〇四小隊の最後

 ライラ共和国軍が帝政レソンに取っている戦略は、身も蓋もない言い方をするならば、終わりなき嫌がらせということになる。

 そもそも、総合的な国力と軍事力で劣る共和国が、強大な帝国と真っ向からぶつかり合うのは不可能だ。

 そのため、共和国は防衛に徹し、戦いを長期化させることでレソン国内の厭戦えんせん感情を高めると共に、国際的にも経済的にも孤立させ、レソンの継戦能力を削いでいるのである。


 その戦略思想は、最前線であるロベでの戦術にも反映されていた。

 共和国の戦人センジンは、地下へ複雑に張り巡らされた秘密の通路を用い、地上を制圧せんとするレソン軍に奇襲をかけ続けていたのである。


 いってしまえば、ベトナム戦争においてベトナム軍が取った戦術の現代版であり、軍事力で劣る側が大国へ抗えるほぼ唯一の戦い方だ。

 日々、出撃を繰り返しては、レソンの戦人センジンに奇襲を仕掛け、相手へ与えた損害のいかんに関わらず素早く撤退を行う日々……。


 襲撃される側であるレソン軍の精神的な疲労はそれ以上であろうが、かといって、仕掛ける側が疲労しない道理はない。

 何しろ、帝政レソンは畑から収穫するかのごとく兵を動員し、いまだ強力に繋がっている友好国の存在もあって、軍事的な息切れも見せていないのだから、この日々が無限に続くかのように錯覚させられてしまうのである。


 共和国軍の兵を支えているのは一にもニにも愛国心であり、彼らは今日も祖国を守るため、戦いへ身を投じているのであった。

 本日、第二〇三地下壕から出撃した第〇四戦人センジン小隊もまた、そのような護国の志士たちである。


「進路クリア……。

 最近、レソンの戦人センジンを見かけないな」


 三機のトミーガンで構成された小隊の内、先鋒を務めていた機体のパイロットがそんなことをつぶやいた。

 今回、用いたのは秘密通路を通じて地下鉄へ至り、そこから地上への進出を果たすというルートである。

 地上へのルートはいくつも存在しており、発見された箇所に関しては爆破して埋めてしまえば良いわけであるが、当然ながら敵に発覚していない出入り口は多ければ多いほどよい。

 そのため、軽口とも取れる内容の言葉を吐いておきながら、パイロットの表情は真剣そのものであった。


「レソンの馬鹿共も、数を頼りに無理押しするのが愚かだと悟り始めたんじゃないか?」


 後続の機体に乗ったパイロットが、そんな言葉を無線に返す。

 事実として、戦人センジン戦における彼我の損害はレソン側が共和国の数倍をマークしており、いかに大国であろうとも、吸収するのに苦労する損失であるのは疑いようもなかった。

 もっとも、これだけスコアに差が出ているのは、ある少女たちの活躍あってのことなのだが……。


「あるいは、あのお嬢ちゃんたちに恐れをなしたのかもしれないな。

 敵からすれば、あれは子供の姿をした死神だよ」


「おいおい、敵さんにはコックピットの中身なんて見えないぜ?」


「はっはっは、そういえばそうだったな」


「じゃあ、中身を知ってる俺たちにとってはなんだ?」


「どうだろう。

 幸運を運ぶ女神とか、か?」


「おいおい、女神扱いするにはガキすぎるぜ?」


「じゃあ、天使エンジェルか?」


天使エンジェルか。

 そうだな、それならいい」


 各機のパイロットが、そんな無駄口を叩きながら廃墟と化した市街の哨戒を進めていく。

 雑談をしながらではあるものの、建物の陰へ隠れ潜みながらの移動といい、敵機が潜みうる場所へのクリアリングといい、その全てが淀みなく素早い動きである。

 これは、彼らが熟練したパイロットであることの証左であり、軽口を叩いているのも、それがかえって互いの連携と集中力を高めているからなのであった。


 第〇四小隊に、慢心と油断はない。

 ただ、強いていうならば、彼らには……運がなかった。

 圧倒的強者と戦場で出くわさぬための、運が。


 ――ズドッ!


 重い音と共に、先鋒を務めていたトミーガンの左脚が膝からへし折れる。

 同時に、歩行手段を失った機体がその場へ擱座かくざした。


「――敵襲!?」


「――足をやられた!」


「――狙撃か!?」


 第〇四小隊の見せた動きは、的確なものである。

 この一撃が、戦人センジン用狙撃銃のものであることを即座に見抜き、残る二機は手近な廃墟の物陰へ素早く身を隠したのだ。

 それはつまり、動く手段を失った先鋒の機体が取り残されたことを意味する。


「大丈夫か!?」


「なんとか助けたいが……!」


「いや、俺のことは構うな!

 罠だ! 野郎、わざと仕留めずに足だけ奪いやがった!」


 その読みは、正しい。

 おそらく、敵が取ってきたのは古典的な狙撃手の戦法……。


「俺を助けようとしたところを、狙い撃ちにするつもりだ!

 くそ、こうなったら!」


 擱座かくざした機体のパイロットが下した決断は、実に勇敢なものであった。

 彼は、迷うことなくコックピットハッチ開閉の操作を行い、生身での脱出を試みたのである。

 しかし、見えざる敵はそれを許さない。


 ――ズガッ!


 再び、重々しい弾着の音が響く。

 今度、それが命中したのは、擱座かくざしたトミーガンの肩部であった。

 そこには、ハッチの開閉機構が存在しており……。

 あまりに的確な破壊を受けたそこは、コックピットからの操作に応じることもできず、パイロットを内部へ閉じ込める形になってしまったのである。


「……ハッチの開閉機構がやられた!

 脱出できない!」


「姿の見えない遠距離から、一撃で脆い膝関節を破壊し、今度は開閉機構のみ壊しただと!?」


「こいつ、只者じゃないぞ!」


 敵の技量に、〇四小隊のパイロットたちが驚愕きょうがくの声を上げた。

 この狙撃は、単なる遠距離からの射撃ではない。

 放たれた砲弾の一発一発に、確固たる意思が秘められているのだ。

 機械任せの照準には宿らない、敵の情念が感じられるのである。


 ――ズドッ!


 擱座かくざした機体が、再び狙撃された。

 今度、破壊されたのは右腕であり、やはり、構造的に脆い肘関節へ直撃を与えられていたのである。


 ――ズドッ!


 ――ズドッ!


 立て続けの、狙撃。

 それらは、残る左腕と右脚を同じようにもぎ取っていた。


「く、くそっ!」


 ダルマと化した機体のパイロットが、くやしげにうめく。

 手足を失い、脱出も不可能となった戦人センジンなど、もはや鋼鉄の棺桶だ。


「ちくしょう! 今、助けるぞ!」


 戦場で背中を預け合った友に抱く感情というものは、時に家族や恋人に向けるものよりも強くなる。


 ――これは、遮蔽へ身を隠した者をあぶり出すための罠である。


 頭ではそう理解していても、実際に仲間の乗った機体がいたぶられる様を見せつけられては、飛び出さざるを得なくなるのだ。


「――よせ!」


 隠れ潜んでいたもう一機のパイロットが呼びかけても、すでに遅い。

 助けることを誓ったパイロットのトミーガンは、最大出力で仲間の下へと駆け出していた。


 ――ズドッ!


 その胴体部――コックピットへ砲弾が撃ち込まれたのは、遮蔽から飛び出したのと同時のことである。

 放たれた砲弾は、機体の真芯を貫いており……。

 内部のパイロットが即死であったことは、疑う余地もなかった。


「く、くそっ……!」


 いまだ隠れ潜んでいる一機――〇四小隊で唯一健在な機体のパイロットが、ほぞを噛む。

 僚機とちがい、飛び出さずにいれたのは自制が効いていたといえるだろう。

 しかし、仲間たちの状態に気を取られるあまり、周囲の索敵をおろそかとしてしまったのは致命的であった。


 ――ヴウウウウン!


 聞き慣れた機兵用三八式突撃銃の砲声が背後から響くと同時、彼の肉体は貫通した砲弾によって破壊しつくされていたのだ。


「……敵機撃墜」


 最後の機体を撃破したトミーガンのパイロット――カルナ・ルーベンス中尉が、無線にそう呼びかける。

 戦死者二名……。

 捕虜にされた者一名……。

 第〇四戦人センジン小隊は、全滅した。

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