故郷を焼かれた者たち
「もー!
おじさんたち、おっそーい!」
無線を通じ、ナナが悪態をついたのも無理はない。
ララたち三人が駆るタイゴンと、トミーガンとの機動力差は明らかであり、まさしく、兎と亀のごとき光景が展開されていたのである。
「おじさんじゃない!
それに、こっちだって目一杯にやってるんだ!
新型と同じだけのスピードを要求するな!」
おじさん扱いされたパイロットの一人……。
〇八小隊の隊長を務めるアラン・ドノバン中尉が、負けじと大きな声で返した。
場所は、ロベの郊外付近……。
第二〇三地下壕から各所へ伸びた秘密通路の一つを脱して、間もなくといったところである。
暗視モードにより増幅した星明かりを頼りに、JSたちのタイゴンと、〇八小隊に所属する三機のトミーガンは移動を開始していた。
廃墟の陰から陰へと、隠れ潜みながらの移動であり、このような行動を取らせると、タイゴンとトミーガンの性能差はより顕著なものとなった。
タイゴンが、さながらパルクールのごとく、時に建物を乗り越え、時には傾斜した
時には、タイゴンならば直進可能なルートであっても、迂回する必要に駆られたのだ。
夜間とはいえ、ロベ地上部はいまだ敵との交戦地帯であり、長く留まれば留まるほど、遭遇の危険性は高まる。
だから、ナナが苛立つのは当然といえば当然なのであるが、彼女の場合は、ただ単純にトミーガンの足が遅いことへ焦れているだけであろう。
「もー! あたしたちだけなら、さっさと移動できるのに!
なんで、あのおじさんたちと一緒に行かなきゃならないのー!」
さすがに、タイゴン同士でのみ使用する回線に切り替えながら、ナナがそう愚痴をこぼす。
廃工場の出口で敵機を警戒しつつ、〇八小隊が出てくるのを共に待っていたララは、そんな姉妹の言葉に苦笑いを浮かべた。
廃工場内部は無数の廃材が転がっており、トミーガンらはそれの踏破へ少し手間取っているようだ。
「わたしたちだけじゃ、運べる物資の量に限りがあるから……」
「ララの言う通りよ。
いくらタイゴンのパワーがすごいといっても、機動性を殺さず積載できる限界があるんだから」
無線を通じて、レコが同意を示した。
彼女は
「むぅー……。
つまんないつまんなーい!」
駄々をこねる子供そのままに、ナナがそう叫ぶ。
JSたち三人にとって、タイゴン以外の機体へ歩調を合わせての行動というのは、初めての体験であり……。
ロベの街を脱するまでも、それからの移動も、とかくストレスの溜まるものなのであった。
--
タバコというものが悪者のように扱われだしたのは、確か二十一世紀の初頭にかけてであったか……。
まして、人類が宇宙へ進出するようになってからは、貴重な酸素を消費するこの嗜好品に対する締め付けはますます厳しくなり、今では喫煙者というのは絶滅危惧種となっている。
そう、絶滅を危惧されているだけだ。
滅んだわけではない。
肉体を酷使する仕事においては、疲れをごまかすための品が必要不可欠であり、現在においても、一定の喫煙人口が保たれていた。
特に、日夜命をかけて戦う軍人たちは、擦り減った精神を補うため、タバコに手を出す者が多いのである。
そのようなわけで……。
この第二〇三地下壕においても、数こそ少ないものの喫煙所が設けられており、愛煙家であるリック・エドガー大尉は、今日も今日とて癒やしの一時を得るべく、整備ドック近くのそこを訪れていたのである。
「おや、あなたは?」
「どうも。
大尉殿も、一服ですか?」
しかし、そこでマスタービーグル社のチーフと鉢合わせしたのは、少々意外な出来事であった。
「驚きましたな。
普段は姿を見かけませんが、
「元……というのが、正確ですね。
さて、止めてからどれくらい経ったか……。
いまだに体は未練を覚えているのか、我慢しきれなくなると、こうして煙だけでも吹かしにきます」
「ああ……」
言いながら
これは、フレーバー付きの煙を吹かせることで、喫煙の代償行動とすることができるのだ。
「タバコをやめたのは、彼女たちが関係しているのですか?」
「我ながら、入れ込み過ぎとは思いますが」
他に人もいない気安さで、雑談を始める。
このような場において、他愛もない会話が弾むというのは、人類が宇宙へ進出しても変わらぬ光景であった。
「それにしても、今回の件……。
あなたには、どれだけ礼を言っても足りませんな」
懐から電子加熱式のタバコを取り出し、まずは一口それを楽しんでから、そう語りかける。
「何、彼女たちが希望したから、僕はそれに沿うよう動いたまでのことです。
言ってみれば、互いの利害が一致したということですね」
自らはニコチンもタールも含まれていない煙を吐き出しながら、
「そうはおっしゃいますが、あなたが中将閣下に今回の作戦を提案し、
少女たちを伴い、医療区画へ見舞いに向かった後……。
この地下壕における最高責任者であるボリン中将へ、たった今リックが語ったことを働きかけてくれたのである。
ボリン中将としても、優秀なパイロットが懲罰により戦線離脱するのは避けたい事態であり……。
また、本来は戦闘データ収集を目的とするJSたちが、このような支援任務に参加してくれるのはありがたい申し出だったのだろう。
「繰り返しになりますが、利害の一致ですよ。
トミーガンとタイゴンを組ませた際の運用データは、いずれ必要になりますから」
「データですか。
トミーガンとあの機体では、機動力も火力も大幅にちがうわけですが、果たして有意なデータが得られるでしょうか?」
「有意の定義によります。
例え、かんばしい結果にならなかったとしても、現行機との同時運用が持つ意義は大きいですよ。
それに……」
そこまで言った後、
「僕としては、彼女らを〇八小隊と共に行動させるのは、機体のデータ取り以上に意義があると考えています」
「彼らと共に行動することがですか?」
「ええ」
スティックが切れたのだろう……。
禁煙グッズを仕舞いながら、
「彼女らは、ちょっとした箱入り娘でしてね。
僕を始めとするマスタービーグル社のスタッフ以外とは、ほとんど交流がない。
それが、第一印象の最悪だった大人たちと、共同で作戦行動を行う。
これがもたらす精神的な影響は、大きいことでしょう」
「ほお……」
紙のそれに比べれば微々たる量だが、電子加熱式のタバコでも煙は発生する。
それを吐き出しながら、リックは感心の溜め息を吐いていた。
この、
自ら語ることはないが、前身がパイロット――それもかなりの凄腕だったことは、同族として感じられる。
それに加え、今はマスタービーグル社チーフとしての顔も併せ持つ彼であるが……。
今、見せたのは、そのどちらでもなく、指導者としての顔であり、それがリックには好ましく映ったのだ。
--
「うー……。
なんか、思ってたのと全然ちがーう!」
ロベからほど近い位置に存在する、とある森……。
朝も近いとはいえ、まだまだ夜の闇に支配されている中で、少女の叫びが
「ナナ、騒がないの。
いくらここが共和国の勢力図内だといっても、ロベからそんなに離れてないんだから」
両腕を掲げながら地面に座り込み、不満を体で表現するナナへ、レコがいつも通り冷静に指摘する。
今は、〇八小隊を含む全員が、機体から降りての小休止中だ。
レコの言う通り、最前線であるロベからの距離を思えば油断できる状況ではなかったが、しかし、常に気を張り詰めてはいられないのが人間というものだ。
まして、つい先ほどまで闇に紛れながらロベを脱出してきたのであり、心身にかかる負担は相当なものがある。
この辺りで、一度小休止を挟むというアラン中尉の提案は、理にかなったものであった。
ララたちJSとしても休憩することに異論はなく、むしろナナは真っ先に賛成していたものだったが、そんな彼女が今、文句を言っているのには理由がある。
他でもない……。
目の前に広げられた、レーションであった。
「だってー、このレーション味が濃いばっかりで全然美味しくないんだもん!
それに、火を焚くことだってできないし!
森の中で食事っていうから、焚き火してバーベキューみたいなの想像したのにー!」
「隠密行動中に火なんか起こせるわけないだろう?
こうして明かりは用意してるんだから、これで我慢しろ」
アラン中尉がそう言いながら、地面に置いたカンテラを叩く。
充電式のそれは光量をかなり絞ってはいたが、自分たちの手元を照らし出すには十分だった。
「……ロマンチックじゃない」
ナナがそう言いながら、唇を尖らす。
「でも、確かにあんまり美味しくはないかも」
これまで黙々とレーションを食べていたララが、そんな姉妹に対し部分的な賛同を示した。
「レーションっていうのは、そういうもんだ。
一に保存性、二にカロリー。
三、四がなくって五に味ってね」
自分もレーションを食べながらそう言ったのは、〇八小隊の一人、ベン・カウダー少尉である。
「だが、それなりに美味しく食べる方法がないわけじゃない。
見てな。こういう風に食べるんだ」
同じく〇八小隊の一人、クリス・ウェーバー少尉が、そう言いながらベジタブルクラッカーを一枚手に取った。
そして、それにチリビーンズを乗せると、さらに付属のチーズスプレッドもトッピングし、もう一枚のベジタブルクラッカーで挟んだのである。
「こうしてサンドしてやると、だいぶマシな味になる。
やってごらん」
「えっと、こうですか?」
うながされ、見様見真似で同じようにクラッカーサンドを作り上げた。
そして、それをひと口頬張る。
「……本当だ。
美味しくなりました」
「うん、よかった」
パアッと顔を輝かせたララに、若き少尉がうなずく。
「こいつの実家はパン屋でな。
今のは、そこで得た知恵だ」
「ああ、大抵のものはこうやって挟んでやると美味くなる。
覚えておいて、損はないぜ」
ベン少尉の言葉に、クリス少尉がうなずく。
幼なじみ特有の気安いやり取りを見ながら、ふと疑問に思ったことを尋ねることにした。
「おうちがパン屋さんなのに、軍へ入ったんですか?」
「ああ……」
「まあ、な……」
聞かれた両少尉が、苦笑いを浮かべながら互いを見やる。
「全部、レソンのせいさ」
代わって答えたのは、アラン中尉であった。
「聞いた通り、クリスの家はパン屋だし、ベンの家は工場やってる。で、俺の家は花屋さ。
世の中が平和なら、きっと三人共家業を継いだんだろうけどな」
「レソンが、それを許さなかった?」
「ああ」
レコの言葉に、工場の跡取り息子だったらしいベン少尉がうなずく。
「誰かが、戦わなきゃならない。
他人任せにしちゃいけない。
自分たちが、立ち上がらなくちゃならない」
クリス少尉の言葉を聞いて、アラン中尉が軽く目をつぶった。
もしかしたら、三人で決意した時のことを思い返したのかもしれない。
「だから、俺たちは軍に入ったのさ。
まあ、結果は知っての通り、生まれ故郷のロベは廃墟になっちまったけどな」
中尉の言葉に、場が静まる。
「ひょっとして、今日通ってきた中にも……?」
「ああ、途中で通り抜けた工場が、俺の実家さ。
あの状態じゃ分からなかっただろうけど、缶詰め作ってたんだ」
ベン少尉がそう言うと、次は自分の番だとばかりにクリス少尉が口を開く。
「俺の実家も途中にあったんだぜ?
ほら、お前たちが滑り台代わりにしていた建物だ」
「えー!?
だって、訓練で
文句は聞かないよー!」
「別に、文句があるわけじゃないけどな」
ナナの開き直った態度に、クリス少尉が苦笑いを浮かべる。
「そんなわけで、建物や家財はのきなみ駄目になっちまった。
それでもせめて、残されたものは守ってやらないとな」
口調や仕草はおどけた風に……。
しかし、瞳には静かな闘志を宿したアラン中尉が、そう言って締めくくる。
ララがつい口を聞いたのは、そんな彼らの姿を見て感じるものがあったからだろう。
「……また、作り直せばいいんです」
「ん?」
聞き直してきた中尉に、今度ははっきりと告げる。
「また、街を作り直せばいいんです。
帝政レソンを、追い払った後に」
「もう、ララ。
そんな簡単なわけないでしょう?」
たしなめてくるレコを、アラン中尉が制した。
「いや、その通りだ。
やるさ。必ずな」
「ああ、やろうぜ」
「まずは、アランのおふくろさんを元気にしてやらないとな」
アラン中尉の言葉に、両少尉が同意する。
と、そこでベン少尉がにやりと笑ってみせた。
「いや、アラン中尉殿だったか?」
「よせよせ」
アラン・ドノバンは、幼なじみの言葉に苦笑してみせたのである。
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