第2話 魔王、気づく
俺は風邪を引いた王女様の為に、ありあわせの物たちでスープを作り、食在庫に貯蓄していたパンを引きずり出した。
そして、大広間に机と椅子を運び入れ、だだっ広い広間に簡素な食事スペースが完成した。
俺が食事スペースを作ってる間、ベッドで寝ているよう王女様には言ったが、ベッドの縁に座ったままずっとこちらを見ていた。
それもそうだ。いきなり誘拐されて、平静なれる訳がない。それに風邪を引いているときた。
流石にもう服は着ていたが、それでも罪悪感は消えない。
そもそも王女は交渉材料として無傷のまま軟禁する予定だったというのに。早速ミスをしてしまった。
ランチョンマットやら何やらの準備を一通り済ませ、王女様が座っているベッドへ向かう。
「待たせた。スープとパンだけだが、胃に何か栄養を入れた方がいい」
「もしかして、魔王様の手作りですの?」
「ああそうだが?」
再び王女はぱぁっと顔を輝かせ、元気にベッドから立ち上がる。
「ぜひ! 頂かせていただきますわ!」
「う、うむ……」
何故か意気揚々と机に向かう王女様。
……いや、きっと俺の勘違いだ。この状況で意気揚々になれるのは狂人と物好きくらいだ。
とりあえず王女の後に続き、食卓に着いた。
「うーん。すごくおいしそうな香りがしますわね! こんな短時間でこんな料理が作れてしまうなんて、魔王様は器用なのですね!」
「……どうも……? まぁ、気を取り直して頂こう」
「はいっ!」
まるで宝石のような煌びやかな笑みを浮かべながらパンに手をつける王女。
俺は胸の中からじんわりと滲み出してくる違和感を感じた。
こいつ、本当に攫われてきたんだよな?
それに風邪も引いていたはずだ。
誘拐された上、風邪を引くと言う最悪ダブルパンチのはず。
なのに、それはもうにっこにこな笑顔で王女様はスープをスプーンで上品に掬い一口。
こくん、と喉を鳴らしてぱあっと顔を輝かせた。
「おいしいですわぁ!」
「え、あ、どうも」
王女様は段々と食べるスピードを上げながら、ついには俺がスープを三分の一食べ終わったところで完食してしまった。
「すごく、早いんだな、食べるの」
「あっ……! え、えっと、はしたない所をみせてしまい、申し訳ありませんでしたわ……」
肩をがっくりと落としながらうなだれる王女様。もしかしたらレディに食べるの早いは地雷だったのかもしれない。
俺は自分の失言にため息を漏らしながら、しょぼくれている王女に向かった口を開いた。
「あ、その、魔族ではな、すごく強い女性とご飯を早く沢山食べる女性はすごくモテるんだ。だから気にしなくても、良いと、思うぞ……」
「…………」
何故か、沈黙の時間が生まれる。そして、その沈黙が、俺にあることを気づかせた。
何故、俺は魔族基準で物事を語ってしまったのだろう?
馬鹿なのか? 俺は馬鹿なのか? てかやべぇ。王女様がめちゃくちゃ無表情になっちゃったよ。
おいおいどうすればいいんだ。年頃の、それもこんな美人と話すことなんてなかったからどうすりゃいいか何もわからないっ!
とりあえずフォローの言葉を模索しながら、中々思いつかないでいると、こてんと頭をかしげながら、王女様が口を開いた。
「貴方は本当に『魔王』なの、ですか?」
キョトンと、本当に本気でそう疑問に思っているような純粋な瞳でそう問いかけてきた。
ガラスのようにどこまでも透き通っていて、宝石のように煌めく綺麗な瞳だった。
「……あぁ。そうだ」
「そう、ですか。ですが、わたくしが思っていた魔王とは違いましたので、なんというか、すごく人間らしいのですわね。魔王って言うと、もっとこう、醜悪な怪物を想像してましたわ……」
「っ……」
人間らしい、か。
「人間だとか、魔族だとか、そんなのどうだっていい。俺は魔王。この世界に蔓延る悪で、人間に災いをもたらす存在。ただそれだけだ。わかったか、王女」
「……そうなのですね。わかりましたわ、魔王様。……ところで、王女っていうの、わたくしあまり好みではありませんの。だから、セイリン、とでもおよびくださいまし」
「……そうか。わかった。せ、せせせ、セイリン」
俺は心が広いし、短気な方ではないと自覚している。
だけど王女様の態度すごくない? 仮にも、というか、普通に魔王な俺に向かってこの態度。
おそらく心臓が見えなくなってしまうほど毛が生えているはずだ。解剖しなくてもわかる。
だって普通の人なら魔王って聞いただけでもめちゃくちゃビビるって聞いたし、てかそれが普通だろうし。、
まぁ、過度に恐れ慄かれても面倒なだけだし。ポジティブに考えれば都合がいいっちゃいい。
「ところで、魔王様?」
「なんだ?」
「わたくしはセイリンと呼ばれているのに、わたくしは魔王様の事を魔王様、としか言えないのは不平等ではありませんの?」
「あっ、えっ?」
「どうなんですの???」
「あっ、えっ、う、うん?」
セイリンなるこの王女、変な圧かけてきてるんですけど。
え、俺魔王だよね? 威厳あって最恐と呼ばれる存在の魔王なんだよね?
そんな軽く扱われていい存在じゃないよね???
なのになんで人間に詰められてるの? 俺がおかしいのか?
いや、おそらくそれは無いはずだ。
多分……。
と、すれば。考えられるのは
もしそうなら多分、お母さんのお腹の中に頭のねじ三本くらい忘れてきているのだと思う。
とりあえず俺は、この妙に居心地の悪い圧から抜け出すために答えた。
「ボルグロス・イェレゼンザートです」
すごく本名で。それにしっかりと敬語で行かせていただきました。はい。
勘違いしてもらったら困るんですけど、別に年頃の女の子にビビった訳じゃありません。本当です。
「うんっ! すごく長いのでボル様でいいですわよね! 宜しくお願いしますわ! ボル様!」
「え、あ、はい」
王女様改めて、セイリンはルンルンの笑顔で、金髪縦ロールを弾ませている。
これはあくまで可能性だ。
僅かな可能性なのかもしれないが、もしかしたら。
俺は人質にする人を間違えてしまったのかもしれない。
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