第7話

 幼い頃から、人と関わることが苦手だった。

 同世代との接し方がわからず、入園した保育園と幼稚園は三ヶ月入っていれば長いほうだった。

 親戚や祖父母とは上手くコミュニケーションが取れなくて、いつもお母さんの後ろに隠れていた。

 そんな私だから友達と呼べる人は一人もいなかった。でも一人が好きなわけでもなかった。同年代の子が楽しそうに友人と遊ぶ姿を見て羨ましいと思ったことは何度もあるし、私もあの輪に混ざりたいと思ったことは一度や二度ではない。だけど極度の人見知りな側面がそれを拒んでいた。

 お母さんのお友達という人がお家に来た時もそうだった。同年代の子がいると聞いていて、お話したいと思ったりしたけれど、人見知りな側面が強く顔を出してしまい、結局自分の部屋に隠れてやり過ごそうとしていた。

 だけど本当に他人が嫌いなわけではないのだ。寧ろ楽しそうなその輪に加わりたいと思っているのだ。だからこそ、和気藹々とした様子をこっそり見ようと一階におりて――


「あれ、お前が雪葫?」


 ――後ろから、知らない声で話しかけられた。

 咄嗟に振り向くと、そこには同じ背丈の男の子が不思議そうな表情で私を見ていた。

 え、えーっと、どうしよう。なんて言えばいいんだろう。

 答えない私に段々と眉を潜めていく男の子。彼がお母さん達の言っていた子なのだろうと今考えても意味のないことを考えてしまう。


「うん。この子がウチの娘の雪葫ちゃん」


 助け舟を出してくれたお母さんが「ほら雪葫も挨拶して」と促してくるけれど、私は咄嗟に後ろに隠れる。


「ちょっと恥ずかしがり屋さんだけど、アキ君のことを嫌っているわけじゃないから、仲良くしてあげてね」

「ああ! よろしくな雪葫! 俺は秋長あきながってんだ!」


 お母さんの言葉に元気に返事をした子――秋長くんは私に握手の手を出しながら言った。


「よ、よろしく……秋長くん」


 そう言って私も手を差し出すと、優しく握って、秋長くんはニカリと笑った。





 ――懐かしいことを夢に見た。

 アキ君と初めて会った日の、初めてした会話。

 今でこそあだ名で呼び合う仲で、明け透けなく物事を言い合える仲だけど、そうなるまでは結構時間がかかっていたと思う。


「もう少し寝てたら、続きが見れるかな?」


 更に楽しかったことも夢に見たい――そんな衝動と共に、楽しかったとラベルを貼った記憶が大瀑布のようにあふれ出す。初めて外で遊んだこと、一緒に自転車の練習をしたこと、追いかけっこをしたこと……それらを思い出すと、とても心が温かくなる感じがした。

 もう一度目を閉じれば、同じ夢が見れるだろうか――と考えたところで、階段を登ってくる音が聞こえてきた。


「雪葫ー、お友達が来てるけど……って、起きてたんだね。連れてきて大丈夫?」


 扉を少しずつ開けながらお母さんが言う。

 友達……春子はるこちゃんかな? と来てくれそうな友達の顔を思い浮かべながら私は頷いた。


「うん。下りた方がいい?」

「病人がそんなこと考えないの。呼んでくるから横になってて」


 そう言ってお母さんは部屋を出て行く。

 ふと気になってスマホの時計を見ると、お昼はとっくに過ぎていた。そしてメッセージが数件来ていたようなので、私はそれを閲覧する。

 友人の心配するメッセージと、配布物を持っていくことを伝える旨と、心配するメッセージと……心配性な彼女に少し笑みが込み上げて来ると共に、もう一人、メッセージを送ってる人がいることに気づいた。

 送信者名は――秋長。この二文字を見て、私の心臓は自分でも驚くほど大きく跳ねた。

 一体どんな内容だろう――というところで、扉がノックされる。


「雪葫? 入るわよ」

「いらっしゃい春子ちゃん」

「雪葫ちゃん、お邪魔してます」

「――と、委員長?」


 春子ちゃんの後に入って来たクラス委員、馬路まじ盛夏せいかちゃんがいることに、私は驚きを禁じ得なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る