わたくしが右打ちするチャンスすらないって。

プチュン!!







リーチがかかったら、海シリーズの流れを組んでいますから、泡が出るか、魚群が出るかというところなんだけど、プチュンと来たら、それ以上。





数秒真っ暗な画面から、ギラリと目を光らせて現れるは、この渓流のヌシ。





ナマズのようなサメのようなクジラのような。




とても渓流に居ていいレベルではない面構えのヌシがナツミちゃんと対峙する。




釣竿から伸びる糸1本を通してのせめぎ合い。




ナツミかヌシか。ヌシかナツミか。




その対決の行方は、最後のボタンプッシュに託された。





「ボタンを押して!!」





液晶に現れたのは燃え上がるプッシュボタンマーク。これも期待度50%オーバーのチャンスアップ演出だ。




みのりんがボタンを押す。






パキーン!!





気持ちのいい音が鳴り、液晶上に付いている大きなヒマワリフラッシュが眩しく光る。




引き上げられた釣竿。水中から上がり、青空に向かって宙を舞うヌシをナツミちゃんが両手を腕でキャッチして満面の笑顔。





2の図柄がバシーンと揃った。





「時くん!これ、当たったってこと!?」




「当たった、当たった!すごいよ、みのりん!しかも、ヌシリーチで当たれば確変確定なんだよ」







確変図柄を釣り上げろ!





ボタンを押せ!!






パキーン!!






2図柄が引っ込んで、カメさんマークの3図柄がやってきて大当たりが始まった。






「右を狙ってね!」




いやらしく谷間を作ったナツミちゃんが釣竿を構えて右方向を指す。





「右ってどっち!?」




などと、みのりんさんは若干パニクっているようだったので、サービスがてらハンドルを握る彼女の右手に重ねた。




そしてグイッと彼女の手ごと、ハンドルを限界まで回す。




「台の右下らへんに、オープンって書いてあるアタッカーが大当たりすると開くから。そこに玉を入れると、払い出しが受けられるんだよ」





「ああ、そういうこと。当たったら一気にたくさん玉が出てくるかと思ってた」



「そして大当たりが終わり、その後に入る渓流ラッシュが何より面白いのよ」



「さっき言ってた、確変という」



「そうそう。70回転中に、55分の1を引く、いわゆるSTって言われるタイプの確変なんだけど、ここをどれだけ連チャンされられるかが勝負なのよ。とりあえず5連チャンが目標だね」





「分かった。とりあえず5連チャンだね………と、思ってたら当たったったぽい」





パキーン!






「スペシャルラッキー!」




「おお!しかもそれ16ラウンドじゃん!やるね!めっちゃ出玉が多い大当たりなんだよ」





「やったあ!」





そんな調子で始まったみのりんの渓流ラッシュは順調そのもの。気付けば5連チャンどころか、10連チャンまで伸びた。



かたや1万円をストレートで飲まれた俺の横で初めてのパチンコで見事な快勝を収めた眼鏡であった。








どういうわけか、パチンコ屋のすぐ横にある小さな小部屋。


穴の空いたアクリル板の向こうには、おじさんかおばさんか分からないが、パチンコ屋で交換した景品を買い取ってくれるのだと、そんな雰囲気だけが漂う。





渓流物語を連チャンさせて得た出玉。それを交換し手に入れた、4枚の赤いプラスチック製の板。中には正方形の小さな金が埋め込まれているそれを、みのりんはアクリル坂の穴が空いた部分に置かれたトレイに乗せる。




いらっしゃいませ!



とか、まいどおおきに!



みたいなものはなく、アクリル坂の向こう側の今日はおばちゃんがトレイを少し引きながら、その赤い景品を受け取る。




カシャンカシャンカシャンカシャン!




そんな音が聞こえると、横のデジタルが5000円、10000円、15000円、20000円とカウントアップされ、景品を乗せてトレイが戻ってくる。



その上には1万円札が2枚乗せられていた。




それにみのりんが手を伸ばす。






そしてその小部屋を出ると、肌寒い北風が俺達の間を吹き付けるのであった。




「どうだった?初めてのパチンコは」




「こういう感じなんだって勉強になりました。1人は絶対に来ない場所だし」




「初打ちでサクッと2万勝ちなんてやりますわよね」




「これがビキナーズラックでことなのかな?あんなにたくさん当たるなんて思わなかった」






「いい経験と言えるか分からないけど、また少し俺のことが分かったでしょ?いい小説が書けそうかい?」




「うん。頑張ってみる。これからも、もっとあなたのことを教えてね」




「じゃあ、今度はスロットだな」






というわけでその日の夕方。




2人でそのまま俺の実家に向かった。




遊んでいたパチンコ屋から、車で10分と掛からない場所。事前に訪ねることを教えついたからか、うちの両親はみのりんをおうちの前でお出迎えモードだった。




ガレージに車を止めて降りると、みのりんは手土産のガレットを持ち直しながらペコペコと頭を下げる。





「いらっしゃい、みのりちゃ〜ん!」




と、うちの母親。抱っこしたゴールデンレトリバーのきゃらめるの手を持ってフリフリしている。



「いらっしゃい!寒いでしょう。上がって、上がって!」




仕事から帰ったばかりで、急いでシャワーだけさっと浴びた感のある父親が玄関を開けた。






そして何より………。




「キャンキャン!キャンキャン!」




母親に抱っこされているきゃらめるの興奮度合いが凄い。



少し前に、宇都宮へ引き取りにきてもらった時には、なんや、こいつら!めっちゃ親なんけ!離しやがれ!と、マンションの外階段でずっと喚いていた感じでしたから。





俺とみのりんとの再会に興奮が隠しきれない様子。





はい、おいでおいでと、きゃらめるを抱っこしましたから、油断したら落としてしまいそうになるくらいに、俺の腕の中で大暴れ。




母親とみのりんはそれを見て爆笑。




家の中に入っても、抱っこしてもらいたいし、おもちゃで遊んでもらいたいし、顔をペロペロしたいしで、きゃらめるの頭の中はぐっちゃぐちゃ。




およそ30分。俺とみのりんとの間を行ったり来たりしている間に、いつの間にかすやすやと、膝の上で眠ってしまっていた。





そして僅か1週間くらいの間に、少し大きくなっていたきゃらめるであった。

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