第7話 気絶してる!?
「ああー……この旭可愛いなあ……会いたいなあ……」
一月一日。元旦の深夜。日付けが変わって直後のこと。
一心はクリスマスイブにイルミネーションを背景に夜鶴とのツーショット写真を見返していた。
全力笑顔でピースする一心に比べ、一人分の距離を空ける夜鶴は少しだけ視線を逸らしている。ピースサインもない。
『私のことドキドキさせられたら付き合ってあげる』
そう夜鶴は言ったが本当はやっぱり諦めてほしかったのだろう、と思う。
とんでもなく一心がしつこかった。
だから、仕方なく無理難題な条件を出した上で夜鶴が折れてくれたのだ。
そう考えれば、改めて一心は決意する。
必ず、夜鶴のことを幸せにしてみせると。折れてくれた夜鶴を必ず不幸にはせず、折れてよかったなと思ってもらえるように。
が、今の一心の声からは覇気がない。弱々しく、グデーと寝そべりながら腕を伸ばしては気だるそうにしていた。
原因は、高校生が可能な時間いっぱいまで大晦日も働いていたこと、も少し含まれているが大きいのは夜鶴と連絡先を交換していないから連絡を取れないことだった。
映画デートの日はイルミネーションを見た後はどこにも寄らず帰路に着いた。時間もそう遅い時間帯ではなかったものの、既に暗くなっている中を夜鶴一人で帰らせる訳にもいかず、一心は送っていくつもりだった。
だが、夜鶴の最寄り駅に電車が到着すれば家はすぐ近くだからと言われ夜鶴は手を振ってあっさりと帰っていった。
家を知られるのが嫌だったのだろう、と大人しく待ち、最寄り駅に電車が着くまでの間に夜鶴に無事に到着したかの連絡を入れようとして一心ははっと気付いた。
これからも夜鶴に堂々と会いに行けるようになり、その事ばかりで頭がいっぱいになって連絡先を教えてもらうのを忘れていたことに。
「ああ、夜鶴の声が聞きたい。聞きたい。聞きたいよ~」
せっかく、夜鶴と仲を深められたのに学校が始まるまで一日も会えないのは辛すぎる。
共通の友達を通じて教えてもらうほど疎遠でないのだから自分で聞きたくて、ここ最近の一心は夜な夜な夜鶴とのツーショットを眺めては愛でる行為に及ぶしかなかった。
「……はあ、新年の挨拶もしたかったのに俺の馬鹿」
ため息が漏れる。
けれど、いつまでもガッカリしていたって仕方がない。一心は夜鶴の家も知らないのだから会いにも行けないのだ。ジタバタしたところで何かが変わる訳でもない。
「ま、あと一週間ちょっとで学校も始まるしそれまでは我慢するしかないよな」
切り替えていく。
ちょうど、今後夜鶴と出掛ける機会も増えるだろうと軍資金を稼ぐためにバイトの日数も増やしたのだ。気を紛らわせていれば、一週間ちょっとなんてほんの一瞬で過ぎ去っていくに違いない。
そうして、日中は仕事に精をだし、夜中は夜鶴の写真に癒される日々を送ること数日、今日も元の写真は残したまま夜鶴だけをドアップにしたお手製の写真を見て癒されようとしていた一心の元に一本の着信があった。
「も、もしもし。どうした
なんとなく、後ろめたい気持ちがありすぐに秘宝のお宝写真を画面から排除して出る。
着信主は
「旭から色々聞いたよ。日野の諦めの悪さには度肝を抜かれたって」
「そこが自分のいいとこだと思っていますので!」
「うっわ、ポジティブ過ぎでしょ。でも、よかったね。諦めないで。旭からチャンスを貰えただけでも十分凄いことだからね」
「あのー、まだ始まったばかりなのに終わった感出さないでもらえます?」
「いくら日野が諦め悪くても旭と付き合うのは難しいと思うなあ。あの子、攻略難易度めちゃくちゃ高いし」
「確かに。旭に辿り着く前に雛森っていう二重の高い壁が立ってるからな」
夜鶴に心奪われてから一心はすぐに行動を開始した。各学年の教室を周り、学年とクラス、名前を知るために。一年にいないなら、二年だろうと三年だろうと関係なく行くつもりだった。知り合いの先輩は誰一人としていないが。
けども、案外すぐに夜鶴のことを発見出来た。夜鶴は五組で隣の隣のクラスに在籍していたから。
しかし、その時は名前までは分からず、どう声を掛けてもいいのか分からなくて立ち去った。
それから、何度も五組まで足を運び、夜鶴を見に行ったが一度も声は掛けられなかった。
いつも夜鶴の側には派手な金色の髪をした女の子が居たから。
「まあまあ、私はもう突破されたから」
「旭から聞いたよ。そっちのクラスで俺はジャムパンマンってあだ名で呼ばれてるって」
「よかったね。そのお陰で旭に存在を認知されたんだし私に感謝してよ」
ジャムパンマンと呼ばれるようになった原因を一心は今でも覚えている。
夜鶴にどう接触しようかを悩んだ一心は夜鶴の側に居た女の子がたまたま一人で居るところを見掛け、声を掛けたのだ。
いつも一緒に居る女の子の名前を教えてください、と。そしたら、たった一言だけ。帰りな、と追い返された。
それでも、諦めなかった一心は木陰を見付けては夜鶴のことを教えてもらおうと一ヶ月間木陰に付きまとった。
「だいぶ頑張ったんだ。もうちょっとカッコいい姿で認知されたかった」
「ジャムパン私に貢いでただけじゃない。旭の情報と引き換えに」
一ヶ月間付きまとわれて、一心のことが木陰は段々鬱陶しくなったのだろう。
あの子の情報が欲しければ一日に五個しか販売されないスペシャルジャムパンを一ヶ月間一日も欠かさずに持って来なさい、と突撃した一心は試練を与えられた。
「でも、まさか本当に持ってくるとは思わなかったよ。正直、驚いた。あのジャムパン、すぐに売り切れるって噂だし」
「旭の情報が得られるんだ。廊下も全速力で走るに決まってるだろう」
「マジで旭馬鹿だね日野」
一ヶ月間、欠かさずにジャムパンを運んだ一心はついに夜鶴のことを木陰から聞き出すことに成功したのだ。
名前と今交際している相手はいない、という超重要な情報を。
「で、その旭と映画観に行けるようになったのに連絡先を交換し忘れるってオチまで完璧だよ。旭から映画行くことになったって聞いた時は驚いたけど、その後にこの話聞いて爆笑した」
「その件に関しましては、雛森様と連絡先を交換しておいて本当によかったと思っております。助かりました」
「うむ、くるしゅうない。てかさ、私には色々と情報が欲しいからってすぐに連絡先を聞いてきたのになんで旭には無理なの?」
「旭と居るとそれどころじゃなくなるんだ」
「つまり、私には魅力がないと?」
「そういう訳じゃないけど、旭と比べると劣るかなあ。あくまでも俺個人としての意見だけど」
一心にとっては夜鶴が世界で一番可愛いことに変わりないが木陰もかなりの美少女だ。おまけに夜鶴よりも明るい性格だとかで人気もあるらしい。
「なんか腹立つな~。せっかく、日野が喉から手が出るような情報あるのに教えるのやめよ」
「ごめんなさいごめんなさい。雛森様もとっても素敵なレディーです」
「現金な日野。ま、そういうの嫌いじゃないけどね」
一心が欲しがる情報といえば、夜鶴関連しか考えられない。
しかも、喉から手が出るほどの内容だ。
現金になるのも当然のこと。
――旭の人には言えないような可愛い秘密だろうか。楽しみだ。
「どっちでもいいんだけど、明日か明後日のどっちか暇?」
「明日はバイトだけど、明後日は休みもらってるから暇だ」
「運がいいね。じゃ、明後日後で地図送るからそこに来て。時間は14時位かな」
「え、あの、旭のとんでもない秘密は?」
「そんじゃね」
「え、あの、旭の秘密は……切れた」
一方的に電話を切った木陰に呼び掛けても聞こえるのは通話が終了した時に流れる無慈悲な音楽だけ。
夜鶴の情報は何もなく、それどころかよく分からない約束事を取り付けられただけだった。
「何だったんだ……あ、送られてきた」
木陰の言った通り、すぐに地図の画像が送られてきた。地図には赤丸で囲まれている場所があり、拡大してみれば神社だということが確認できた。
「ふむ、よく分からないけど……初詣かな」
もしかすると、夜鶴と初詣する機会を木陰がセッティングしてくれたのかもしれない。
有難い限りだ、と二日後を楽しみにしていれば二日後は実にあっさりとやって来た。
木陰に言われた時間よりも早く着くように家を出て、電車に乗って神社の最寄り駅まで向かう。
神社は駅からそう遠くなく、十分も前に到着することが出来た。
神社の入り口付近で待ちながら、木陰に着いたことを連絡する。
三が日を過ぎたとはいえ、まだ神社を参拝する人は大勢いて中には振り袖を着て正月気分を堪能している女性の姿もちらほら見掛ける。
――旭はどんな格好で来るんだろうか。
可能ならば、振り袖姿の夜鶴を見てみたい、と一人で振り袖に身を包む夜鶴を想像して頬を緩ませていれば背後から肩を叩かれ、一心は振り返った。
そして、言葉を失った。
「お待たせ」
巫女だ。巫女がいる。白無垢の衣装に身を包んだ金色の髪を輝かせる巫女さん。
「おーい、どうしたー?」
目の前で木陰が手を振りながら、意識を確認してくる。
「ははーん、さては私に見惚れているな? 旭に言ってやろ」
「たった今、言葉が喉を通るようになった。なんで、巫女服なんて着てるんだ?」
「その前に言うことあるでしょ!」
「ああ、そうだった。旭はどこ?」
期待を裏切られたように木陰がずっこけそうになっているがどうにか耐えて呆れたようにため息を漏らしている。
「ほんと、旭ばっかりだね」
「旭とは会える?」
「会えるよ」
「なら、早く会わせてくれ。もう十日も会ってないんだ」
「はいはい。ついてきて」
どうして巫女服を着ているのかも分からないまま、一心は木陰についていく。
「ていうか、学校でもないのにどうして制服なの?」
「旭と雛森が見付けやすいと思って」
参拝に来ていた客に混じりながら歩いているというのに誰も怪訝そうな目を向けてこない。
その理由を一心は沢山の巫女服に身を包んだ女性が並んでいるのを見て把握した。
おみくじを販売している女性は誰もが巫女服を着ている。さしずめ、一心はおみくじを引くのに巫女さんに案内されているようにしか見られていないのだろう。
でも、別に一心はおみくじを引きたい訳ではない。夜鶴に会いたいのだ。
「あのー、雛森さん? 旭はど――」
夜鶴を見付けるのに周囲を見渡す。
沢山の人がおみくじを引いていて。その相手を巫女さんがしている。
そんな中からたった一人の女の子を探し出す。
そんな難易度の高い状況でも一心はすぐに夜鶴を見付けることが出来た。
二人組の女性客に笑顔で接していたから。
巫女服に身を包んだ夜鶴が。
「私の親戚が神社の関係者なんだ。で、今年手伝ってくれって言われたから旭も誘ってみたの。お金欲しいって言ってたから……って、聞いてる? 日野?」
木陰は一心の眼前で手を振ったり、頬をつねったりする。
しかし、そのどれにも一心は反応を示さない。
「き、気絶してる!?」
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