救う者、救われる者

「ちいっ!

 出てくるのが早すぎる!」


 いち早く潜伏していた瓦礫から飛び出し、例のタイゴンとかいう新型機へ攻撃を行った者たち……。

 そんな彼らに対し、カルナ・ルーベンス中尉は思わず舌打ちしてしまっていた。


 功を焦ったか、あるいは潜伏の緊張感に耐えきれず先走ってしまったのは、この奇襲作戦にあたって借り受けたトミーガン一個小隊の者たちである。

 彼らの機体が装備しているのは、通常の機兵用三八式突撃銃だ。

 本来ならば、マルティン中将から託された新兵器を装備したカルナたち特務小隊が、先んじて攻撃を行う手はずだったのである。


 おかげで、作戦が狂ってしまった。

 すでに、自分を見逃したあの忌々しい機体によって、一機が倒されてしまっており……。


「は、はや――」


 さらに一機が、両手にカタナを装備した機体の手で、文字通り八つ裂きにされ撃破されてしまったのであった。

 敵の数はタイゴンが三機と、トミーガンが三機……。

 早くも、数的優位を明け渡した形である。


「数は向こうが有利……。

 あとは、この新兵器がカタログ通りの性能であることを祈るしかないな!」


 カルナがそう叫んだのは、自分を鼓舞するばかりではなく、部下たちの背を押すためでもあった。

 この期に及んで彼らが臆すれば、いよいよ勝機は消え失せるのだ。

 このような状況に陥った以上、特務小隊の三機で一斉に、かつ、効果的に使用する他ないのである。

 自分たちのトミーガンが右手に握った――新兵器を。


「使うぞ!」


「はっ!」


「了解!」


 カルナの号令に応じ、部下たちのトミーガンもそれを構えた。

 それ――新兵器を簡潔に表現するならば、金属製の玉ということになるだろう。

 特務小隊に所属するトミーガンたちが、一斉にこれを投げ放つ。

 戦人センジン膂力りょりょくで投げられた玉は、凄まじい速度で飛んでいくが、問題は飛んでいったその先だ。


 ちょうど、前衛、中衛、後衛という形に分かれていた敵の新型機たち……。

 玉が投げ放たれたのは、その新型機に向かってではない。

 それぞれの頭上数メートルというところへ、投てきされたのだ。


 見たことがないだろう兵器……。

 しかも、それが暴投としか思えぬ方向に投げられている。

 その事実は、圧倒的な運動性能を誇るはずの敵新型機たちを、一瞬だけ硬直させることに成功していた。

 そして、カルナ中尉たち特務小隊はこれを暴投したわけではなく、正しく使用したのだ。


 その証拠に、新型機の頭上で、投じられた玉が――ぜた。

 ただ、爆発したわけではない。

 同時に内部から飛び出したのは、網である。


 ――ネットボール。


 それが、この新兵器に与えられた身も蓋もない名称であった。

 見ての通り、このボールは内部に網を内包しており、投じられ、パイロットが設定した地点へ達すると、破裂して中の網を飛び出させるのだ。


 たかが網と、あなどることはできない。

 これを構成する特殊鋼のワイヤーは、トミーガンがぶら下がっても切れないほどの頑強さを誇る。

 それが編み込まれ、網状になっているのだから、いかに新型機が力自慢であろうと、自力で引きちぎることは不可能なはずであった。


 なんとも、単純で原始的な装備。

 しかし、効果的である。

 そもそも、投網自体、武器としての歴史は古く、いにしえの時代においてはこれで動きを封じ、網の隙間から槍を突き刺して仕留めるという戦法で、多くの戦士が命を落としたのである。

 そして、戦人センジン同士の戦いというものは、つまるところ、巨大な人型同士による白兵戦なのだ。


 それぞれ別の位置にいたタイゴンが、網に絡め取られ、自慢の足を封じられる。

 さらに、ウィンチのごとく自動で締め上げる機能を持ったネットに締め付けられ、手持ちの武装も思うように振るえなくなっていた。


 ――勝機!


「もらったぞ! タイゴン!」


 カルナはコックピットの中で吠えながら、自機の腰にマウントしていた機兵用三八式突撃銃を引き抜かせたのである。




--




「何これ何これ!?

 思うように動けないー!」


「これって……網!?」


 瓦礫から飛び出した帝政レソンのトミーガン……。

 その内、三機が保持していたボールから放たれたネットに捕らわれ、ナナ機とララ機は身動きが取れなくなっていた。

 そして、どうやらそれは、最後方に位置していたレコ機も同様だったようである。


「ナナ! ララ!

 あなたたちの機体に装備された刃物で、切り裂くことはできないの!?」


 三機の中で最も取り回しの悪い武装をしたレコ機が、網に絡まれながらもがいているようだった。


「むーりー!

 この網、なんか締め付けてくるんだもん!」


「こっちも!

 これじゃ、銃剣が引き抜けない!」


 圧倒的なパワーを誇るタイゴンであるが、ネットを構成するワイヤーの強度はあなどりがたいものである。

 しかも、絡み取られ不自然な状態で締め付けられてもいるのだから、従来通りの動きなど不可能であった。


「お嬢ちゃんたち! くそ!」


 アラン中尉の吠える声が、無線越しに聞こえる。

 彼ら〇八小隊は、遅れて瓦礫から飛び出した四機の内、唯一通常装備をした機体と交戦していた。

 背中に背負ったコンテナというハンデは重く、〇八小隊のトミーガンらは明らかに常よりも機動力が低下していたが、そこは数の利というものがある。


 ――ヴウウウウウン!


 ――ヴウウウウウン!


 交わした銃撃により、アラン中尉の機体が左腕を損失したものの、彼らは敵機を撃墜することに成功したのであった。


 そして、そんな彼らの活躍がなければ、タイゴンの内一機……おそらく、今倒された機体と最も近い位置にいたレコ機は、撃破されていたはずである。

 〇八小隊が通常武装の敵機を引き付けてくれたからこそ、投網を使ったトミーガンらが装備を持ち替えるまでの間、JSたちは命拾いをすることができたのだ。


 だが、腰のハードポイントからライフルを引き抜くのにかかる所要時間など、ごくわずかなものに過ぎない。

 すでに、残された三機の敵トミーガンは武器の持ち替えを終え、無防備なタイゴンに銃口を向けつつあったのである。


「くそ! 今、援護する!」


 JSたちの窮地を救ったのは、またしてもアラン中尉たち〇八小隊であった。

 彼らの機兵用三八式突撃銃から放たれた砲弾を回避すべく、敵機たちが素早く回避行動に移る。


「とにかく撃って注意を逸らせ!」


「お嬢ちゃんたち、なんとか脱出できないか!?」


 ベン少尉とクリス少尉が弾幕を形成しながら、そう呼びかけた。


「今やってるけどー!」


「もう少し……もう少しで銃剣が引き抜けます!」


「お願いララ! 私の方も動けないわ!」


 ララ機があえてライフルを放棄し、網の中にごくわずかな緩みを作り出す。

 そうして得たかすかな自由で、腰のハードポイントに装着された銃剣を引き抜こうとするが、やはり、その動きは遅い。

 そして、新兵器の投入や、友軍機の犠牲を経てタイゴンの動きを封じることに成功した敵が、それを見逃し続けるほどやさしいはずもなかった。


 とにかく撃ち続けることで、敵の攻撃が差し挟まるスキを作らぬようにしている〇八小隊の三機……。

 その砲撃に、途切れが生じる。


 ――弾切れ。


 それを起こしたのは、アラン機であった。

 彼のトミーガンが万全の状態であったならば、打つ手はあっただろう。

 僚機がカバーし、その間に腰のハードポイントから替えのマガジンを外し、装着すれば済んだのである。


 不幸だったのは、彼の機体が先ほどの攻防により、片腕を失っていたことだ。

 当然ながら、人もマシンも両腕が使えなければ、リロード動作はできない。

 そして、アラン機の弾切れは、敵の一機――指揮官機と思わしきトミーガンに、反撃へ出る余裕を与えてしまったのである。


 この場合、フリーとなった敵機が狙ってくるのは、戦闘稼働が可能な〇八小隊のトミーガンではない。

 彼らの作戦目標は、明らかにタイゴンであり……。

 敵の指揮官は、横槍を入れられた状態であっても、それを見失わない程度の冷静さがあった。

 敵指揮官機の銃口が、ようやくにも銃剣を引き抜くことに成功しつつあったララ機へ向けられる。

 最新鋭のタイゴンといえど、装甲に用いられているのは通常のガンマ合金であり、対戦人センジン用兵器の直撃を受ければ、ただでは済まない。


「くっ……!」


 ララは生まれて初めて、自分の死というものを直感したが……。


「――ちいっ!」


 その瞬間、通信機から響いたのは、アラン中尉の舌打ちする声であった。

 そして、彼の機体が唸りを上げ、ララ機と敵指揮官機の射線上に割り込んだのである。


 ――ヴウウウウウン!


 放たれた機兵用三八式突撃銃の砲弾が、最大出力で稼働したアラン機に殺到した。

 中尉のトミーガンはそれに対し、防ぐ方法など持ち得ておらず……。

 直撃を受けたアラン中尉のトミーガンは、全身を穴だらけにしながらがくりと膝を折ったのである。


「アラン中尉!」


 ララの呼びかけに対し、無線からの応答はない。

 ララ機が銃剣を引き抜くことに成功したのは、その時であった。


「くっあー!」


 分子振動式の銃剣は、触れる対象の強度を問わず切り裂くことができる。

 不自然な体勢から逆手で振るう形とはなったが、ララ機は見事、内側からネットを切断することに成功していた。


 ゆらり……と。

 拘束を脱したララのタイゴンが、立ち上がる。

 頭部に備えられた四つものカメラアイが見据えているのは、アラン機に直撃を与えた敵指揮官機であった。


「ナナ!」


 視線は外さないまま、ララ機が手にした銃剣を横投げにする。

 正確無比に投てきされた銃剣が、ナナ機へまとわりついていたネットを切断し、地面に突き立った。

 ネットの束縛を脱したナナ機が、それを力強く引き抜く。


「レコちゃん!」


 そして、同じようにこれを投てきする。


「助かったわ!」


 放たれた銃剣は、狙い過たずレコ機に絡まったネットを切断し……。

 これで、三機のタイゴンは行動の自由を取り戻した。


「――そこっ!」


 自由を取り戻した三機の内、最も早く逆襲に転じたのはレコ機だ。

 片膝立ちの狙撃姿勢を取ったタイゴンが、素早く機兵用荷電粒子銃を構える。


 ――ズオッ!


 灼熱の重金属粒子がビームとして放たれ、残る〇八小隊機の射撃から回避行動を取っていた敵機を直撃した。

 戦人センジンへ用いるには、あまりにも過剰な火力……。

 これを受けたトミーガンは、胴体に大穴を開け倒れ伏す。


 僚機の無惨な姿を見た敵機たちの動きは、迅速であった。

 指揮官機共々、こちらに牽制の射撃を放ちながら撤退していったのである。


「――逃がさない!」


 ララはそれに対し追撃を行うべく、放棄していたライフルを拾っていたが……。


「駄目よ! ララ!

 私たちの目的は、あくまで救援物資を持ち帰ることなんだから!」


「ララ! 気持ちは分かるけど、今は敵を追いかける時じゃないよー!」


 姉妹たちから無線越しにそう言われ、押し留まった。


「くっ……」


 それでもなお、渋ってみせたが……。


「ララ、アラン中尉の行動を無駄にしてはいけないわ」


「そうだよ。

 ワンさんに教わったことを、忘れたの?」


 レコとナナにそう言われ、ついに追撃を断念したのである。


「うん……」


 力なくうなずきながら、自機のカメラを崩れ落ちたアラン機に向けた。

 中尉のトミーガンは、胴体にいくつもの弾痕が残されており……。

 内部のパイロットがどうなったかなど、調査して確認するまでもない。

 直撃を受ければ――死。

 それが、戦人センジン同士の戦闘なのだ。


「中尉……どうして?」


 ララは、答える者などいない質問を、擱座かくざした戦人センジンにぶつけた。

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