第5話
風邪を引くと思考力が低下すると聞いた事があるけど、私は無駄に色々と考えてしまうせいか全くそうは思えない。寧ろ風邪を引いた時の方が色々考えてしまうとさえ思っている。というより実際考えてしまうのだ。色々と。
それに感化されてか、普段は見ない、風邪を引いていると夢を見ることが多い。その夢の多くは荒唐無稽で言葉にするのも難しいような混沌とした夢だけど、今日見た夢は明文化するのが容易い部類に入るものだ。
自分でも驚きを禁じ得ないほど自然に目が覚めた。ふと時刻が気になり枕元に置いていたスマホを開くと、時計は9時過ぎを指していた。
もう少し寝たい、そう思いスマホを置いて布団に潜ったまではいいけれど、どうも瞼は軽い。だけど眠たい時の感覚だけはあるためか不思議な感覚がまとわりつく。そしてそういう時ほど無駄に思考は明瞭で、いつも以上に働き者になる。
だからこそ、思うのだろう。
今見た夢にも何か意味があるかもしれない、と。
思い違いだと冷静に指摘する反面、これまでの記憶が証拠と言わんばかりにフラッシュバックして、その意見に現実味を持たせていく。アキ君の事故後の変化、成績の低下……そして、三伏君の告白。
どれもこれもがこれまで起きなかったことであり、これまでなら起こらなかっただろうことだ。そしてどれもが、同時に起きたことでもある。だからこそ何か意味があるのだと訴えかけている、と考える自分がいる。被害妄想猛々しい事この上ないけど、妙な説得力を感じてしまうから質が悪い。
でもどういう意味があるのかは明確に示してくれない。まるで宗教みたいだな、と感じて苦笑が漏れたところで、扉をノックする音がした。
「雪葫ー、起きてる?」
部屋の扉が開かれる音と共に、お母さんの声が聞こえた。
「……うん」
布団から顔を出すと、お茶碗を持ったお母さんが部屋に入って来ていた。
「食欲はある?」
「……わかんない」
「そう。じゃあ無理しなくていいから、食べられそうなら食べてね」
「うん……」
私はお母さんからお茶碗とスプーンを受け取る。ほんのり温かいお茶碗に中はお粥だった。梅干しが乗っており、口の中で唾液が過剰に分泌されるのを感じた。
想像していたよりも柔い梅干しを崩し、その一部と共に米を掬って口に運ぶ。僅かな酸味が口の中一杯に広がるのを感じ咄嗟に白米の部分だけを口に放り込んだ。
「食欲は大丈夫そうだね」
「うん」
それから無言で、いつもよりのんびりと食べて、どうにか完食した。
「御馳走様でした」
「お粗末さま。お代わりは大丈夫?」
「うん。お腹いっぱい」
「そっか。眠気は?」
「ないかな」
「だよね」
お母さんはお茶碗を受け取りながら苦笑半分にそう言う。
「お母さんも、風邪を引いてご飯を食べた後は寝れなかったんだぁ。よかった。そう言うところは似て」
「お父さんは寝ちゃうの?」
「そりゃあもう。冬君は赤ちゃんかってくらいどっさり寝るからね」
「あ、それわかるかも」
確かにお父さんは優しいけれど、特に何もない日は遅くまで寝ているか日向ぼっこしたまま寝てたりと、結構寝ているイメージがあった。だから風邪の時のお父さんの様子も自然と想像できて、それがおかしくて笑ってしまう。
「――やっと笑った」
「え?」
「最近の雪葫、ずっとしかめっ面だったからね。その様子だと気付いてなかったみたいだけど」
そう言われて、私は最近笑った記憶がないことを思い出す。そういえば、時折見ていた動画も最近は見てない。テスト期間だったこともあるだろうけれど、本当に笑ってなかったんだなと改めて認識した。
「――学校で何かあった?」
「え?」
だからそう聞かれたとき、お母さんはエスパーなのかな、と本気で考えてしまった。
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