魔王です。人間の王女を人質にしたら一目惚れしたとか言い出したので、無理やり帰したら何故か最強になって魔王城に単騎凸してきました()

和橋

第1話 魔王、誘拐する


 この世界には二つの種族が存在している。

 その種族とは、人間と、魔族。


 人間はフェイリス王国の王を筆頭とし、画期的な『文明』を築いた。


 魔族は代々現れる『魔王』という存在を筆頭に、圧倒的な『力』を持った。


 二つの種族は争い、殺し合い、血で血を洗う戦いを数十代に渡って続けてきた。


 その度に魔王率いる魔族が圧倒し、人間を滅ぼさんとした。 

 だが、人間が窮地に陥った時決まって「勇者」が現れ、魔王と対峙するのだ。


 そして、毎代勇者がその戦いを勝利で治め、人間側の繁栄を後押しした。


 そうして結果的にいま現在、気候が豊かな南大陸は人間が治め、『死地』を含む北大陸は魔族が住み着くことになった。

 『死地』とは人間が生活することが不可能な地である。その理由は身が凍るほどの寒さであったり、食物が育たない土のせいであったりと多種多様だ。


 そして、『死地』と豊穣の大地の境界線に立つ魔王城。

 その大広間にある玉座に腰かけているのが、今代の魔王、ボルグロス・イェレゼンザートである。


 そして、ボルグロスも、廻るその運命に今、一石を投じようとしていた。



――――――――――――――――――――――


 虚しくなるほど広い大広間。ここは魔王城の一室。


 小綺麗に磨かれた大魔石の床はただでさえ人の居ないこの場所をさらに冷たい雰囲気にさせる。

 あぁ、そうだ。人の居ない、じゃない。


 魔族・・が、いないのだ。


「ふぅ。そろそろかな。俺の代も」


 人間の国、フェリエス王国の王女を人質にとるのは。


 そして、王女を人質にしてこちら側が有利に戦う。だけど、勇者という圧倒的な存在が現れて魔王は苦戦する。苦戦する、といっても勇者が現れた時点で勝ち目はほぼ無に等しいのだが。


 だけど、それもいつも毎代のセオリーだ。前も、その前の代も。かれこれ四十三代続いてきた、もはや伝統行事だ。


「ようし。王女様を誘拐するのは多分余裕だとして。それからどうするかなぁ」


 というのも、上手く魔王城で軟禁する手立てが見つからないのである。


 俺自身は魔王城で生活する上で、最低限の物が揃っていれば良い。だが、王女様はそんな生活は大丈夫なのか。

 

 一応人質だが、きっと彼女も誘拐されることが本意ではない。だから、最低限手厚く軟禁してあげようと思っているのだが。


 特に親交も無い、俺の力だけに着いてきている魔族の幹部に任せるのも気が重い。下手に殺してしまわれても困るし。


「うーん。……まぁ、あとで決めればいいか」


 俺はため息を吐きながら、仮面をつけ玉座を立ち、体内を駆け巡っている魔力をぐっと足元に集める。


 大魔石の冷たい床が、俺の黒いブーツ越しにぽかぽかと温められていく。

 十分に魔力が整ったところで。


「移動魔法【空間移動テレポーテーション】」


 俺がそう唱えると、温もりのある白い光が俺の体を包み込む。

 

 そして、一瞬視界が真っ暗になり、ふっと視界が切り替わった。

 柔らかなカーペットの感覚がブーツの裏から伝わってくる。目の前は高そうな燭台やら絵画やらが飾られており、右には相当な職人が手掛けたのでああろう大きなベッドが他の装飾にも負けないくらい堂々と佇んでいた。


 それもその筈、ここはフェリエス王国の城の頂上。名も知らぬ王女様の部屋だ。


 これらの情報は調べられる範囲で事前に調べておいた。下調べをしておいて損はないしな。

 ただ予想外なところがあるとすれば、こんな豪華な部屋で土足なのが今更すごく申し訳なくなってきたくらいだ。今はそんなわがままなことを言っている場合ではないと思うし。


 とりあえず王女様を見つける。話はそれからだが……。


「あっ、あっ、貴方はだれですのっ!?」


 後ろから若い女の声が聞こえる。この部屋にいるということは王女様で間違いないだろう。探す手間が省けた。ラッキーだ。


 そう思いながら後ろを振り返る。


 予想通り。そこに居たのはさすが王族というべき程の艶やかな金髪に、見事なまでの縦ロールをこさえた王女様だった。

 顔は精巧に作られた人形のように愛らしく、美しい。きっと誰がどう見ても美人だと太鼓判を押すこと間違いなしだろう。


 そしてその王女は、ほどよく肉付きの良い胸と局部だけを薄い布、所謂ブラジャーとパンティーだけで隠し、そのほかの白く陶器のように白く艶のある肌を満遍なく晒していた。ちなみに下着はワインボルドーで纏められた、上品で大人っぽい奴だった。


 あ、あとおまけと言わんばかりに、王女様の手から放たれた鋭い切っ先が、俺の眉間を目掛けて飛んできていた?!


「っ防御魔——」


 ナイフが向かってくるスピードが速すぎて防御魔法が展開し切れないっ──。

 

 ガツンッ。


 仮面の中にナイフと仮面の反響音が響く。


 切っ先は見事に俺の脳天を仮面越しに捉えた。幸い貫通することは無かったが、珍しく反応が遅れた。きっと初めてしっかりと女体を見たからだそうに違いない。


 だが大丈夫。


 防御魔法は条件反射的なものだ。防御魔法が無くてもさほど問題は無い。というのもこの仮面は数百年前の魔王がその英知を結晶させて作ったものであり、この仮面はこの世に一振りしかない名剣【ホーリーソード】でしか壊せない。


 要するにこの仮面を被っている限り顔面は無敵なのであ──バリッ。


「……え?」


 バリリリッ、バキッ。

 

 妙に視界の悪い仮面にひびが入り、仮面は見るも無残に崩れ落ちた。

 俺の仮面が。絶対に壊れないって聞いてた仮面が。


 焦る俺。だって数十代も繋がれてきたやつだし。俺が壊したってバレたら歴代の魔王に呪われちゃいそう……って、今はそれを考えるべき時じゃない。


 冷静になれ俺。

 仮面が壊れた。多分、ナイフが当たって。

 ということは……?


「なっ、なっなっ、何でお前が【ホーリーソード】を持っている!? あの剣ではないと、世界に一振りしかないはずの伝説の剣ホーリーソードでないとこの仮面は割れないはずだぞっ!?」


 そうだ。神殺しすら容易いと言われたあの名剣。そんなのがなぜここにあるのだ。


 噂では国の地中深くで厳重に守られていると聞く。こんな一介の王女が持っているのはあまりにも不本意だが、こちらのものに出来れば魔王軍の戦力アップに──


「あぁ、最近【ホーリーソード】の量産化に国が成功しちゃいましたの! だから、一般家庭の台所にも割と普通にあったりしますのよ?」


 なぜか顔を逸らしながら答える王女様(仮)。だが今はそんなことはどうでもいい。


 うそ、だろ……時代のインフレヤバすぎるって……。

 神様何人居ても足りなくなるじゃん……ちょっと俺の代、魔王と人間のパワーバランスおかしくなってない……? 


 自分の未来が早速心配になりながら、自分の真の目的を思い出す。

 そうだ。俺はあくまで王女を誘拐しに来たのだ。余計なことを考えるな。


「この部屋にいるということは王女だと思ったが、その暗殺者ばりの投げナイフ……もしや、お前王女じゃないな!? 本物の王女はどこだ!」

「あっ、いやっ、そのっ、お恥ずかしいんですけれども、条件反射と言いますか、その、おナイフを投げるのも初めてで……えっとぉ……」


 肌の露出面積を減らそうとしないまま少ない布面積を手で覆い、顔を赤く染める王女様。


一体全体どこに恥ずかしくなる要素がありまして?


「条件反射って何だよ!? 誰よりも殺しの才能があるじゃんやばいなこの国! この王女!!!」

「いやっ、その、お下品な姿を見せてしまい、申し訳ありませんわ……」

「いや、お下品もくそもないけど……って、あぁっ、もう! こんなんじゃ埒があかない!」


 本当なら抱えて空走魔法でいい感じにバレながら逃げようと思ったが、相手はほぼ全裸だ。その多大な肌色面積に触れまくってセクハラ魔王なんて思われでもしたら恐怖の象徴としての威厳が地の底だ。

 

 それに、ちょうどここは王女の部屋。それならそのまま持っていけば、上手い具合に軟禁できるし一石二鳥だ。ちなみに今思いついた。


「ちょっと手荒だが、仕方ない」


 先ほどよりもさらにたくさんの魔力を集め、部屋全体に行き渡らせる。


 ドンドンと部屋を乱暴にノックする音が部屋に響く。きっと城の衛兵が異変に気付いたんだろう。

 

 だがもう遅い。


「移動魔法〔派系三章〕【空間交換】」


 この空間と魔王城の広間の空間を強制的に交換させる。かなり魔力を食うが俺のそう魔力量から見たら大したほどのものじゃない。これでも俺は魔王なのだ。


 一瞬ふっと暗闇に包まれ、瞬きをすればそこはもう魔王城の広間。


 王女様の部屋の外壁は無い。魔力の調節を少しだけミスした。いろいろと気が散ってしまったのもあるが、そこそこ膨大な魔力を使うから調整が難しい。


 だが、かろうじてベッドや引き出しなど、生活に必要なものは一通り残っていたので何とかなるだろう。


 いろいろとトラブルはあったが、王女に適当な説明をして人質としてここで程よい軟禁生活を送ってもらおうとしたのだが。


 魔王城に来て王女様と初めて目が合う。なぜか頬を赤らめ、宝石のような綺麗な瞳をなぜか『トゥンク』させている。


「えっ、あっ、も、もしかして」

「えっ、もう気づいてしまわれましたの!? まだ少しだけ感じただけですのに。そんな、私の心ってそんなに読みやすいだなんて、お恥……」

「風邪でも引いたのか!? それはまずい。とりあえず暖かいスープを準備するから、洋服を着てくれ。それじゃあ!」


 俺は大急ぎで大広間を出た。なぜか王女様は口をパクパクさせていたが、そんなに体調が悪かっただなんて。ここで死なれては本末転倒だ。


 スープを作るために過去1のスピードで台所へと俺は向かった。

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