〇八小隊の不和

 軍隊を維持する上で欠かせないものの一つに挙げられるのが、食である。

 古来より、様々な形で実証されているように、飯を食えない軍隊ほど弱いものはない。

 それは、単に空腹を抱えて戦うのが困難であるという意味もあるが、それ以上に、兵へ満足な食事を与えられない軍は、イコールで兵站が破綻しているという図式が成り立つからだ。


 ゆえに、古今東西、あらゆる軍はこれを重要視し、力を入れてきた。

 ライラ共和国もその例外ではなく、この第二〇三地下壕は、一種の籠城状態であるにも関わらず、兵たちに十分な食事を与えることに成功している。

 その証左といえるのが、食堂で繰り広げられている光景であった。


 士官と兵との区別なく、全ての共和国軍人がここで食事を取る。

 彼らが笑顔を浮かべているのは、他に楽しみらしい楽しみがない地下生活で、ここの食事が癒やしとして機能していることを意味していた。

 補給の当てがない籠城状態のため、さすがにバイキング形式ではないが、それでもプレートに盛られた料理は品数、ボリューム共に十分なものなのだ。


 かねてより、共和国が帝政レソンを危険視し、その侵攻に備え物資を溜め込んでいた成果であるといえよう。


「あー、レコちゃんソーセージ食べないの?

 なら、あたしが食べたげる!」


「ちょっと、それは後の楽しみに取っておいたの!

 もう! 代わりにそのプラムをもらうから!」


 この食事には、食べ盛りな少女たちも満足らしく、ナナとレコはにぎやかなやり取りを交わしながら食事を楽しんでいた。


「どうだ、ララ?

 希望通り食堂に混ぜてもらったが、料理の感想は?」


 一方、姉妹たちと異なり黙々と食べ進めていたのがララで、ワンはそんな彼女にそう話しかける。


「はい!

 ちょっと味付けは濃いですけど、でも、食べごたえがあって美味しいです」


 チリビーンズを食べていたララは、食事の手を止めてそう答えた。


「はっはっは。

 まあ、味付けが濃いのは仕方ない。

 どこの軍でも、そこは共通だ」


 そんな少女の感想に、ワンがおだやかな笑みを浮かべる。


「むぐ……。

 ワンさんも、昔は軍でご飯を食べてたんですか?」


「ちょっと、ナナ。

 食べるか話すか、どっちかになさい」


 レコにたしなめられながら尋ねたナナの言葉に、ワンはサングラスの奥に隠された瞳で遠くを見やった。

 このような時、額に存在する特徴的な古傷を触るのは、この男の癖だ。


「どうだったかな……。

 昔のことだから、よく覚えてはいないな」


「あー、はぐらかした!

 ずっるーい!」


 偽名とサングラスの下へ過去を隠した男の言葉に、ナナが唇を尖らせる。


「もう、誰にだって言いたくないことはあるんだから……」


 そんなナナをレコがたしなめていると、不意にララが口を開く。


「でも、わたしも少し気になります。

 ワンさんが、昔は何をしていたのか……」


「ふむ……」


 ナナのものとは異なる、純真な疑問……。

 それをぶつけられ、ワンは少し思案げにする。


「まあ、軍人であったことは間違いない。

 といっても、磨いたのは人殺しの技術ではなく、料理の腕だがな」


「うんうん! ここのマフィンも悪くないけど、やっぱりワンさんの作ったやつが一番だよ!」


「はっはっは、マフィン作りは得意分野だからな」


 ナナとワンがいつも通りのやり取りをする中で、ふとレコがララに視線を向けた。


「そういえば、どうして急に共和国軍の食堂が気になったの?」


「えーと……」


 そう言われて、ララはしばし食べる手を止め、考え込んだ。

 この様子を見るに、本人もそこまで深く考えて要望したわけではないのだろう。


「そういえば、そうだよね。

 あたしたちの方も、ここへ来る前に十分なご飯を用意してあるし!」


「我々は、あくまでここを間借りして実戦テストを行う立場だからな。

 今回は中将閣下が特別に許可を下さったが、食事や弾薬の補給で迷惑はかけぬよう、必要十分な物資をあらかじめ搬入してある」


 ナナの言葉を、ワンが補足する。

 地下壕内で『小学校』と呼ばれているマスタービーグル社の専用区画内は、基地内における第二の基地と呼んで過言ではないほど、設備的にも物資的にも充実していた。

 共和国と帝政レソン……敵対する両国に武器提供する立場を活かし、開戦時期を正確に把握したマスタービーグル社は、万全の準備と共に新型機と専用パイロットを送り込んだのだ。


「共和国の人たちが、ちゃんとご飯を食べられてるのかなっていうのが気になって……。

 わたし、その……自分が食べるの好きだから」


 恥ずかしそうに頬を押さえたララが、自分なりの答えを口にする。


「ふむ……自分が幸せだと思うことを、他の誰かもできているかを知るのは大事なことだ。

 我々が戦うのは、他者の幸福を守るためなのだから、な」


 そんな少女の頭を無意識に撫でてやりながら、ワンがそう語った。

 それは、年端もいかぬ少女を導くための言葉というより……。

 どこか、自分自身へ語りかけているかのようだったのである。


「あー! ララばっか撫でてもらってずっるーい!

 ねえねえ、ワンさん! あたしはあたしは?」


「え、えへへ……」


 ナナが文句を言い、ララが恥ずかしげにしていたその時だ。


「だから、バカなことはするなと言ってるんだ!」


「そうだ! そんなことに付き合あえるか!」


 背後の席で怒鳴り声が響く。


「なんだ?」


 その騒々しさに、ワンは思わず振り返り……。


「バカなこととはなんだ!?」


 結果、怒声と共に背後から飛んできたプレートが、彼の顔面を直撃することとなった。


「…………………………」


 無言を貫く彼の顔面に貼り付いていたプレートが、ゆっくりとズレ落ちる。

 それが、少女たちの……JSにとっての、引き金となった。


 年頃の少女らしく、表情豊かに食事を楽しんでいた彼女らの顔が、瞬間的に変質する。

 それは、いっそ無機質といっていいほど機械的なものであり……。

 ある意味、人造された兵士にはふさわしいものであるのかもしれなかった。


「――うっ!?」


「――ぐおっ!?」


「――うわっ!?」


 素早く後ろのテーブルに回り込んだJSたちが、言い争っていた三人の兵士を拘束しにかかる。

 結果、席に着いていた彼らは、恐るべき力で床に引きずり下ろされ、たちまち押さえ込まれることとなった。


 抵抗など、できるはずもない。

 少女たちの怪力ぶりときたら、人に押さえ込まれているというよりは、プレス機にでもかけられているかのようだ。


「ぐっ……ううっ……!」


「ああっ……!」


「おおおっ……!」


 自分の筋肉と骨のきしむ音を聞いた兵士たちが、苦悶の声を漏らした。

 このまま少女たちが力を加え続ければ、彼らを文字通り押しつぶしてしまえるのではないか……?

 その直感は、間違いではないだろう。


「三人共、もういい。そこまでだ。

 彼らを放してやってくれ」


 JSたちがぴたりと動きを止めたのは、その時だ。

 見れば、ワンがハンカチで顔をぬぐいながら、ゆっくりと立ち上がっていたのである。


「すまないな。

 彼女らは、護衛対象として設定されている人物――この場合、僕に危害が加えられると、過剰に反応してしまうところがあるんだ」


 その口調も、表情も、実におだやかなものだ。

 しかし、サングラスの奥に隠された目が笑っていないことは、ぶちまけられた料理で汚れた顔と真紅のスーツを見れば、容易に想像がついたのである。




--




 戦人センジン中隊の指揮官ともなれば、その職務は多岐に渡るものだ。

 通常、戦人センジンは三機で一個小隊を形成し、それが三つ集まると中隊として扱われるようになる。

 ならば、戦人センジン中隊の人数は合計で九人なのかといえば、そのようなことはない。


 主として整備士が該当するが、戦人センジンの戦闘力を維持するのに必要な人員というものがあり、一機につき、おおよそ十名ほどが割り当てられることとなっている。

 すなわち、戦人センジン中隊の指揮官というのは、およそ百名ほどの人員を束ねる役職なのだ。


 そうなると、必然、揉め事の仲裁などを行う機会も多くなる。

 軍人というのは、おおよそ血の気が多いものであり、そういった連中が身を寄せ合い、命を預け合っているのだから、これは当然のことだ。

 隊員同士で発生する揉め事をどう処するかは、指揮官として重大な能力であるといえた。


 第〇三戦人センジン中隊隊長リック・エドガー大尉が、このような問題に対し選んだ対処法は、寛容な態度で見守るというものである。

 結局、何をどうしたところで揉め事は起きてしまうものなのだ。

 ならば、度を超えない限りは黙認してやり、適度にガス抜きしてやろうというのが彼のやり方なのである。


 無責任にも思える対応であるが、存外、上から過剰に押さえつけるよりは抑止できてしまうものであり、この手の問題に関して、彼はこれまで上手くやってこれていたのであった。


 しかし、現在の第二〇三地下壕における最強戦力たるJS小隊と問題を起こしたというのは、黙認できる範疇はんちゅうを超えている。

 結果、彼は食堂の片隅において、深々と頭を下げる羽目になっていたのであった。


「私の部下が、本当に申し訳ない……!

 一体、なんとお詫びしたものか……!」


「頭をお上げください、大尉殿。

 聞けば、彼らにものっぴきならない事情があるようではないですか」


 最高の謝辞を姿勢で示す共和国軍人に対し、マスタービーグル社から派遣されたチーフは鷹揚おうようにそう答える。

 サングラス越しの視線は、リックの背後で正座する三人のパイロットたちに向けられていた。


 アラン・ドノバン中尉。

 ベン・カウダー少尉。

 クリス・ウェーバー少尉。


 アラン中尉を隊長とする、第〇八戦人センジン小隊のパイロットたちである。

 いずれも若いが、その技量には見るべきものがあり……。

 しかも、三人共がここロベで生まれ育った幼なじみであることから、故郷の地を守り抜こうとする戦意と、幼い頃から培ってきたコンビネーションでもって、高い戦果を上げてきていた。


 いうなれば、ここ第二〇三地下壕におけるエースパイロットたちであり、リックとしても目をかけてきた三人なのである。

 それがまさか、このような問題を起こすとは……。


「私が聞いたところでは、彼らが喧嘩するのにワン殿が巻き込まれたという話ですが?」


「そうです!

 振り向いたら、彼らの一人が投げてきたプレートがワンさんに当たって……!

 一体、部下の方たちにどんな教育をされているんですか!」


「そうです!

 せっかくのお料理を、投げてしまうなんて……!」


 抗議する黒髪の少女と、どこかずれたことを言っているブロンズ髪の少女が、当のワン本人によって制された。


「二人共、そこまでにしなさい。

 大尉殿。おおよそ、その認識で問題ありません。

 ただ、その喧嘩へ至ったという理由に同情すべきところがあり、僕としてはこれ以上問題を大きくするつもりはなくなったのです」


 さすがに顔こそ綺麗にぬぐったものの、トレードマークである赤いスーツは料理で染みだらけとなったワンが、そう言いながら肩をすくめた。


 一方、そんな彼とは裏腹に膨れ面をしているのがJSたちで、特に金髪の少女は不機嫌さを隠そうともしていない。


ワンさんは優しすぎると思うなー。

 せっかくの楽しいご飯が、台無しになっちゃったのにー!」


「ナナ、そうむやみに事を荒立てようとするものではない。

 それに、君も彼らが喧嘩していた事情は聞いただろう?

 三人の悩みに比べれば、僕が汚れた程度は些末な問題さ」


 ナナという少女にそう諭すと、ワンはこちらに振り向いた。


「大尉殿。ともかく、彼らの話を聞いてやってはもらえませんか?」


「ふむ……。

 お前たち、私にも話してみろ?」


 リックがそう言うと、小隊長であるアランが代表して口を開いたのである。

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