葬儀

 軍隊においては様々な兵科が存在するが、欠かせぬものの一つといえるのが従軍聖職者であろう。

 人類が宇宙に進出してから、数世紀……。

 いまだ、宗教というものが人心に与える影響は大きい。


 ことに、戦場という命のやり取りが行われる場所ではそれが顕著で、兵たちは無事に生存したまま終戦の日がくることや、あるいは、死した後の安寧を神に祈るのである。


 そして、今日……ライラ共和国のため勇敢に戦い、散った者を弔うための葬儀が、第二〇三地下壕内の教会で執り行われていた。

 兵たちの心を安らげるため、小さくも立派な造りをした教会の中に響くのは、参列者たちによる聖歌の斉唱だ。


 故人との思い出を振り返りながら、参列者たちが歌う中……。

 JSたちの姿も、見つけることができた。

 常のパイロットスーツ姿でも、あるいは運動着や私服でもない。

 彼女たちが着ているのは、喪服である。


 その表情は、神妙なものであり……。

 戦うために生み出され、命じられるまま敵兵を殺害してきた彼女たちが、今、始めて死というものに向き合っているのがありありと見て取れた。


 そんな彼女たちを従えるのは、マスタービーグル社のチーフであり、こちらも喪服に身を包み、サングラスを外している。

 そのため、普段は隠れている表情をはっきりと見られるのだが、そこには感情というものが宿っていない。

 戦場での死へ触れ過ぎた者に、特有の反応だ。


 やがて、聖歌の斉唱も終わり……。

 従軍聖職者が、故人――アラン・ドノバンの略歴を語り始める。

 それは、ロベの花屋に生まれた男の、ごくありふれた物語であった。


 語られたそれを聞き、涙した者は三人……。

 同じ小隊の部下であり、親友でもあったベン少尉にクリス少尉と、他ならぬアラン少佐の母である。

 少佐の母は、こうして葬儀に参列していることからも分かる通り、医療区画にいた時より明らかに顔色が良い。


 しかし、いかに肉体が癒やされようとも、我が子を失った心の傷は想像を絶するものがあり……。

 見ていると、そのまま空気に溶けて消えてしまいそうな危うさが感じられた。


 葬儀はつつがなく、素早く進行していく。

 共和国がここロベを巡る戦いで失った命はあまりに多く、そして、これからもそれは増えていくことだろう。

 兵士一人の死に割ける時間など、戦場では限られているのだ。




--




 葬儀が終われば、後は遺体を安置所に収めて解散となる。

 コインロッカーを彷彿ほうふつとさせる造りのそこは、すでに半数近くが埋まっており、アラン少佐は先んじて収められた者たちと……そして、これから先に収められる者たちと共に、きたる終戦の日を待つのだ。


 もし、この地下壕が落とされ、ロベが完全に帝政レソンの占領下へ置かれることになったなら……。

 その時は、レソン人に死者の冥福を祈るだけの良識があることを、願うことになるだろう。


 安置所の扉が閉められ、同行していた弔問客たちも自分がいるべき場所へ帰っていく。

 しかし、故人の母であるドノバン夫人だけは、ただ、扉の前で立ち尽くしていた。


「あの……」


 なぜ、声をかけようと思ったのか。

 それは、ララ自身にもはかれぬ心の動きというしかないだろう。

 ただ、ぼう然としている夫人を見て、何か声をかけねばならないと思ったのだ。


「あら、あなたたちはこの前の……?

 今日も、お勉強でいらしたのかしら?」


 ララたちJSとワンを見た夫人が、驚きの表情を浮かべる。

 亡き少佐は故郷でそれなりに顔が広かったらしく、葬儀には地下壕へ避難しているロベ市民が多数参列していた。

 それに加え、リック大尉など軍の人間も少数混ざっていたのだから、ララたちに気づかなかったのも無理はないだろう。

 そもそも、我が子を亡くした直後の夫人に、周囲を気にする余裕などないのだ。


「そんなところです。

 本日は、心よりお悔やみ申し上げます」


 声をかけたはいいものの、何を言っていいか分からぬララに代わり、ワンが答え、丁寧なお辞儀をしてみせる。

 それを見たJSたちも、慌ててそれにならった。


「まあ、まあ、ご丁寧にありがとうございます。

 お嬢さんたちには、恥ずかしいところを見せてしまったわね。

 息子が軍隊に入った時から、こういう日がくることもあるだろうと、覚悟していたはずなのに……」


 そう語る夫人の目には、きらりと光るものがあったのである。

 そして、夫人は安置所の扉を振り返った。


「今はただ、この戦争が早く終わって、あの子をお墓に入れてあげられる日がくることを願うしかないね。

 いや、あの子だけじゃない……。

 亡くなった、他の軍人さんたちも……」


「――あの! わたし!

 わたしを……!」


「ララ」


 たまらず言おうとした言葉を、背後からワンが制する。


 ――わたしをかばって、中尉は戦死しました。


 それで、吐き出しかけた言葉を、どうにか飲み込むことに成功した。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」


 首をかしげるドノバン夫人に、ごまかすための言葉をつむぐ。


「いえ、わたしは……。

 わたしは、アラン中尉は立派な軍人だったと、そう思います」


 それを聞いて、夫人は軽い溜め息を吐いた。


「立派な人なんかにならなくていい……。

 ただ、五体満足でいてくれたならそれで……。

 っていうのは、誰よりもあたしが言っちゃいけないことだよね。

 実際、あの子やその友だちのおかげで、あたしだけじゃない……同じように薬がなくて困ってた人たちも、大勢助かったんだから」


 そして、そこまで言うとおだやかな……実におだやかな笑みを、ララに向けてくれたのである。


「ありがとう……。

 お嬢ちゃんみたいな子にそう言ってもらえたなら、あの子もきっと本望だったろうよ」


「いえ……。

 はい……」


 ララはその言葉に、ただうなずくことしかできないのであった。




--




 整備ドックに向かう帰り道……。

 地下壕内の通路を歩きながら、ララはワンにこう尋ねたものだ。


ワンさん……」


「どうした、ララ?」


「わたし……どうすれば、よかったんでしょうか?」


 その質問に対し、懐へしまっていたサングラスを装着済みのワンは、少し考え込んでから尋ね返す。


「それは、どの段階での話かな?

 タイゴンを狙ったという敵部隊に対する対応か、それとも、先ほど会ったドノバン夫人に対してか……」


 そう聞かれ、ララも歩きながら少し考え込んだ。


「言い訳になるって思うんですけど、敵の武装はどうしてもかわせなかったと思います。

 わたしたちだって、何も警戒してなかったわけじゃないですし」


「ねー?

 あんなの、初見殺しだもーん」


「ナナ?

 ララは今、大事な話をしてるんだから……」


 姉妹たちのやり取りに、ララはくすりと笑ってみせる。

 そして、再び口を開いた。


「中尉のお母さんにも、他に言えることなんてなかった……。

 と、思います」


「それでも、何かがしたかった。

 ララは、そう思ったんだね?」


「はい」


 ワンの問いかけに、ララはこくりとうなずく。

 すると、そんな少女に対し、マスタービーグル社のチーフはこう告げたのだ。


「確かに、今回の戦いにおける君たちの行動は、ベターなものであったと思う。

 また、彼の母上に対しても、あれ以上のフォローは不可能だろう。

 仮にもっと良い道があったのだとして、言うまでもなく、時間は過去に戻らない」


 そこでワンは立ち止まり、ララのみならず、JSたち全員を見回した。


「だから、考えるべきは未来……これから、ということになる」


「これから、ですか?」


「そうだ」


 ワンがうなずく。


「さしあたって、彼の遺体を埋葬してやるためには、レソン軍を押し返さなければならない。

 そして、君たちにはその手段がある。

 手段を行使するための道筋は、僕たちが整えよう」


 彼が額の古傷に触れたのは、無意識のことである。


「戦え……!

 より強く、より速く……!

 そうすることで、君たちは彼だけでなく、犠牲となった全ての者に救いを与えることができる」


「わたしたちの戦いで……」


「わかりやすくていいねー!」


「そうね。

 今まで通りのことを、今まで以上に上手くこなすだけだわ」


 ワンの言葉に、JSたちがうなずき合う。


「そう、その意気だ」


 彼は、そんな少女たちに笑みを浮かべてみせた。

 しかし、その笑みはひどく酷薄こくはくで、冷たいものだったのである。


 あらゆる意味で幼い少女たちは、そのことに気づけなかった。

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