新井さんの教え方

「ししょー!お弁当がいっぱいありますよ!6個も!」




鍋川ちゃんは両手にそれぞれお弁当が3つ入った白い袋を下げて戻ってきた。何のお弁当だろうと、隙間からチラチラと覗いている。




ブライアン君も、でかめなペットボトルのお茶を3本抱えて戻ってきた。お釣りと一緒にして、俺に渡す。




「カツカレー弁当と野菜とお魚の彩り幕の内弁当だな。残さず食えよ!2つくらいペロッといかないとな」




「美味しそうですね!」




「めっちゃ腹減ってたんすよ!いただきます!」




「ちゃんと手洗いうがいしろよ!日々健康すなわちそれ成長なり。新井塾の心掛けその1だ」




3人でおケツをフリフリしながら水道で並び、手をキレイに洗ってからお弁当を食べ始める。





チップの巻かれた人工芝に胡座をかき、ひっくり返して新聞紙を乗っけたカゴをテーブルにして、雑にお弁当を食べ始める。




思っていたよりも厚切りなカツを食らいつつ、ご飯をルーの容器にくぐらせる。







「ししょー! 幕の内弁当の煮物、とても美味しいですよ!」




「どれどれ………。おおっ、ほんとだ!優しい味で美味いな!」



「みのりんさんの煮物とどっちが美味しいですかね?」




「何を言わせたいんだ、お弟子1号は」





「ししょー!俺もみのりんさんのご飯食べてみたいっす!」





「1軍でホームラン打ったらな」




「じゃあ、開幕戦の夜に予約でよろしくお願いします!スコーンと場外までかますつもりなんで」




「あはは!言うね、ブライアン君。でも開幕戦は札幌だから、どのみちその夜は無理だけど」




「なるほど、そうでしたね! カツカレーうめえっ!!」





ささっと食事を済ませたらまたトレーニング再開だ。




「そうそう、そうそうそう!いいね!ちゃんと下半身使えてるじゃん、その調子、調子!」




お弁当をペロッと2つ食べ終えた後は、30分ほどの食休みを経て、4割打者によるお待ちかねのバッティング指導。




まずは鍋川ちゃんから。




立ったままトスを上げて、それを彼女が近距離のネットに向かって打ち返す。自分で持ってきた、女子選手が振るには少し重たいくらいのバット。



もしかしたら、俺にとっても重たいくらいかもしれない。



しっかりとそのバットには使い込んだ証がある。





カシィ!





カシィ!





カシィ!!






木製バットの構えた音が練習場に響き渡る。去年とはまるで違う。膝を柔らかく使い、腰が鋭くぐるんと回って、体に巻き付くようにバットが出てくる。





去年のような、カキ!カキ!という打球音との違いが手に取るように分かる。




しっかり強くボールを叩けているのだ。





ボールを上げながら思わず笑みが溢れてしまうくらい。






「いいね!鍋川ちゃん、全体的にいい感じだけど、たまに頭がちょっとブレすぎているかな。力を入れてスイングするのはいいけど、力みすぎないようにね。しっかり頭を後ろに残してボールを叩く」





「はい!ししょー!」





「よっしゃ、とりあえず20球いくぞ!」






カシィ!








カシィ!







カシイイィ!!








お次はブライアン君。





俺と鍋川ちゃんの横で素振りや置きティーがしていた彼が額を拭いながら俺の目の前にやってきた。




鍋川ちゃんは左打ちだが、彼は右打ち。ボールがたっぷり入ったかごを反対側へと移動させる。




「師匠、お願いします!どっかアドバイスがあればすぐに教えて下さい!」




「ああ、もちろんだ」







スカァンッ!







スカァンッ!







スカァンッ!!






教えている俺よりもよっぽど力強いスイング。188センチ92キロの逞しい体から繰り出されるスイングですから、当たり前といえば当たり前ではある。





「ちょっとあれかなー。もう少しフォロースルーをしっかり取った方がいいかな」




「フォロースルー。振った後ってことすか?」





「そうそう。プレミアム12の時に、キューバとかプエルトリコの選手のスイングとかを見たけど、もう地面にバットの先が着きそうになるくらい思いっきりフォロースルーを取っていたんだよ。ちょうど君くらいの体格の選手がみんな」





「なるほど。今まではコンパクトに振らなきゃって考えていたんで、その意識のせいかもしれないっすね! ちょっと意識してやってみます」






「ああ。くれぐれもでかく振りすぎで体痛めないようにね。自主トレ始めたばっかりでまだ無理するような時期じゃないんだから。感覚的にちょっとずつね」




「はい、分かりました!お願いします!」







ズカァン!





ズカァン!






ズカァン!






横で置きティーしている鍋川ちゃんが思わず見入ってしまうくらいに、ブライアン君の打球音が変わっていた。




アドバイスしたのは打った後のことだけだが、そこを意識すると、自然と打つ前のグリップから違いが出てくる。




ボールをバットで捉えるのは点であるが、打席に入ってバットを構えて、足を上げてタイミングを取りバットを振り出していく感覚はやはり線である。




俺は朝起きた瞬間、引いては寝る前から次の日のバッティングが始まっていると考えているのだが。





チームにいる時も、柴ちゃんとか桃ちゃんも含めて、バッティングとか女の子の落とし方とかを教えてあげることがたまにあったりする。




そんな時に俺が心に決めているのは、1度に1つのことしか教えないということ。





野球選手ってやっぱりちょうどいいおバカさんが多いので、1度にたくさんのことを教えてしまうと、混乱してしまう可能性が出てくる。




バッティングのアドバイスをしてあげようとして、グリップの位置がどう、足の上げ方がどう、バットの出し方がどう、体の使い方がどうなどと、目につくもの全てに口を出してしまうと、結局どこを意識していいのか分からなくなってしまうものなのだ。


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