飛ばし屋さん

鈴ノ木 鈴ノ子

トバシヤサン


 取材の過程で変な話を聞いたので手帳メモに書き留めておいた。

なぜ、このメモを探す気にそして読み直す気になったかというと、内容を教えてくれた方が知り合いの話では3日前から行方不明になったからと小耳に挟んだからだ。


「えっと、この辺りに書いてあったような」


 数冊持ち歩いている愛用の手帳のページを捲りながら探してみるのだが、どうにもそのメモは見つからない。数冊全てを捲り、見落としがないかもう一度捲ってみるのだが、そのページはまるで最初から書かれていないのではないかと思えるほどに見つけることはできなかった。

 だが、確かに書き留めた記憶はある。その前後の取材のメモは見つかるのだが、探しているその部分だけが、消えてしまった。


「あれ?」


 確かに記したはずだったページが見当たらないのだ。確かにそこにメモをとったはずであったのに、そのページは一切が白紙となっていた。


「おかしいな・・・」


 まぁ、書かれていないものは仕方ない。確かにメモはとったはずなのだがと訝しみながら、私は記憶にある話を思い出すことにした。


 8月の夏の暑い日に私は雑誌の恐怖特集のために怪談話から噂話までを、老若男女関係なく探りを入れていた。田舎の怪談話を取材するために地方のローカル線に揺られながら、たどり着いた駅で降りては聞き旅まがいのことをしながら、集話をしていた時のことだ。


「あんた、怖い話を探してるんだってな」


茹だるような暑さの中、エアコンもない木造駅舎のベンチで自販機で買った冷えの良い炭酸水を飲んでいた私に、年配の駅員が声をかけてきた。よくよく顔を見れば数日前に伺った家で話を伺った老婆の息子さんであることを思い出した。


「ああ、あの時の」


「お、覚えててくれたかい?」


「ええ、あの一杯は忘れませんよ」


 夕方近くに伺った彼の家で夕飯までご馳走になり、そこで彼が秘蔵にしていたというお酒までご馳走になったのだ。かなりの高級酒だったらしく、水のように飲めるそのお酒はとても美味であった。


「そりゃあよかった。あ、そうそう、それでな、お前さん、とばしやさんって話を知ってるか?」


「とばしやさん?」


 頭の中には走り屋の亜種の話ではないかと思い浮かんだが、そんな私の表情を読んだのか彼は首を振って否定する。


「違う違う」


 そう言って彼は駅の側にあるトイレを指差した。


「あれだよ、あれ」


「トイレですか?」


 そのトイレは待合脇に1つだけ据え付けられている古びた扉を持った個室のトイレだった。その扉は角材で×印に釘で打ち付けられた上で、『故障のため閉鎖中』と張り紙がされていた。至って普通の田舎駅にたまにありがちな閉鎖トイレであった。


「閉鎖中のようですけど」


「そうなんだよ、閉鎖中なんだよ。絶対に中に入ることはできないだろう?」


「あそこまで頑丈に打ち付けられたらそうでしょうね」


 釘はしっかりと木製のドア枠に深々と打ち付けられていて、ちょっとやそっとのことでは抜けない仕様であることは見た目からもわかった。


「ここだけの話だがよ、2週間前にあのドアが少しばかり開いたんだよ」


 彼は声を抑えながらそう言った。


「え?ドアがですか?」


「ああ、朝の掃き掃除が終わって、駅を一通り見回ってたらよ、トイレの扉が少しばかり浮いていることに気がついたんだよ」


 彼は右手と左手を合わせて合掌するような仕草の後に合わせた手のひらを1センチにも満たないくらい開いた。


「これくらいの隙間だったんだよ、いつもだったら放ったらかしにするんだがよ、ふと、興味本位で覗いてみたんだ」


 そう言った彼がその掌の隙間を覗く仕草をすると、彼の顔色は見る見る悪くなり背中をブルリと震わせた。


「覗いた途端によ、ありもしないことに、覗いた先に血走った目があったんだよ。ほら、こうホラー映画とかであるだろ、あの目が血走ってるやつだよ」


「ああ・・・」


 いまいち状況が飲み込めないが、それが幽霊やお化けの類なのなら、普通にあるような怪談話と感じてしまった私の表情を見て、それを感じ取ったであろう駅員は片手を振って否定するそぶりを見せた。


「兄さんが考えているような話じゃないんだ。実はよ、その目を見た瞬間いきなり絶叫が聞こえてきたんだよ。出してくれ!助けてください!って、それはもう死んでる人間の声じゃねぇ、生きてる人間の断末魔に似たような悲鳴だったんだ。俺は驚いて腰抜かしてその場で呆然としていたが、そいつが明らかに生きてることは間違いねぇと感じたから、駅舎のバールを持ってきてよ、留め具を外してドアを開けたんだ。そうしたらよ、裸の若い娘が飛び出してきた」


「裸の?」


「ああ、裸さ。彼女に上着を貸してやってよ、奥に見えるトイレを恐る恐る覗いてみたんだが、ただ、薄汚れた個室と汚い便器があるだけだった。特段変わったこともねぇし、若い女子は半狂乱で泣きじゃくってて話に何ねぇから、駐在呼んでよ。ちょっとした事件になっちまった。俺なんて監禁したのかって疑われたくらいだ」


「それは災難でしたね」


 いまいち話が読み取れないことに苛立ちを募らせながらも、一応、同情するそぶりを見せた。


「でよ、ここからが怖いとこさ、若い娘の話を聞いてた駐在が後からこっそりと教えてくれたんだがよ。女の子はここから300キロ以上も離れてる東京の子だったさ」


「東京の?」


「ああ、そいでよ、その子が言うには、自宅に帰宅して玄関の扉を開いた途端、ここのトイレに入っていたらしいんだよ。駐在が東京の警察に問い合わせたらよ、半年前に玄関先に荷物も服も全てがその場に置かれたままで失踪していたことになってたって話でな」


「え?半年前から・・・」


「ああ、女の子はよ、半年前から行方知らずになってたんだよ。でもよ、その子が後々言うにはよ、閉じ込められてから1週間も過ぎてねぇって言うんだよ。その子が言った日付がこれまた失踪した日と思われる日から間違いなく1週間だったんだとよ」


「それって・・・」


「ああ、誰かが連れ込んだとかじゃねぇ、正真正銘の怪異ってやつさ。で、ここからが怖い話さ」


 彼は当たりを伺い誰もいないことを再度確かめてから、さらに小声で話し始めた。


「それからしばらく過ぎたことなんだが、20代くらいの大学生みたいなやつが駅に来たんだよ。俺は丁度、ホームを掃除してたところだったんだが、そいつがよ、声かけてきたんだよ。トイレから出てきた女を助けたのはあんたかって」


 容姿を詳しく聞けば、あの夏の若者向けのファッション雑誌に載っていた流行の服装で、顔はどこにでもいそうな、これといって特徴のない顔立ちであったそうだ。


「唐突にそんなこと聞いてきやがったから、なんなんだって聞いてやったらよ、大学で超常現象だかなんだかを研究してるサークルやってるんだとかなんとか言ってよ、掃除で暇してたから話を聞いてやることにしたんだよ。まぁ、大学生のお遊びなら仕方ねぇわな」


 彼はそう言って鼻で笑うとポケットからタバコを出して火をつけた。


「なんでもよ、とばしやさん って怪異が流行ってるんだと、どうも、それに似た現象だから現場を見にきたそうだ」


「どういった怪異なんです?」


「どうもこうもねぇよ、捻りのないのひとことさ、そいつは目をつけた相手を飛ばすそうだ」


「飛ばす?」


「ああ、俺が見つけた嬢ちゃんみたいな感じだそうだ、全国津々浦々に閉鎖されたトイレやら建物があるだろ、そう言ったところへ目をつけた相手を飛ばしてよ、閉じ込めるんだとさ。いくら内側で叩いて怒鳴って何をしても、あの嬢ちゃんのように外には響きもせず聞こえない。食べ物はなく、水もない、衰弱して死んでいくらしい、たまに、水の出るところに飛ばされる奴もいるらしくてな。そいつはちょっとばかり長生きするらしいんだ」


「長生きと言っても、水だけでしょう・・・」


 水だけで生き残った事例は世の中にいくらでもあるが、それだけで、数ヶ月も過ごしていけることはない。ふと、一つの考えが思い浮かんだ。


「もしかして、人を選んで楽しんでいる?」


「おお、良いこと言うねぇ、大学生もそんなことを言ってたよ。どうでも良いやつはすぐに死にそうなところへ、それ以外のちょっと弄って遊んでやりたいやつは別のところへって感じだなぁ」


 そう言ってタバコを吸いながら彼は差し込んできた日差しに目をやって眩しそうに表情を歪めた。


「でもよ、その大学生の話を聞いていてふっと思ったのよ」


「なんです?」


「あの嬢ちゃんは、いわゆる、飛ばされてから1週間して経ってねぇと言っていた。でも、俺が発見するまで半年も過ぎてる。と言うことはだ、あのトイレの空間ってのは、この世界からも切り離された世界なんだろうなと」


「切り離された世界ですか?」


「そうさ、嬢ちゃんの中で1週間でも、世間では半年さ、つまりよ、あの中の時間はズレていたってことになる。もしだぜ、そのズレが逆だったらどうする?」


「逆?」


「そうさ、こっちの世界では1週間でも、あそこでは半年、そうなっちまうと生きていられると思うかい?」


「それは・・・」


「たまによ、数日前まで元気だったのに、いきなりおっ死んじまった奴の話がでてくるだろ、そう言ったやつはよ、もしかしたら、飛ばされて殺されて、そして、また、戻されたかもしれねぇなぁ」


 確かに警察へ詰めいていた時分には、不審者でも、取り分け、怪異死について見聞きしたことがあった。それらは確かに時間や過ごし方から推察するに到底、考えられぬほどの状態で発見されていることもあった。


「でも、そう考えてきますと、怨恨とか、人間側の都合でと言うことでもない・・・」


「おお、良いところに目をつけたね。そうさ、無差別ってことになる、つまりよ、飛ばし屋さんってのは、無差別に、そうさな、街中でああ、コイツだ、と目をつけた奴をどうにかしているかもしれねぇなぁ」


「それって、詰まるところ、現代版の神隠しってとこじゃないですか」


「おお、それは思いつかなかったな、確かにそうとも言い切れるわなぁ」


「だが、神隠しと違うところが一つだけあらぁな」


「え?なんです」


「神隠しってのは人を殺しはしない、まぁ、伝説の多くが帰ってきてるじゃねぇか、でもよ、飛ばし屋さんは違うんだ。必ず殺す」


「でも、今回の女の子は助かったじゃないですか?」


「そこだよ、それが俺は怖いのさ」


「え?怖い?」


「きっと嬢ちゃんはまた飛ばされるぜ、そして、俺も飛ばされるにちげえねぇ」


「どうして、そうなるんです?」


「飛ばし屋さんは失敗がないのさ、でなきゃ、助かった奴が噂を流すに決まってる。でも、大学生の言った皆死んで見つかっている、と言うことを考えると、失敗はないってことだ」


「あ・・・」


「そうさ、気がついたかよ。もし、俺が失踪したら、万が一、失踪したらよ、そこのトイレだけでも良いから、扉を開けてくれよ」


「え!?」


「ただよ、もし、俺が生きて見つかったなら、オメェさんには悪いけどな・・・」


「・・・」


 その後の返事をすることはできなかった。落ち込んだ私を見て彼は大きく笑いながら背中を叩いた。


「まぁ、そんなことあるかないか、わかんねぇから、気にすんな、冗談だよ、冗談、まぁ、俺の話はそんなところさ、本当かどうか調べたきゃ、駐在の所に行ってみな、教えてくれるかわかんねぇけどよ」


 彼はそう言って豪快に笑いながら仕事へと戻っていった。

 私は真っ青になりながら、そして、それを想像しながらメモを取っていく。そして記事の写真の為にトイレの写真と駅舎の写真を撮り終えると、彼に軽く挨拶をしてその場を逃げるように去ったのだった。


 記憶を思い出し終えると私は身震いした。

 思わず人の少ない報道社のオフィスを出ると、階下にある大手フランチャイズの珈琲店に駆け込む。若い子向けの店内には人が溢れていて思わずホッとした心地になる。レギュラーコーヒーを頼んで受け取り、私は外を見渡せるカウンターの席に座った。思い出しながら書き出していたスマホメモを開きながら、再び、考えようとすると、隣に人が腰掛けて、そして心配そうにこちらに声を掛けてきた。


「大丈夫ですか?顔色が優れないですけど・・・」


「え?」


 カウンター越しの前にある窓ガラスに映った姿は、自分でも驚くほどに真っ青でとても体調がいいとは言えない表情だ。


「あはは、いやぁ、怖い話を思い出してしまってましてね」


「ああ、それはそれは・・・私も怖がりですから、お察しします」


 大学生ぐらいだろうか、彼は同情するように言いながら笑った。


「でも、怖い話は誰にもしないほうがいいですよね」


「え?」


「だって、伝播するじゃないですか。広がるともっと恐ろしいことになりますから」


「恐ろしいこと?」


「ええ、伝播すると、取り返しがつきませんから、そこまで怖がるのでしたらお蔵入りが一番ですよ」


 彼はそう言って珈琲の入ったカップを飲み干すと立ち上がった。


「言わぬが仏ですよ、決して広めないようにしてくださいね」


「あ・・・」


 その時に気付いた。


 ファッション雑誌に載ってるような格好をした特徴のない大学生・・・、まさしく、その彼だろう。そして私の暗い表情を写している窓ガラスには、彼の姿は映っておらず、ただ、店内の景色があるだけだ。


「探せば、貴方も、道連れですよ」


 そう言ってその姿は掻き消えた。まるで、そこに彼が居たことなどないかのように。


 そして突然に私は気がついたのだ。

 しばらくしてやって来た大学生、その種の話は報道に載ることがない、2週間前の事件で報道されていたのなら私も真っ先に思い浮かんだだろう。世間には知られていない内情の話を訪れた大学生は知っていたのだ。

 

 いや、見に来たのだ。年配の駅員の姿を。


 そして、その話を聞いた私の姿を。


 飛ばすために。

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