第8話

「――というわけで、秋長君の入院している病室に行きたいんだけど」


 春子ちゃんと一緒に委員長……盛夏ちゃんがお見舞いにきた理由は単純に秋長君のための配布物を渡す為だった。どうやら少し急を要するものがあるようで。盛夏ちゃんはそれを渡したいけれど家の位置や入院している病院の場所は聞かされていなかったようだ。それを聞くために今日は春子ちゃんと一緒にお見舞いに来たらしい。

 とても盛夏ちゃんらしい理由でのお見舞いだったことに、私は少し安堵を覚えた。その安堵の理由まではわからなかったけれど……なんだかとても、嫌だ。

 アキ君が他の女の子と楽しそうにお喋りしているのを想像するのが、嫌だ。

 どうにかならないものか……咄嗟に思い浮かぶ方法なんてたかが知れているけれど、私は縋る思いで盛夏ちゃんに聞いてみた。


「私が行ったんじゃ駄目かな? 実は休日にお見舞いに行くことになってたんだ」

「――うん。全然大丈夫だよ」


 盛夏ちゃんは呆気なく快諾してくれた。嘘とも真とも問わずに、だ。そして配布物についてある程度のことを私に説明して、帰り支度を始めた。


「それじゃあ、お願いね。雪葫ちゃん」

「は、はい!」


 半透明なクリアファイルを勉強机の上に置いて、盛夏ちゃんは部屋を出て行ってしまう。

 静かな嵐のような人だった……とても緊張していたようで、今更ながら早鐘を打つ心音が耳に響く。


「「ふぅ……」」


 遠く扉が閉まる音がして、私と春子ちゃんは同時に息を吐いた。

 偶然の一致、だけどそれがおかしくて、顔を見合わせて笑ってしまう。


「春子ちゃんもありがとう。お見舞いにきてくれて」

「友達なんだから当然でしょ。それに最近は犬山君の件もあって、結構ヤバそうだったからね」

「そ、そんなにかな?」

「そんなによ。気づいてなかったっぽいから指摘させてもらうけど、この世の終わりかってくらいだったわ」

「!?」


 この世の終わりみたい、という言葉に大きく心臓が跳ねる。

 そんな私の反応を見て春子ちゃんはそれが事実だと気付いたのだろう。春子ちゃんは勉強机のところの椅子に座って、真面目な様子で口を開いた。


「もしかして犬山君に何か言われたの? ちょっと私に相談してみなさい。折檻しにいくから」

「あ、アキ君は病人だよ!?」

「それでも雪葫を悲しませたのだからそれくらいされて当然よ……って冗談はさておき、実際どうしたの?」


 折檻はしないから聞かせて。と春子ちゃんは真面目な表情で言う。


「実は――」


 私はアキ君が目覚めた日のことを丁寧に話した。

 足の怪我のこと、声のこと、そしてアキ君が競争を降りたこと。

 それらを聞いて春子ちゃんは黙り込んでしまった。何かを考えている、といった様子で暫く、春子ちゃんの中で考えが纏まったのか、言葉を紡ぎ始める。


「確かにおかしいわね。犬山君が雪葫との競争で何の理由もなく負けを認めるなんて考えられないわ。今の対決だっていい勝負なんだから、実質的な不戦敗を認めたと捉えてもおかしくないと思うわ」

「――だ、だよね」

「だけど、ならばきっと理由があるかもと考えることも出来るわ。それこそ、雪葫の関知しない部分が理由ならそうでしょう?」

「あ、確かに」


 そうだ。確かに私が知るアキ君だけが全てじゃない。

 春子ちゃんの言葉でモヤモヤした気分が晴れた気がする。これ、後でアキ君に聞かないと……。


「――そういえば雪葫、三伏君から告白されたんだって?」

「え?」


 それまでの真面目な声とは一転、春子ちゃんは悪い笑顔を浮かべて私に聞いて来た。


「その反応はマジなのね……って知ってたけど。それで、返事はどうするの?」

「う、断ろうと……思ってます」

「へぇ意外。三伏君って案外優良物件なのよ?」

「別にそういう部分は関係ないもん」

「知ってる。雪葫は犬山君がいいんだもんね」

「そ、それは……」

「違うの? あれだけあらかさまなのに?」

「え?」


 イマイチ要領を得ていない私に、春子ちゃんは丁寧に説明してくれた。

 私のアキ君に対する反応が他の男子に対するものと違うことや、アキ君とは明け透けなく喋ることを指摘され、極めつけは――


「そもそも、同性も含めて犬山君だけでしょ。雪葫があだ名で呼んでてかつあだ名で呼ぶのを許してるのは。その時点で特別に思ってるのはわかるわよ」

「――」


 そう言われて、確かにと思ってしまった。

 だ、だけどアキ君呼びはお母さんのが移っただけで私発祥じゃないし。でもアキ君って呼び方はアキ君嫌がってたような気がするし、だけど私がこの呼び方が特別感あって好きで――


「あ」

「こりゃ無自覚でした?」



 ――それから少しの間、私は春子ちゃんからからかわれ続けた。

 その中で私は昔からアキ君と他の男子には態度が異なっており、わかりやすかったということまで聞いてしまい、恥ずかしさで死んじゃいそうだ。もう許して……。


「それじゃあそろそろ帰ろうかな。病人をいじめるのも悪いし」

「今更……というかそういうなら反省の色くらい見せようよ……」

「あはは。それじゃあ早く治して愛しの彼氏君のお見舞いに行ってらっしゃいね。お大事にー!」

「春子ちゃん!」


 春子ちゃんは笑いながら部屋を出て行った。まだ彼氏じゃないのに……それに好きだってさっき気づいたばかりだし……うぅ。

 頭を落ち着かせる為に少し起き上がって枕元に置かれていたスポーツドリンクに口をつける。そして私はふと、秋長君からもメッセージが着ていたことを思い出した。

 内容はどんなだろう? とスマホのメッセージアプリを開いて確認すると、『次のお見舞いいつ来る?』と書かれた文頭が見えた。私は完結に『週末!』と打って返信。そのままスマホを閉じて布団に潜った。

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