第12話

 コンビニに寄ってお菓子を吟味していたら病院に着く頃には5時を過ぎていた。前科があるせいか受付のお姉さんに「院内は静かにお願いします」と念押しされながら面会票を受け取り、エレベーターを使ってアキ君の入院する階へ向かう。

 当たり前だけど院内は静かだ。ほとんど誰ともすれ違わないし、扉の空いてる病室をちらりと覗けばどこもお見舞いに来ている様子はない。会話もないから当然か。

 そうこう考えている内にアキ君の入ってる病室の前に着いた。

 今更ながらに「本当に来てよかったのだろうか」と考えてしまう自分がいる。本当に今更だ。それに昨日、「いつでも来てくれ」と言質は取ってる……記憶が捏造されてなければ言っていた筈だから、大丈夫。

 そう言い聞かせ、大きく一つ深呼吸して私は扉をノックする。


「アキ君……」


 開きながら恐る恐る顔を覗かせる。

 アキ君は部屋の左奥に設置されたベッドの上で、上体を起こした状態で迎えてくれた。ベッドテーブルにはノートが一冊、開かれた状態で置かれていた。

 私を一目見たアキ君は、早速ノートに何かを書き始める。

 入って……いいんだよね? ここで立ってるのもおかしいし。

 そう思って病室に入り、アキ君のベッド横にあるスツールに座るのと同時に、ノートがこちらに向けられた。


『本当にくるとは思わなかった』

「昨日、毎日来ていいって言ったのは誰だっけ?」

「……」


 何か言いたげな様子で『そうだな』と四文字をノートに追記する。

 そして目ざとく、私が手に持っている袋に気づいたアキ君は、素早くペンをはしらせた。


『それ、手土産?』

「うん。一緒に食べよ」


 私は袋から買ってきたお菓子を取り出す。

 その間、アキ君は何かを書いていた。


『一応言っとくけど入院中はそういうの禁止だぞ』

「え?」

『飲食物、原則、禁止』


 アキ君がノートに記した言葉に動きが止まる。

 でも病院って健康には気を使うイメージもあるし、確かにお菓子とかは駄目なのかもしれない――


『今日の内に許可取ってるからOKだけど』


 そう書いて更にアキ君は文章を追加していく。

 どうやら私より先に食べ物を持って来た人がいたらしく、急いで今日、許可を取ったのだそうな。


『先生は大目に見るらしいけど食べ過ぎるなって注意は受けた。それにあまりいい事じゃないらしいからな。』

「そっかー」


 じゃあ仕方ない。明日からは別のものにしよう。

 でも何がいいだろう……と部屋をぐるりと――最低限のもの以外何もない部屋――見回して思考の海に沈みかけていると、トントンと左腕を突かれた。どうやら文には続きがあるようだ。


『別にお見舞いに何か持ってこなくても大丈夫だぞ。

 確かにこういうのは嬉しいけど、来るたび買ってたんじゃ懐が寒くなるだろ。それになんだかんだで俺は元気だし、罪悪感ある。』


 確かに今日だけでワンコインは飛んで行っており、高校生の金銭観としては大きな額減っている。それがアキ君的には許容できないのだろう。

 その後にもまだ文章はありそうだけど、消されていて読めなかった。

 アキ君は設置されている冷蔵庫から水筒を取り出してから、更に追記。


『給茶機、廊下出てひらけた場所にあり。無料』


 そう書かれていたのは、私が飲み物を持ってないと判断してのことだろう。ついでにもう一つ水筒が取り出され『未使用。使え』と。


「洗って返すね」


 そう言って私は廊下に出る。目指すは昨日盛夏ちゃんと話した場所で合ってるだろう。

 予想は当たり、お茶を手にした私はすぐアキ君の病室に戻ることが出来た。アキ君は律儀に待っており、少し早足で戻って来た私に『急がなくても先に食わないっての』と苦笑しながら記した。

 確かにアキ君がそう言うことをする人じゃないとは知ってるけど――


「あまり待たせるのも悪いでしょ」


 気持ちの問題なのだ。

 無論、その気持ちを言葉にするのは恥ずかしいから、口にはしないけれど。

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