待ち伏せ

「お前たち、もう少し気を入れて調べろ」


「そうは言いますがね。

 自分たちはあくまで、パイロットなわけであって、警察の鑑識ではないのですから……」


 部下として配属された少尉のやる気がない声に、カルナ・ルーベンス中尉は眉をしかめた。


「その言い訳が、中将閣下に通じるならば話は別だがな……。

 我々は、戦果を期待されている。

 その事実を忘れるな」


 こういった際、他者の名前を出すのは逆効果である。

 自分自身の器量では従わせられないのだと、吐露しているも同然であるからだ。

 しかし、それを分かっていながらそうしてしまったのは、にわかに隊長として抜擢された即席中尉の悲しさであろう。

 そもそも、じっくりと信頼を養うための時間もなく、顔を合わせ次第に即刻出撃したのがこの特務小隊であるのだ。


 小隊を構成するのは、ごく普通のトミーガンであり、三機共、手にしている武器は機兵用三八式突撃銃である。

 例の新装備は、持ち出していない。


 それは、今回の出撃があの新型機――タイゴンとぶつかることを、想定していないからだ。

 今、特務小隊が挑んでいる作戦行動とは、端的にいって調査である。

 廃墟となったロベ市街をひたすら練り歩き、あの新型でなければ残さないような痕跡を探しているのだ。


 ロベの地下には無数の秘密通路と出入り口が存在し、今こうしている間も、足元で敵のトミーガンが奇襲の機会をうかがっているかもしれないのだから、これは大変にストレスの溜まる作戦である。


 それでも、やらねばならない。

 この作戦は、首尾よく補給の物資を手に入れ帰還した敵部隊を捕捉できるかどうかに、全てがかかっているのだ。


「そもそも、どうして出撃時を待ち伏せずに帰還するところを迎え撃つんですか?」


「それは簡単だ。

 痩せたカモと太ったカモでは、どちらが仕留めやすいかという話だからな」


 ブラウン管めいたトミーガンの頭部をあちこちに振りながら、部下の言葉へ答える。


「まして、目的を達成し、帰還する直前となれば、どれだけ自分に言い聞かせていたとしても、気は抜けるものだろう?」


「そういうもんですかねえ」


 目的を達成するまでもなく気が抜けている部下の言葉に、苛立ちながらも探索を続けた。

 これは、配属された部下が特別なのではなく、帝政レソンの兵士全体にいえる問題である。


 そもそも、庶民の生活水準が低いレソン帝国であり……。

 軍隊に入る者というのは、食い詰めて他に行き場がない人間というのが大半だった。

 カルナ自身、JSへの復讐という明確な目的がなければ、意識を高く保てるかは疑問がつくのである。


「にしても、立派な街だな」


「おいおい、こんな廃墟を前にして言う台詞じゃないだろ?」


 そんなことを考えながら捜索していると、部下たちが雑談を始めた。

 これに関しては、咎めるカルナではない。

 何事か作業をしている時、ちょっとした無駄口を叩くくらいはよくあることだ。

 肝心の捜索がお留守になってしまっては叱らざるを得ないが、多少は許容すべきであろう。


「廃墟っつったって、散らばってる家具や家電の残骸ざんがいを見れば、どういう暮らしぶりだったかくらいは分かるさ」


「まあなあ」


 そんな会話を聞いて、つい自分もそういった品々に目を向けてしまう。

 普段の作戦行動中は、意識を向けることのない品々……。

 レソンの砲撃により崩壊した建物の中には、確かに家具や家電の残骸ざんがいがいくつも転がっており、戦前の暮らしぶりというものがうかがえる。


「あーあー、前の師団指揮官殿も馬鹿だよな。

 砲撃でこんなにしちまうんじゃなくて、綺麗なまま残しておけばレソンの財産になったのに」


「お前の場合、火事場泥棒がしたかっただけだろう?」


「お前はちがうのか?」


「いいや、同じだ」


 そんな会話を交わした二人が、笑い合う。

 もし、共和国の人間が聞いたならば、下卑た言葉だと激怒したことだろう。

 しかし、少なくともカルナはそう思わない。

 いつだって、綺麗事を言うのは本当の貧しさを知らない者たちなのだ。

 大義などない戦争であることくらい、学のない身でも重々承知しているが、しかし、自分たちの暮らしを豊かにするための戦いであるというのは、理解していた。


 つまるところ、この世は大がかりな椅子取りゲームなのであり、より豪華な椅子へ座るにあたっては、他者を蹴落とす必要も生じるのである。

 そうやって、復讐以外の戦う意義も再確認し、自機が瓦礫がれきを踏みしめる感触の正当化をしていた、その時だ。


「ん……?

 おい、こっちに来てこれを見てみろ」


 どうやら、その建物はかつてパン屋だったのだろう。

 ウェーバーベーカリーという看板が、屋根ごと傾き、崩れ落ちた建材の上に乗っていた。

 問題は、その屋根に残った跡である。


「何か、相当な重量物が滑り落ちたようですね」


 呼ばれた部下のトミーガンが、ブラウン管テレビのような頭部を向けながら、そう言った。


「それだけじゃない。

 戦人センジンの足跡らしき痕跡もある」


 何かの滑り落ちたと思わしき箇所をトミーガンで確認していた部下が、自機の捉えた映像をこちらによこしてくる。

 なるほど、それなりのキャリアを積んだパイロットでなければ判別できないが、瓦礫がれきがこのようにくぼんでいるならば、戦人センジンが踏みしめた可能性は高い。

 しかも、この跡はトミーガンの足底よりも明らかに小さく、痕跡を残した機体のすらりとしたシルエットを否が応でも想起させたのである。


「どうやら、当たりだな。

 連中は、このルートを使いロベを脱したのだ」


「帰りもまた、同じルートを使うということですか?」


「可能性は高い」


 部下の言葉に、コックピット内でうなずく。


「何しろ、JSというらしいあの連中は連戦連勝だ。

 必ず、舐めた気持ちが生まれる。

 増援を頼み、付近で待ち受ければ、出くわす確率は極めて高いはずだ」


 その増援を願うための根拠として、痕跡を映像データに収めながら薄く笑みを浮かべる。

 あの夜……。

 自分は哀れな獲物に過ぎなかった。

 しかし、今度はこちらが狩る番だ。




--




 ロベを脱して以来、共和国の首都リキウへの道のりは、極めて順調なものであった。

 それは、移動速度のみではなく、人間関係においても同じである。

 初日、レーションを食べながら語らったのが良かったのだろう。

 JSたちと〇八小隊のメンバーはずいぶんと打ち解け、リキウへ到達する頃には無言の連携がかなう間柄となっていたのであった。


 そして、首都リキウで彼女らを待ち受けていたのは、盛大な歓迎である。

 秘密裏の作戦行動であり、そもそも、JSはまだ存在自体を表社会には公表していないのだから、テレビなどによる報道はない。

 よって、あくまでも内輪でのそれとなったのだが、共和国の大統領自らが基地に足を運んだのだから、向こうの熱がうかがい知れた。

 銃後の守りを担う人々にとって、ロベの地下に潜伏しながらいまだに帝政レソンの前進を阻み続けている地下壕の兵士たちは、畏敬いけいの対象であり、英雄なのだ。


 そんな彼らの歓待を受けた後は、必要な物資がみしりと詰まったコンテナを愛機に背負わせ帰路につく。

 背部のハードポイントで接続するそれは、まさに背負子しょいこといった言葉がふさわしく、基地内の整備士からは、「戦人センジンにランドセルを背負わせての下校だ」とからかわれたものである。


 こうして……。

 JSと〇八小隊は見事に救援物資を手に入れ、再びロベの街へ足を踏み入れようとしていたのだ。


「これで、入院していた患者さんたちも助かるんですね」


 夜の闇に自機を溶け込ませながら、ララはふとそんなことを口にした。

 行きと同じく、闇に紛れながらの帰還である。

 戦人センジンに搭載されたセンサー類を用いれば夜間戦闘も苦ではないが、やはり、人間の習性として夜の方が市街をうろつく敵の数は少なかった。


「あたし、早くワンさんに会ってご褒美のお菓子が欲しーい」


 一団の先頭に立ったナナが、油断なく市街の様子をうかがいながらも気楽な声を発する。

 彼女のタイゴンは、〇八小隊のトミーガンも含め、最も接近戦に特化した調整を施されているため、こういった行動では自然とフォワードを務めるようになっていた。


「ナナったら、向こうの基地で散々ケーキを食べていたじゃない。

 あんまりたくさん食べて、減量させられても知らないわよ?」


「だって美味しかったんだもーん!

 それに、たくさん食べたっていったら、ララの方が食べてたじゃん?」


「え、えへへ……。

 食べ始めたら、つい止まらなくなっちゃって……」


 ララがコックピットで頬をかいていると、アラン中尉が自機の頭部で全機を見回す。


「おしゃべりもいいが、もうここからはいつ敵と出くわしてもおかしくない。

 あまり、気を抜きすぎないようにな」


「そう言うアラン中尉だって、途中でお花摘んでたでしょー。

 自分が一番気が抜けてるんじゃないですかー?」


「そ、それはだな……」


 ナナに言われ、無線越しにアラン中尉が口ごもる。

 言われてみれば、帰路で小休止を取っていた際、彼はそんなことをしていた。


「指摘してやるな。

 我らが中尉殿は、病床の母上に花を贈ってやりたいのさ」


「そうそう。

 花屋のせがれらしい心遣いってね。

 どうしたって、地下壕じゃ生花は手に入らないからな」


 ベンとクリスの両少尉が、からかうように口を開く。


「わあ……。

 きっと、それが一番のお薬になりますね!」


 しかし、ララはそれを冗談と認識せず、心からそう言ったのである。


「まあ、な……。

 少しでも、元気を取り戻す役に立ってくれたらいいと思うよ」


 中尉の声には、まんざらでもなさそうな雰囲気が漂っていた。

 そのように、どこか弛緩しかんした状態で夜の市街を進む六機の戦人センジンたちであったが……。


「――!?

 敵襲っ!」


 先頭を進むナナ機が、言うや否や素早く飛び退すさったのだ。

 自身の胴体よりも大きなコンテナを背負いながらそのような動きができるのは、タイゴンのパワーあってのことである。

 それは、敵にとっても予想外な素早さだったのだろう。


 ――ヴウウウウウンッ!


 ナナ機を狙った機兵用三八式突撃銃の砲弾は、明後日の方向へ飛んでいったのだった。


「――廃墟に隠れてるよ!」


 このような時、ナナという少女からは普段の軽薄さが消え失せる。

 戦いのため生み出されたJSとしての本能が、マシーンの一部となったように振る舞わせるのだ。


「ナナ! 今カバーする!」


 そして、それはララも同じ……。

 先ほどまでのやわらかな空気が消え去り、その表情も硬質なものに変わった。

 こういった事態においては、プレーンな調整と装備のララ機がカバーに入るのである。


 しかし、今回ばかりはそれがかなわない。


「――くっ!?」


 先ほど、ナナが通り過ぎた場所……。

 積み重なった瓦礫の中へ潜んでいた敵機が、内側からそれを破壊し、ララ機に突っ込んできたのだ。

 その機体が手にしたライフルには、銃剣が取り付けられている。


「――ふっ!」


 並のパイロットならば、敵のトミーガンが突き出した銃剣にコックピットを貫かれていたかもしれない。

 だが、ララの反応速度とタイゴンの追従性は、身をひねって刺突から逃れるばかりか、機兵用三八式突撃銃を鈍器のように扱っての反撃すら可能としていた。


 ――ゴガッ!


 金属同士のぶつかり合う音が、夜のロベ市街に響き渡る。

 トミーガンも標準装備しているこのライフルは、極めて頑強な構造をしており、これの銃床で殴りつけられたならばたまらない。

 まして、タイゴンのパワーを用いているのだから、そのトミーガンは頭部をゴルフボールのように飛ばされる結果となった。


 ――ダアンッ!


 ララ機が素早くライフルを構え直し、頭部を失った敵機のコックピットに一発だけ砲弾を叩き込む。

 それで、その機体は完全に沈黙した。


「こいつっ!」


 一方、ナナの駆るタイゴンも両腰の機兵用分子振動刀を引き抜き、発砲する敵機へ肉薄を果たす。

 ナナ機は三機の中でも特に柔軟な関節可動が可能となっており、猫科の狩猟生物めいた独特なモーションと合わせれば、よほどの至近距離からでも射撃の回避が可能なのである。


「みんな、気をつけて!

 ……囲まれてる」


 自機に機兵用荷電粒子銃を油断なく構えさせたレコが、全員にそう告げた。

 その言葉は、正しく……。

 さらに四機のトミーガンが、周囲の積み重なった瓦礫から姿を現したのである。

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