第三話 山猫よ眠れ

未来のために

 軽量にして強靭きょうじんなガンマ合金製の装甲に包まれた戦人センジンであるが、しかし、兵器の開発競争というものは、盾に対して矛が一歩も二歩もリードするというのが常である。

 結果、対戦人センジン用兵器は、戦人センジンに対し一撃必殺の火力を獲得しており……。

 それらの直撃を受けた機体は、内包していたパイロット共々、悲惨な屍を戦場に晒すものであった。


 しかしながら、今回、マスタービーグル社が検証のため回収したトミーガンほど凄惨せいさんに破壊された機体など、おそらく、他にはあるまい。

 何しろ、この残骸ざんがい……パイロットが収まる胴体部のほとんどを、消滅させられているのだ。

 血も肉も、金属もゴムも……。

 そこに存在していた全てが、超高温で一瞬にして焼かれた結果、まるで最初からこの世に存在しなかったかのように、消え失せてしまっているのである。


 そうして胴体に穿うがたれた大穴のふちは、飴のように焼け溶けてしまっており……。

 果たして、どれほどの温度で焼かれた結果なのかは、想像することもできない。


「すさまじい威力だな」


 第二〇三地下壕の司令官ボリン中将は、はりつけ刑のようにハンガーで保持されているトミーガンを見上げながら、そうつぶやいた。

 同地下壕内に存在する、整備ドックでの出来事である。


 これは、マスタービーグル社によるデモンストレーションの一環だった。

 詳細なデータ取りの前に、ボリンを始めとする高級将校へこの残骸ざんがいを見せつけることで、新兵器の実力をアピールしているのである。

 その効果は、抜群であった。


「とてもじゃないが、対戦人センジンに用いる火力ではない……」


「これほどの威力と、カタログ通りの射程があるならば、対拠点用兵器として十分運用できるのではないだろうか?」


「場合によっては、陸から海上艦艇と殴り合うことすら可能かもしれんぞ」


 このトミーガンを撃墜した新兵器の威力に、将校たちは魅了され、ここロベを巡る戦いのみならず、他での活用法すら考え始めたのである。


戦人センジンサイズのビーム兵器、か……」


 ボリン中将はそうつぶやきながら、獲物を誇る狩人のように、はりつけとなったトミーガンの隣へ立つタイゴンを見やった。

 現在は無人のため、全身の関節をロックされた機体が保持するのは、自身の全長にも匹敵する長大な狙撃銃である。


 その銃口から撃ち放たれるのは、砲弾ではない。

 亜光速に達するまで加速された、重金属粒子である。


 ――機兵用荷電粒子銃。


 荷電粒子砲――俗にいうビーム兵器自体は、すでに実用化されて久しい。

 しかし、これを実装可能なのは、艦船レベルの大型兵器に限られていた。

 それが、はりつけでも運用可能な大きさにダウンサイジングされる……。

 技術革新の四文字で片付けるには、あまりに大きな変化であった。


 しかも、実際にこれを運用しているタイゴンの機動性と踏破性は折り紙つきであり、事実上、どのような場所からでもビームによる砲撃を可能としているのだ。

 これが戦場にもたらす変化は、どれほどのものになるだろうか……。

 ナポレオンの昔より、革新的な砲撃技術というものは、しばしば戦場の形態そのものを変えてきたのである。


「ある意味、これを運用するタイゴンそのものよりも魅力的だ」


弊社へいしゃとしても、多大な投資を経てようやく完成した兵器ですから、そのように言って頂けるのは助かります」


 タイゴンの足元で、自動車のディーラーよろしく一同を見回していたワンが、自信たっぷりにうなずく。


「他の二機に施した武装は、あくまで従来の兵装及びその改良型であり、戦人センジン戦術そのものを一変させるものではありません。

 しかし、本機が装備した機兵用荷電粒子銃こそは、運用するタイゴンの性能と合わせて、戦場を一変させる兵器であると断言しましょう」


 真紅のスーツに身を包んだ男が、そう言いながらサングラス越しの視線を将校たちに向けた。

 そして、大げさな身振りを交えての言葉がハッタリでないと思わせる説得力が、撃破されたトミーガンの残骸ざんがいには存在したのである。




--




 モニターに映し出されている光景は、実際に戦場で目にするものと寸分のちがいもなく……。

 シミュレーターの筐体きょうたい内でありながら、実際にタイゴンのコックピットへ乗り込んでいるような錯覚をもたらす。

 とはいえ、ここには急激な回避運動で発生するGも、マシーン越しに感じられるはっきりとした殺意も、敵機を撃墜した時に得られる確かな手応えもないわけであるが……。


 それでも、訓練として効果的であることに変わりはなく、レコは今日も与えられた自由時間を、この筐体きょうたい内で過ごしていたのであった。


「――そこっ!」


 戦人センジンによる狙撃というのは、高度な演算能力を備えたコンピュータによる予測射撃に他ならない。

 ゆえに、パイロットが動作として行うのは、狙撃目標をロックオンし、しかるべきタイミングでトリガーを引くというものである。

 狙撃兵が登場し始めた世界大戦期に見られたような、センスと読みを競い合う狙撃戦というものは、失われて久しいのだ。


 コンピュータ制御ゆえの、冷たく、そして精密な射撃……。

 それに狙われた画面内のトミーガンが、回避運動もむなしく胴体に直撃を受け、倒れた。


「一機撃破……」


 つぶやきながら、次の獲物を探す。

 狙撃を行えば、当然、狙撃手の位置は敵に把握される。

 ゆえに、いつまでも同じポイントに留まるのは愚の骨頂であるが、そこは最新鋭の装備に合わせ、専用の調整を施されたレコ機だ。

 超長距離から放たれる重金属粒子の槍は、敵機たちに距離を詰めさせることなど許さず、余さずこれを撃墜したのである。


 無論、生身の人間を内包した敵機が、なんの策もなくただ接近を試みるようなことなど、実戦ではあるはずがない。

 しかし、もしも――幸運なことに――そのような展開になった場合、一方的に敵をせん滅せしめることが可能というシミュレート結果は、レコに自信を与えてくれた。


「ふう……」


 筐体きょうたいから降り、軽く息を吐く。

 シミュレーターといえど、映し出される映像の迫力は本物……。

 それによって生じた疲労とストレスを捨て去るかのように、艷やかな黒髪を払った。


「やっているな」


 そんな彼女へ、声と共に缶ジュースが差し出される。


ワンさん」


 ぱあっと表情を明るくしてしまうのは、我ながら飼い犬のようだと思う。

 事実、自分たちJSには生まれつき洗脳にも似た措置が施されており、ワンを始めとした一部の人間に抱く親愛と忠節は、軍用犬のそれに勝るものがあるのだ。


 その理屈は頭で理解しているが、しかし、どうでもいいとも思えてしまう。

 今、この時に抱く感情こそ全てであり……。

 そもそも、人造兵士であるJSに選択の余地などないのだ。

 ならば、ポジティブにありのままを受け入れるのが、健康的な生き方というものだった。


「ありがとうございます」


 ワンから差し出されたジュースはよく冷えており、銘柄もレコが好むものである。

 これを一口飲むと、自主訓練の疲れも吹き飛ぶような気がした。


「自由時間に自主訓練というのは感心するが、何事もオーバーワークはよくないぞ。

 僕も気をつけるが、ある程度は自分で区切りをつけるようにな」


「はい。

 ララたちは、どうしてますか?」


 姉妹たちについて、尋ねる。

 彼女たちも、貴重な自由時間を思うように過ごしているはずだった。


「ララはパンケーキ作りに励んでいる。

 最初は僕が教えてやったが、もう一人でも大丈夫そうなのでこっちの様子を見に来たわけだ。

 レコたちの分も焼くと言っていたから、後で食べさせてもらうといい。

 ナナは、用意しておいた服を色々と組み合わせて自撮りを楽しんでいるようだったな」


 そこまで言うと、ワンはサングラス越しの視線をちらりとこちらに向けてくる。


「レコは、何かないのか?」


「何か……と、言いますと?」


「ああ、すまない。

 漠然とした聞き方をしてしまった。

 趣味……いや、そこまでいかなくともいいな。

 何かこう、余暇に楽しみたいことだ」


 そう言うと、ワンは『小学校』の一角に視線を向けた。

 そこでは、マスタービーグル社から派遣された整備士たちが休憩を取っており、パイプ椅子に腰かけた彼らは、何やら携帯ゲーム機で対戦をしているようだ。


「例えば、あそこにいる彼らの場合はゲームだな。

 別にゲームでなくとも、映画を見たり本を読んだりするのでもいい。

 そういったものには、興味が持てないか?」


ワンさんが命じるならば、やりますが……」


「ああ、いや、何かをやれと強制したいわけではないんだ」


 どうやら、少し困らせてしまったようなので……。

 どうにか、自分なりの言葉を絞り出す。

 すると、口をついて出たのは、常日頃から考えていることであった。


「何かやりたいことがあるのか、といえば、やっぱり訓練が私のやりたいことになるんだと思います。

 私は、自分の存在価値を証明しないといけませんから。

 自分のためだけじゃない……。

 スクールで訓練中の、妹たちのためにも」


 ――スクール。


 それは、マスタービーグル社が某惑星に創り上げたJSの製造施設を指す言葉である。

 内部では、およそ三十人余りの妹たちが訓練を受けているのだ。

 そして、これから先、妹たちがどうなるかは、初期ロットであるレコたちの実戦データを基に決定されるのである。


 もしも、評価が芳しくなかったなら……。

 さすがに、殺処分などというのは考えづらい。

 しかし、決して明るい未来でないことだけは、間違いなかった。

 もっとも、戦場で人を殺すことが明るい未来であると仮定するならば、だが……。


「そこまで心配せずとも、本社は君たちの活躍を極めて高く評価しているぞ」


「今のところは、ですよね?」


 そう言い返すと、ワンは額の傷を軽くなぞる。


「まあ……今のところだ」


 そして、しばらく考えた後、苦笑いしながらこう告げたのだ。


「今、たまたま上手くいってるからといって、油断することはできません。

 現に、先日の任務では、かなりのところまで追い込まれました」


「あれは、敵ががんばったというところだ。

 あのような武装、うちでは扱っていないからね。

 レソンもレソンなりに、独自の技術開発へ力を注いでいるということだろう」


「だから、少しでも努力を積みたいんです。

 何があっても、ララたちを守れるように……。

 そして、これから生まれる妹たちの未来を切り開けるように」


 そう言いながら飲み干した空き缶を投げると、それは狙い過たず、リサイクルボックスの小さな投入口へと吸い込まれていった。

 タイゴンに乗っての狙撃は、コンピュータ制御によるものだが……。

 それが、彼女にスナイパーの資質がないと意味するわけでないのは、これを見れば明らかだろう。

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