第9話
日曜日、私は朝からアキ君の入院している病院に来ていた。荷物としてアキ君のお母さんから渡された着替えと、金曜日に盛夏ちゃんから預かったプリントを持って。
本当は土曜日も来たかった。熱は金曜日の夜には下がってたし、これなら明日はお見舞いに行けると意気込んでいたのだけれど、お母さんが「絶対安静!」と一日外出することを許さなかったため、今日になってしまった。アキ君はそれを聞いて謝罪と今日来ることを楽しみにしているという旨の文章を返してくれた。
そんなことで浮足立つなんて……と考える反面、アキ君を異性として好きと自覚したせいか身だしなみを異様に気にしてしまい、服装はいつも通りだけど、髪型の確認に結構時間がかかってしまった。
朝とはいえお昼に近い時間になっていた。受付で面会票なるカードを貰って、いつもより軽く感じる足取りでアキ君の病室に向かってる時、ふとアキ君の病室から話し声が聞こえた。話し声と言っても一人だけのもので、会話の進みも遅い。だから近くに来るまで気づけなかったのだろう。
「あーもう! マジでこれ振られたって!」
「?」
男性の悲壮感漂う慟哭が廊下まで響いてきた。
単語も相まって、私は好奇心に促されるままに病室を覗き込む。
「(……三伏君?)」
声が似ている……気がする。後ろ姿なので顔まではわからないけれど、三伏君はアキ君と仲が良いし、いてもおかしくはないだろう。
だけど、ちょっと入りづらいなぁ。男の子の輪の中に入るのもだけど、そこに三伏君までいたとなると、ハードルが異常に上がってしまう。
どうしようか……と頭をひねっていると、突然トントンと優しく肩を叩かれた。
「こんにちは雪葫ちゃん」
「こんにちは……盛夏ちゃん」
肩を叩いたのは盛夏ちゃんだった。盛夏ちゃんもお見舞いかな? と思ったけど、その疑問は否だと
「雪葫ちゃんはお見舞い?」
「うん。盛夏ちゃんは?」
「私は――付き添いかな?」
「付き添い?」
「うん」
男子同士で盛り上がってるし、ちょっと移動しようか。という盛夏ちゃんの言葉に頷いて、私は同じ階の休憩スペースのような少し開けた場所まで移動する。
そして盛夏ちゃんの隣に腰掛けた。
「風邪は大丈夫?」
「うん。昨日も安静にしてたし、今は元気」
「よかった――あ、何か飲む?」
盛夏ちゃんは立ち上がって自販機に向かう。
私もお財布をもって後に続こうとしたけれど、その行動を予測していたのか、盛夏ちゃんは「私が奢りたいからいいよ」と言う。
「何か飲みたいものある?」
「そ、それじゃあ――」
私は250mlの『あったかい』にある飲み物の商品名を言うと、盛夏ちゃんはそれと冷たい抹茶ミルクティーを買って戻って来た。
「はい。どーぞ」
「ありがとう……そういえば、今日も制服なんだね」
「――生徒会終わってから直でここに来たからねー」
「何かあったの?」
「あはは、そういうのじゃなくて、三伏君の付き添い」
「三伏君の?」
やはり三伏君で合っていたようだ。だけどその歳で付き添い?
そう思っていると、盛夏ちゃんは「おかしいと思うでしょ」と言って更に言葉を続ける。
「彼の親御さんからお願いされちゃってね」
どうやら盛夏ちゃんと三伏君は幼馴染のようで、時折こうしてお目付け役を行っているのだとか。理由は至って単純で、三伏君が極度の方向音痴だかららしい。
「酷かったときは私の親も捜索に加わったくらいでね。まあその時は普通に見つかったからよかったけど」
「そうだったんだ……」
盛夏ちゃんが病院にいた理由にどこかホッとしていると、盛夏ちゃんはどこか寂しそうに言葉を更に紡ぐ。
「でも雪葫ちゃんが三伏君と付き合うようになったら、それも終わりかな」
「え?」
「だってそうでしょ。というか頼まれても私から断るかな」
そこまでの図々しさはないし。と言いながら盛夏ちゃんは苦笑する。
どうやら告白のことは結構広まっているらしい。
「えーっと、私、実は告白断ろうと思ってるんだ」
「そうだったの?」
「うん。言い出しにくくてどう言えばいいのか迷ってるんだけど……」
「うーん、普通に言って問題ないと思うけど……私が言っておこうか?」
盛夏ちゃんの提案はとても魅力的だったけれど、私は首を横に振る。
「そういうのは、自分の言葉で言わないとだと思うから」
「――良いと思うよ、そういう考え」
盛夏ちゃんは残りを一気に飲み干して、ゴミ箱にペットボトルを捨てる。
「じゃあ、そろそろお昼だし、三伏君を連れて帰ろうかな」
「ホントだ」
壁掛け時計を見てみれば、もう十分も経たずに正午という時間になっていた。
私も暖を取りながらちびちび飲んでいたジュースを飲み干して捨てたところで、盛夏ちゃんが「そういえば――」と前置きして私に聞いて来た。
「一緒に行くと三伏君とばったり会うだろうけど……どうする?」
「あ……ちょっと後から行きます」
「わかった」
それじゃあまた明日ね。と盛夏ちゃんは鞄を持って来た道を戻っていく。
「(盛夏ちゃん、思ってたよりいい人だなぁ)」
学校では殆ど会話もしないし、完璧超人といったイメージが強かったけれど、今日話してみるとそんな感じは全然しなかった。緊張はしたけど。
壁掛け時計から正午を知らせる音楽が流れてビックリするまで、私はそんなことを考えながらボーっとしていた。
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