見舞いを経て

 かねてより、長期化するだろう帝政レソンとの戦争を見越し建造された第二〇三地下壕の設備は見事なもので、内部には核融合による発電施設を始め、スペースコロニー技術を応用した農業プラントなども存在しており、備蓄に頼らずとも超長期間の籠城が可能となっている。

 しかし、それでも内部で賄えない物品は多い。

 医療用品などはその最たるもので、それが今回、第〇八戦人センジン小隊内での不和を引き起こした。


「つまり……アラン中尉は次の出撃にかこつけてロベを脱し、血漿けっしょうを取りに行こうとしていたわけか」


 彼らの話を聞いたリック大尉は、溜め息をつきながらそう話をまとめる。


「分かっているのか?

 貴官がしようとしていたのは、重大な命令違反であり敵前逃亡なのだぞ?」


「……全て承知の上です」


 大尉の言葉を受けて、隊員らと共に正座中の〇八小隊隊長は観念しながらそう答えた。

 その潔いといえば潔い態度に、中隊指揮官はますます溜め息を深める。


「一体、どうしてそのようなことをしようとしたのだ?」


「……造血障害をわずらわっている自分の母も、ここに避難しています。

 母には、定期的な血漿けっしょうの輸血が必要不可欠なのです」


 ぽつぽつと、絞り出すように吐き出された言葉……。

 それを聞いたララが、こくりと首をかしげた。


「ぞうけつしょうがい……?」


「言葉通り、正常な血液が作れなくなってしまう病気よ。

 もちろん、そのままじゃ生きていけないから、さっき話に出てきた血漿けっしょうというのを定期的に輸血しなければいけないわ」


 姉妹にそう解説したのは、黒髪のJS――レコである。


「でもー、ここっていろんな設備があるよねー。

 その、けっしょーっていうのは作ることができないのー?」


 金髪をかき上げながら尋ねたのは、ナナだ。


「私に聞かれても……。

 どうなんですか? ワンさん」


「僕とて、この地下壕建設に関わったわけではないからな。

 だが、限られた時間、人員、予算で準備するわけだから、何事にも限界というものがある。

 その点、僕の目から見れば、ここの医療設備は前線のそれとして、十分なものと思えるが……」


 ワンはそこまで言うと、サングラス越しの視線をリック大尉に投げた。

 それを受けて彼が吐き出した溜め息は、先までのものとはまた性質が異なるものだったのである。


「もし、帝政レソンの攻撃があと三ヶ月ばかり遅ければ……。

 あるいは、私の部下たちは喧嘩せずに済んだことでしょう」


「そして、僕のスーツが汚れることもなかったわけだ。

 まったく、いつだって悪いのはレソン帝国だな」


 おどけたようにそう言った後、スーツの汚れた男は正座しているパイロットたちを見据えた。


「そのようなわけで、僕としては全てレソンのせいにして、あとは水に流したいと思っています。

 あとは、大尉殿次第ですが?」


 そう話を振られ、彼らを処罰すべき立場にある男は苦渋の表情を浮かべる。


「未遂ではあります。

 未遂ではありますが、私の立場としては、かような計画を練っていたと知った以上――」


「――大尉殿、お待ちください」


 上官の言葉をさえぎったのは、アラン中尉であった。


「計画を練ったのは、あくまで自分一人であり、ベン少尉とクリス少尉はそれに反対しました。

 結果、喧嘩となりマスタービーグル社の方にはご迷惑をおかけしましたが……。

 ともかく、二人にはどうか寛大な処置をお願いします」


 深く……深く、頭を下げながらの嘆願たんがん

 これに口を挟んだのは、意外にも両脇で正座する彼の仲間たちだった。


「いえ、どうか自分たちにも同様の罰をお与えください」


「こいつが……いえ、アラン中尉が母の病気で悩み苦しんでいたことを、自分もベン少尉も知って見ぬふりをしていました。

 軍規を犯すことも辞さないほど彼が自分を追い込んでしまったのは、自分たちの責任でもあります」


「ベン……!?

 クリス……!?」


 アラン中尉が、両脇の仲間たちを見やる。

 口論し、果ては掴み合いの喧嘩をする一歩手前までいった彼らに擁護されるとは、思いもよらなかったにちがいない。


「うむ……そう言われてもな……」


 これを受けて、眉間にしわを寄せたのがリック大尉だ。

 おそらくは、彼が罰として考えていたのは一定期間の禁固刑であろう。

 アラン中尉一人が抜けるだけでも戦力的な低下は大きいが、〇八小隊全員が禁固刑となると目も当てられないことになる。

 何より、リック大尉自身の面子めんつを考えても、三名全てへの処罰は避けたいにちがいない。


「お前たちの言いたいことは分かった。

 が、しかし――」


「――あの」


 大尉の言葉をさえぎったのは、予想だにしない人物であった。

 おずおずと、手を上げながら……。

 ブロンズ髪の少女――ララは、口を開いたのである。


「何かな? お嬢さん」


 見た目は年端もいかぬ少女だが、その実態は軍功抜群のパイロットであり、生身でも屈強な兵士を制圧できる実力者だ。

 ゆえに、リック大尉は相応の敬意を持って彼女に尋ねた。


 大尉ばかりではない……。

 〇八小隊の隊員はおろか、ワンや彼女の姉妹までもが一斉に視線を送る。


「えっと、その……」


 注目を浴びるのは得意じゃないのか、ララは恥ずかしげに身をよじっていたが……。


「わたし、中尉のお母さんをお見舞いしたいです!」


 意を決すると、そう言ったのである。




--




 病院内の光景というものは、近代医療のいしずえが確立された二十世紀の時代からさして変わることはなく、白に染められた空間へ消毒液の臭いが漂うというものだ。

 それは、ここ第二〇三地下壕内に存在する医療区画においても同じであり……。

 各病室においては、負傷した共和国兵や病魔に侵された避難民たちが、軍民の垣根なく治療を受けているのである。


 アラン中尉の母が病床を与えられたのは、八人ほどでの相部屋であった。


「いやですねえ。うちの息子が大げさに騒いだばっかりに、貴重なベッドを使わせて頂いて……」


 中尉の母は、見舞いへ訪れた一同に対し、気丈にもそう言い放ったものだったが……。

 しかし、その顔色は悪く、元は小肥であったのだろう頬がこけているのと合わせて、不調さがありありと伝わってきたのである。


「授業の一環なんですってね? こうやってお見舞いに来てくれて……」


「ええ、このような状況ですが、子供たちには可能な限りの教育を受けさせてあげたいですから。

 今日は、彼女らがクラスを代表して、入院中の皆様に歌を届けさせて頂きます」


 中尉の母へ応じるワンの姿は、普段と打って変わったものであった。

 病院という場所を考慮し、血が連想される赤いスーツではなく地味な色合いのスーツを着用し……。

 分厚いサングラスも外して、端正な顔立ちを惜しげもなく晒している。

 額の傷だけはどうしようもないが、なるほど、この格好ならば引率の教師と思えなくもない。


「あらあら、感心な子たちだねえ。

 こんな状況だし、お薬が不足している方も多いけど、お嬢ちゃんたちのお歌を聞ければ、きっとみんな元気を取り戻すよ」


「はい! がんばります!」


 JSたちを代表して、ララが元気よく答え……。

 それで、中尉の母に対するお見舞いは終了となる。

 今日、JSたちはあくまで一般の子供としてここに連れられてきており、〇八小隊の一件に関しても母君へは伝えていない。

 よって、見舞いは各病室に対して満遍なく行なうこととなり、中尉の母と交わした会話はかように短いものとなった。


 問題は、練習などろくにしたことのない歌に関してであったが、そもそも、こういった催しに関して上手さを追求するなど無粋ぶすいの極みである。

 また、ブランド物の子供服を着せられたJSたちが非常にかわいらしかったことから、ホールに集められた患者たちは心からの拍手を送ってくれたのだ。


「どうかな? ここの医療区画を訪れた感想は?」


 その帰り道……。

 『小学校』が存在する整備ドックへの通路を歩きながら、ワンはJSたちにそう尋ねた。


「はーい!

 カワイイ服も着られたしー、みんなイッパイ褒めくれてすーっごく楽しかったでーす!」


 元気いっぱいにそう答えたのは、ナナだ。


「はっはっは。

 そう言ってくれると、君たちのファッションショーに付き合った甲斐かいもあるな」


 JSの遺伝子にそのような調整は施されていないので、あれはやはり女の子の本能なのだろう。

 昨晩、こういうこともあろうかと持ち込んでおいた子供服を三人がいじり回し、試着しては感想を求められた時のことが思い起こされる。

 語彙ごい力の限りを尽くし、それに答えるというのは、いかなる戦場よりも疲れる仕事であった。


「もう、ナナってば……。

 ワンさんが聞きたいのは、そういうことじゃないでしょう?」


 普段はストレートにしている黒髪を、着ている服に合わせツインテールにしたレコがそうたしなめる。

 余談だが、これを結わえてやったのもワンだ。

 マスタービーグル社のチーフに求められるスキルは、多岐にわたるのである。


「アラン中尉のお母さんもそうですけど、他にも、お薬の足らない人が多かったです」


 ララが、やや表情を暗くしながらそう答えた。

 彼女の言ったことは事実であり、病床を用意された患者の内、特に基礎疾患を持つ者たちは必要な薬が足りておらず、ただ安静にさせられているだけといった有様だったのである。


「大尉殿の言葉ではないが、とにかく時間が足らなかったということだ。

 この地下壕に期待された役割を思えば、どうしても外傷に対処するための医薬品が中心となってしまうからな」


「そもそも、こんなに民間の人たちが避難してきてるのが想定外なんですっけー?」


 あごに指を当てながら、ナナが思い返す。


「偉いな、ナナ。

 よく覚えていた」


「わっ……。

 えへへー」


 褒めながら頭を撫でてやると、小動物がそうするように気持ちよさそうな笑みを浮かべた。

 こういう時のナナは、子猫か何かを想起させるのだ。


「帝政レソンは、国境付近での軍事演習と見せかけて電撃的に侵攻してきたものね。

 おかげで、民間人たちも多数が逃げ遅れることになったわ」


「そう、その通りだ。

 何しろ、当のレソン軍においても、末端の兵には知らされていない奇襲作戦だったからな。

 効果はてきめんだったということだ」


 レコにも同じように手を伸ばしてやると、少しためらったものの素直に受け入れ、撫でられてくれる。


「それで、中尉のお母さんみたいな人が、苦しむことになってるんですね……」


 そんな風にしていると、今回の見舞いを言い出したララが、思い悩んだような表情を浮かべた。

 そして、しばらくそうしていると、意を決したようにワンの前へと駆け出し、振り向いたのだ。


「ワンさん!

 わたし、あの人たちを助けてあげたいです!」


「ふむ……」


 そう言われて立ち止まり、少し思案するようにあごへ手をやる。

 しかし、実のところ彼女がこう言い出すだろうことは、織り込み済みであった。

 中尉の母のみならず、医療区画全体を回るような形にしたのも、思考を誘導する目論見があったのだ。


「いいだろう。

 実は、僕もこの件に関しては思うところがあってな。

 それゆえ、大尉殿には無理を言って、〇八小隊の処遇について保留してもらっていたのだ」


 そう言った後、ララに向けて手を伸ばした。


「ララ。

 苦しむ人を助けたいというその気持ちを、大事にしなさい」


ワンさん……。

 えへへ……」


 撫でられた少女は、嬉しそうにはにかんでみせたが……。

 撫でている側は、そんな少女の純真さを利用しているのだ。

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