夜中の喧嘩
地下へ、それも秘密裏に建造されたとは思えぬ広大さを誇る第二〇三地下壕であるが、それでも内部の面積には限界というものがある。
ましてや、整備ドックの一画に間借りする形の『小学校』に関しては何をかいわんやであり、ここにはマスタービーグル社が開戦以前から持ち込んでいた各種機材や物資が、密集する形となっていた。
そうなると、割を食うのが居住施設であり、派遣されてきたスタッフたちは、最高責任者である
それは、当然ながらJSたちも同じ……。
女性用に割り当てられたコンテナハウスの一室で、彼女たちは寝床を共にしているのだ。
が、それぞれ性格の異なる者同士が暮らしを同じくするのだから、当然、衝突することもある。
その夜に起こったのは、そんなある種、ほほ笑ましい喧嘩の一つであったといえるだろう。
事の起こりは、レコがナナに対し注意したことだ。
「ちょっと、ナナ。
いくらなんでも、散らかし過ぎじゃない?」
レコがそう言った通り……。
三段ベッドの内、ナナが使用している最下段付近は、スナック菓子の袋やぬいぐるみが散乱しており、このままでは上段へ登るのにも苦労する有様となっていたのである。
「大体、こんなぬいぐるみなんて、どうやって手に入れてきたの?」
「えへへー。
整備士の人たちにー、ちょっとかわいくおねだりしたら、どこからか持ってきてくれたんだー。
あと、ベン中尉たちがくれたのもあるよー」
一体、いつの間にそんな交流を持っていたのか……。
あっけらかんと言う金髪の姉妹に対し、レコは額へ手を当てた。
「ベン中尉たちに会ったんだ?
その……元気にしてた?」
最上段のベッドから会話に加わったのは、ララである。
ブロンズの髪は、おでこの部分を紐でまとめてあり、普段とは少しばかり異なる雰囲気があった。
「うん、自分たちのトミーガンを見に来たところへ居合わせたんだけど、意外と元気そうにしてたよー。
特に、ベン中尉はアラン中尉の代わりに隊長をやるんだって、張り切ってた」
「そっか、〇八小隊も新しい形に生まれ変わるんだね」
少し安心したように、ララがうなずく。
それは、吉報といっても良いのかもしれない。
確かに、アラン中尉を失ったのは、残されたベン中尉やクリス少尉にとって、そう簡単に乗り越えられる出来事ではないだろう。
しかし、敵が悲しみに浸るこちらへ同情してくれるはずもなく、また、軍人というものは、常に最大限の戦果を上げて己の価値を証明しなければまらないのだ。
少なくとも、レコはそのように考えていた。
「よっし!
それじゃあ、〇八小隊の新たな門出を祝してパジャマパーティしよう!」
「ちょっと、話を逸らさないで。
今は、ナナが散らかしたものを片付けなさいって話をしてたでしょ?」
ジュースの入ったペットボトル片手にはしゃごうとするナナを、看過するレコではない。
びしりと指を突き出し、ナナにこう言い放ったのだ。
「と・に・か・く、今すぐ片付けなさい。
それに、パジャマパーティーって言ったって、私たちパジャマなんか着てないじゃない」
それでも、姉妹の発言に含まれた指摘を忘れないのは、レコが生まれ持った性分のなせるわざだろう。
JSたち三人が着用しているのは、デザイン性など皆無なシャツで、しかも下にはパンツ一枚である。
これをパジャマと言い張るのは、やや無理があった。
「もー!
パジャマって言ったら、これがパジャマなの!」
「あはは……。
でも、せめてもう少しかわいらしいパンツがいいかな。
「ねー!? ララもそう思うでしょ?
こうなったら、三人で一緒にお願いしちゃお!
そうすれば、
そうだ! 今の格好を三人で撮って、『こんなかわいくない格好やだー!』って言えば、もっと効果あるかな?」
「ちょ、ちょっと何言ってるの!?」
言うが早いか、枕元の携帯端末をごそごそと取り出し始めた姉妹の言葉に、焦ってしまう。
「こんな格好の写真、
あと、また話を逸らそうとしない!
ララも、いちいち乗っかるんじゃないの!」
「あはは、ごめんね。つい……」
頬をぽりぽりとかくララとは対象的に、ナナは唇を尖らせたままだ。
のみならず、このようなことを言ったのである。
「もー、レコちゃんは細かいことばっかり指摘するんだから!」
「細かいことって……!」
通信授業で習った東洋のことわざに、このようなものがあった。
いわく――仏の顔も三度まで。
ましてや、仏ならぬ幼き少女でしかないレコに、そこまでの寛容さを求めるのは酷であろう。
「ナナが、そうやって気を抜いてばかりだから、その分、私が気を使ってるんじゃない!」
こうなっては、売り言葉に買い言葉だ。
レコにそう言われたナナが、ぷくりと頬を膨らませる。
「だって、そんないつでも気を張ってなんていられるわけないじゃん!
レコちゃんが真面目なのはいいことだと思うけど、それをあたしにまで押し付けないでよー!」
「普段から押し付けてはいないでしょ!
ただ、今回は私にまで迷惑がかかるから言ってるの!
ううん、私だけじゃなく、ララだってベッドの周りが散らかってるのは嫌でしょ?」
突然、話を振られたララが困惑の表情を浮かべた。
「えっと、わたしはちょっとまたいで登ればいいだけだから……」
「ほらー、ララだってこう言ってる!
多数決でこっちの勝ちだもんねー!」
「数の問題じゃないでしょ!
ララも、本当はどう思ってるの?
本音では、散らかってるより片付いてる方がいいんじゃない?」
「あー、数の問題じゃないって言いながら、ララを引き込もうとしてるー!
でも、もう遅いもんねー!
ララはこっちの側の味方なんだから!」
「そうなの!? ララ!?」
姉妹二人の対立へ巻き込まれる形となったララは、ただ困ったような笑みを浮かべるだけだ。
「えっと、わたしはどっちの味方というより、どっちにも仲良くしてほしいかな。
そうだ! それなら、わたしが片付けるっていうのはどうかな?」
「いいわけないでしょ!」
名案を思いついたという風に言いながら、早速それを実行するべくハシゴを降りようとしたララに待ったをかける。
「ナナが散らかしたんだから、ナナが片付けないと」
「あたしも嫌だよー。
大体、さっきから散らかってる散らかってるって言ってばかりだけど、これはすごく効率的に、それでいてもらったぬいぐるみがかわいく見えるように配置してるんだから!
これが一番いい形なのー!」
「どこが効率的なの!
変な言い訳しないの!」
「言い訳じゃないもーん!
ほら、ゴルフェラニもそう思うよね?
『うむ、我もこの配置が一番だと思うぞ』
ほら!」
ゴルフェラニと名付けたらしい馬のぬいぐるみを手にたナナが、一人芝居を始めてみせた。
「何よ、その変なキャラ付け!
少しでも味方が欲しいからって、ぬいぐるみを仲間にしようっていうの!?」
「ゴルフェラニはただの馬でもぬいぐるみでもないもーん!
ちゃんと人の言葉が分かるし話せる、賢い子だもーん!」
「そんなに大事な子だっていうなら、こんな散らかすんじゃなくてちゃんと飾ってあげなさい!」
「だーかーらー!
これが、一番かわいくこの子たちを見られる配置なのー!」
その後も……。
あーでもない、こーでもないと、レコとナナは言い合った。
レコからすれば、絶対的に正しいのは自分の主張であり、それを理解しようとも従おうともしないナナの態度は、到底受け入れられないものだったのだ。
「二人とも……もう……寝ようよ……」
一方、ララはそう言いながら、我先に夢の世界へと旅立って行った。
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