチを引き剥がし、中から出してやった共和国軍パイロットの第一声がそれであった。


『拷問などはしない。

 貴官の扱いは、戦時条約に則ったものとなる。

 大人しくしさえすれば、きちんとした捕虜としての扱いを約束しよう』


 外部スピーカーを通じてそう呼びかけると、敵小隊最後の生き残りが観念して両手を上げる。

 そこへ、先日の任務を共に生き残った部下――キリー少尉が戦人センジンを降りて駆け寄り、手早く拘束を済ませた。


 そうやって捕虜を得ていると、特務小隊最後の一人――レソンの山猫こと、オルグの乗った機体が合流を果たす。


「まあ、こいつらの国と仲間を思う気持ちは本物だ。

 何をしたところで、使ってる秘密通路の情報を吐きはしないだろうな」


 無線越しにそう語る彼の乗るトミーガンは、特徴的な得物を肩にかついでいた。


 ――機兵用九七式狙撃銃。


 トミーガンの全長にも匹敵する銃身をした、狙撃用の兵装である。

 敵小隊を全滅させたのは、事実上、この銃とオルグであるといって過言ではない。

 隊長であるはずのカルナが行ったことといえば、最後の最後、なかなか出てこない一機に対する不意打ちのみだ。


 しかし、それをくやしく思うのではなく、誇らしく感じてしまう自分がいる。

 山猫が見せた狙撃の手際は見事の一言であり、その詰めを担当できたというのは、若いカルナにとって光栄の至りなのであった。

 その伝説的英雄に向けて、通信を返す。


「これまで捕虜としてきた者たちも、一切、口は割っていないと聞きます。

 まあ、末端の兵が全ての秘密通路を把握しているはずもないでしょうが……」


「結構、結構。

 敵が尊敬できる存在だってのは、大事さ。

 おれは、何も敵が憎くて殺してるわけじゃねえ。

 お国のため、その命を頂戴してるだけだ。

 引き金は、相手に対する敬意と共に引かなきゃな」


「敵を尊敬、ですか?」


 それは、カルナにとって考えたこともないことであった。

 こちらに銃口を向けてくる敵は――怖い。

 ゆえに、それを撃たれる前に殺す。

 カルナにとって、戦場での殺しというのはそのようなものだったのである。

 最近、あの新型に対しては復讐の念も付け足されているが……。

 いずれにしても、この老兵が語ったような境地とは程遠いであろう。


「言ってしまえば、騎士道精神さ。

 おれは戦いの中に華を見い出している。

 相手とおれと、どちらが上か、どちらが生き残るか、それを競い合っている。

 だから、今みたいに決着がついたなら、あたら命を奪うようなことはしねえ。

 まあ、相手からすりゃ、侵略者の勝手な言い分だろうがな」


「戦いの中に、華ですか……」


 山猫の言葉を、反芻はんすうする。

 この老兵は、ただ戦いを楽しんでいるわけではない。

 そこへ、自分にしか感じ取れない美学を見い出しているのだ。

 そして、それが細身の老人に、得体の知れないスケールを与えているにちがいない。


「ともあれ、これで準備は万全だな」


 山猫が、そうつぶやく。

 そして、彼の乗るトミーガンが、拘束の終わった敵パイロットをびしりと指差したのだ。


『おい、共和国の。

 さっき、うちの中尉殿が言った言葉を反故ほごにしちまうが、お前を捕虜に取ることはしない』


 山猫の言葉に、敵兵のみならず、カルナと、自機へ戻ったキリー少尉も驚きの声を上げる。

 山猫の乗ったトミーガンは、そんな自分たちを手の動きで制しながら続けた。


『おっと、早とちりするなよ。

 捕虜にはしないが、かといって殺すような真似もしない。

 お前さんには、メッセンジャーをやってもらう』


「メッセンジャーだと……!?」


 後ろ手の親指同士をバンドで結ばれた敵パイロットが、いぶかしげな顔をする。

 当然ともいえる態度を取った彼に対し、山猫はこう告げたのだ。


『いいか、よく聞け。

 お前の前にいるのは、オルグ・オーソラッソ。

 かつて、レソンの山猫と呼ばれた男だ』


「レソンの山猫……!」


 敵パイロットの目が、驚愕きょうがくに見開かれた。

 帝政レソンにおいて伝説となっている英雄は、共和国にあってもその名を知られているのだ。


『おれは、しばらくこのロベを狩り場とする。

 その意味が分かるな?

 おれを打倒しない限り、お前さんの小隊に起こったことは何度でも起こると思えと、上官に伝えるんだ』


 そこで、山猫が乗ったトミーガンは、肩に乗せた狙撃銃を揺さぶってみせた。

 そして、最後に彼は冗談めかしてこう告げたのである。


『伝えてもらいたい話は以上だ。

 それじゃ、頼んだぜ』




--




「よろしかったのですか?」


 手の拘束はそのままに解放してやった共和国兵の背を見送りながら、山猫にそう通信で尋ねた。


「いいのさ。

 そもそも、おれたちに課された任務は雑魚を狩ることじゃねえ。

 まあ、今回のは勘を取り戻すのと同時に、相手を誘い出してやったわけだな」


「あの伝言を聞けば、奴らが……JSたちが動くと?」


「うけあいさ」


 無線越しに、山猫がうなずいたのを感じる。


「俺に銃を教えたのは猟師だった祖父でな。

 爺さんは、ガキの俺にこう言ったもんだ。

 『オルグ、狩りっていうのは、ただ銃の扱いが上手ければいいってもんじゃない。

 相手の……獲物の考えを知ることが重要なんだ』

 ってな」


「JSたちの考え、ですか」


「この場合は、それを送り込んだであろうマスタービーグル社の考え方だな」


 山猫が、押しも押されぬ一大企業の名を口に出す。

 マルティン中将の情報が確かならば、あのタイゴンという新型機は、自分たちが乗っているトミーガン同様にマスタービーグル社が開発した機体であるはずだった。


「わざわざ、劣勢な共和国に強力な新型機を送り込む理由はなんだ?

 確かに、企業としての政治思想もあるだろうが、どこまでも利益を追求するのが商売人ってもんだ。

 貴重な新型機を送り込むからには、それに見合った収穫があるはずだ。

 ちなみに、金って線はねえぞ。共和国にそこまでの余裕はねえ」


「……新型機の、運用データですか?」


「まあ、そう考えて間違いねえだろうな」


 そう言うと、山猫の乗るトミーガンが自身を指し示す。


「おれたちが今乗ってるこの機体だって、実戦で得られたデータを基に何度も改良されて今の仕様になっている。

 それだけ、実際の運用で得られるデータは多い」


「さらなるデータを求めて、山猫に挑んでくると?」


「ああ、そうするだろうさ」


 答える山猫の声は、どこか楽しげである。

 きっと、コックピットの中では笑みを浮かべているにちがいない。


「おれは連中を獲物と見定めているが、連中にとってはこの山猫こそが獲物であるわけだ。

 ……高揚するね」


 狩りというものは、常に一方的なものであるとは限らない。

 例えば、熊など大型の獣を狙えば、返り討ちとなる可能性は必ずつきまとう。

 まして、相手は獅子の母と虎の父から生まれた肉食獣――タイゴンなのだ。


 しかし、山猫はどちらが倒れるか分からないその対決を、心から楽しみにしているようだった。

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