第6話 そして、物語が始まる
ファーストフード店を出た一心と夜鶴は同じ建物内にある本屋にまで来ていた。
一心が予定していたよりもファーストフード店に長居してしまったがイルミネーションが点灯されるまではもう少し時間がある。
そこで、夜鶴を帰らせないためにさっき見た映画の原作も気になるな、と一心が言ってみたところ意図も容易く夜鶴を釣れた。
「あ、そうだ。新刊のチェックもしなきゃ」
本屋に行くよ、と行動的な夜鶴に連れられてやって来れば夜鶴はテンションを上げて一目散に漫画コーナーに向かっていく。
「この続き、もう出てたんだ。こっちも。休みの間に読まなきゃ」
「買わなくていいの?」
「本来は紙で集めたい派なんだけどね。部屋のスペースも限られてるし、どうしてもこれだけはって作品以外は電子で読んでるんだ。作家様には大変申し訳なく感じております」
早口で説明して、最後にはここには居ない人に謝罪までする夜鶴が面白くて一心は笑みを浮かべる。
「旭はどれくらい作品を読んでるんだ?」
「うーん、数えたことないから分かんないや。とりあえず、気になった作品は読んでみて自分に合ってたら継続するって感じ」
「やっぱり、ジャンルは映画の作品が連載されているような雑誌の系統が多いの?」
「そうだね。一つの大きな夢を叶えるために努力して、時には敗北もするけど仲間と力を合わせて強敵を倒したりする主人公が沢山のどっちかと言うと少年向け作品が多いかな」
「めちゃくちゃ好きなんだ。熱いものが伝わってくるよ」
「一応、少女向け漫画とか恋愛漫画も読んではいるけど気に入ってるのは少ない。どうも私には向いてないみたいだから。日野は?」
「俺?」
一心は少しだけ考えてみる。
何も四六時中バイトに精を出している訳ではなく、休日だってもちろんある。少ないけれど。
当然、休みの日には友達と遊んだり友達から借りた本を読むことだってある。少ないけれど。
「俺はそうだなあ……なんか、敬語系の女の子が出てくる作品が多いかな」
「好きなの、そういう子が」
「好き嫌いはないけど、友達が勧めてくるんだ。敬語を使う女の子が世界一可愛いから読んでみろって」
「へえ……日野くんには面白いお友達がいるんですね、みたいな?」
「そうそう。そうなんだけど」
一心は顔を手で覆いながら天を仰いだ。
――わざとやってるのか、旭のやつ。もうこれ以上、俺を好きにさせないでくれ。
敬語を使う女の子に対して、一心は何の感情も抱いていなかった。友達の熱いトークもいまいち理解出来ずにいた。
けど、夜鶴が敬語を使っただけで、普段の話し言葉とは違うギャップにやられた。今なら友達の言っていたことを理解出来る。
「旭の敬語は危険だから口にしちゃダメだ」
「急に辛辣じゃない!?」
夜鶴からすれば、ただこんな感じかと演じてみただけなのだろう。
それでも、一心には耐え難い可愛さを秘めている。
「でも、日野の友達も面白い性癖してるよね。本の話しとか出来そうだし、会ってみたいかも」
「あー、それはやめておいた方がいいかも。あいつ、拗らせ過ぎて敬語を使う女の子以外は女の子じゃない、ってめっちゃ壁築いてるから」
「ぷっ。何それ。ヤバイね、その友達」
そんなことを話しながら、映画の原作がある場所まで行く。
これは本当にオススメだから1巻だけでも買ってみよう、と押し切られ一心は少ない財布の中身をさらに減らすことになった。
因みに、どう面白いのかを聞いてみれば自分で確認しないと損、と教えてもらえなかった。
「布教しましたよ、作者様……!」
やりきった顔の夜鶴は一仕事終えた後みたいだ。映画化もされた作品なのだから、布教せずとも人気だと思う一心だが満足そうな夜鶴には何も言うまい。
夜鶴は本当に本が好きなのだろう。図書委員もしているし、本の話題になるといつもよりも元気になっている。
と、そんなことをしていればイルミネーションが点灯される時間に近付いていた。
「俺、旭とイルミネーション見たいんだけど付き合ってくれるか?」
断られるのを覚悟して、一心はダメ元で誘ってみる。
イルミネーションなんて単語を出せばまた告白されるのでないかと夜鶴が警戒するのは想像に容易い。
でも、その警戒は無駄だ。
もう一心は夜鶴の気持ちをしっかり理解した。秘密も打ち明けてもらい、どうしたって気持ちを変えられることはないと散々思い知った。
それでも、一心の気持ちは変わらない。
けれど、それは夜鶴も同じでお互いに気持ちを変えられないのなら一心は夜鶴のことを尊重したい。
だから、イルミネーションはただ夜鶴と一緒に見たい。最後の思い出に。
「……いいよ、付き合ってあげる」
心配していた断られることもなく、あっさりと首を縦に振った夜鶴に一心は一安心。
ただ同時に終わりへのカウントダウンが始まったような気がして悲しくもなる。
一心が夜鶴に告白をした日、夜鶴は映画にだけ付き合ってくれると言った。今日で夜鶴とはかなり仲良くなれたと一心は思っている。
だから、三学期が始まって会いに行けば普通に話して笑って過ごすことは可能だろう。
しかし、その度に一心は叶わぬ恋心を育ませては夜鶴にぶつけてしまうかもしれない。諦めることを諦めきれていないのだから。
「案内してよ」
「うん。この近くなんだ」
それをすれば、夜鶴を悲しませてしまうかもしれない。そうならないためにも一心は夜鶴と会うのは今日限りにしようと決めている。残念でならないけれど、仕方がない。
そんな一心の悲しみを夜鶴も感じ取っているのかイルミネーションへと向かう間の口数は少なく、黙々と歩く。
それでも、イルミネーションを目の当たりにすれば否応にでも二人のテンションが上がった。
「うわぁ……きれー……!」
「うん。写真で見たよりも凄く綺麗だ」
デートするにあたって一心は何かクリスマスっぽい場所はないかと夜鶴の友達から連絡をもらってすぐに調べ始めた。
写真でも十分に綺麗だったが色とりどりの明かりが灯った大きなクリスマスツリーを先頭に光の道路が続いている光景は実物の方が綺麗だ。
こんな素晴らしい景色を夜鶴と見られたことを一心はしっかりと脳に刻んでいれば夜鶴がこちらを向いた。
「……日野。今日はありがとね。男の子と一対一で遊ぶの初めてだから、楽しめるかなって思ってたけど凄く楽しかった」
明かりに照らされる夜鶴の笑顔はどの光よりも眩しく輝いていて。
――ああ、ダメだ。やっぱり、我慢出来ない。
沸き上がる気持ちを一心は抑えられなかった。
「ごめん、旭。俺、やっぱり旭が好きだ」
もうこれ以上は言わないでおこうと決めていた告白を本来は告白すると決めていた場所で告げる。
夜鶴のあんな笑顔を見せられて、それが今日限りに一心はどうしてもしたくなかった。
でも、そのせいで笑っていた夜鶴を曇らせてしまった。
「……なんでさ、そんなこと言うの」
曇らせるどころか嫌悪感まで滲ませてしまう。
「言ったよね。私は異性にドキドキしないんだって」
「聞いた。でも、俺が旭を好きってことは聞いたところで何も変わらなかった」
「変わってよ。私には無理なんだって、そういうの。日野がそう言ってくれるのは嬉しい。動機はあれでも、嬉しいんだよ。でも、嬉しいって感じるはずなのに体は何も反応しないの」
苦しそうに言葉を紡ぐ夜鶴は酷く辛そうにもしていて一心は胸の痛みを覚える。
「だからさ、もう諦めてよ。諦めて、今日は楽しい一日だったな、で終らせて……好きな子の頼みなら聞けるでしょ。お願い」
辛さを隠すように。後具されがないように無理に笑みを作る夜鶴の姿はなんだか見ていて痛々しい。
そんな風にさせてしまった一心は夜鶴の願いを叶えなければならない。身勝手で諦めが悪くて好きな子を悲しませる惨めな男。肩書きは最悪だ。
「俺に出来ることなら旭のお願いはなんでも聞いてあげたいよ。でも、ごめん。それは聞けない」
それでも、引くに引けないのが今だった。
「……なんで? 日野は私に嫌いになってほしいの?」
「そんなはずないじゃん。好きになってほしいのにさ」
「ますます分かんないよ。これ以上、続けるなら私、本当に嫌いになるよ、日野のこと」
「旭が言ってくれたから。今日、楽しかったって。俺はそれが凄く嬉しかったから、また旭のこと楽しませたいって思うんだよ」
「そんなの嘘だよ。そう言えば日野が満足するかもって思ったから言っただけで、本当は楽しくなかった。これっぽっちも」
「それこそ嘘だよ」
「なんで、そう思うの……?」
一心は確信していた。
「何回も笑う姿、俺はずっと見てたから」
虚を突かれたように固まる夜鶴。
夜鶴はまだ思い知っていないようだ。どれだけ一心が夜鶴の完璧な顔に惹かれて、どれだけ顔ばかり見られていたのかを。
だから、分かるのだ。夜鶴がちゃんと楽しんでくれていたと。あの笑顔は本物で偽りではないと。
「自分勝手でごめん。でも、旭がドキドキ出来ないって言うなら、俺にチャンスを与えてほしい。旭のこと、いつか必ずドキドキするような大恋愛にするから……俺と付き合ってください!」
頭を下げて一心は右手を差し出した。
最後のつもりでした渾身の愛の告白。これでも無理ならそれはもう夜鶴に嫌われてしまったからだ。
付き合えるか付き合えないか二つに一つなら確率も五分五分。それなら、とことんやりきって結果を受け入れる方が一心の性に合っている。
夜鶴からの返事はなかなかない。
怒りを通り越して声さえ出せないのかもしれない。
一心は怖くなった。前向きに行動しているけれど、恐怖を感じない訳ではない。本当に夜鶴に嫌われてしまうのは嫌で嫌でたまらない。
伸ばした手が情けなく震え始める一心は空いていた手で震えが収まるように腕を握る。
そうやって、夜鶴の前ではカッコいい姿だけを見せようと努めていればため息が聞こえた。
「……本当に日野って馬鹿だ。こんな女の子のどこがいいんだか」
呆れられているのが分かり、一心は顔を上げることが出来ないまま答える。
「顔。改めて思った。笑顔がめちゃくちゃタイプです」
「動機は不純だし、しつこいし、自分勝手だし、諦め悪いし……ほんと嫌い」
「うっ……やっぱり、嫌いになった?」
「なった。もう大っ嫌い」
「そ、そんなにか」
予想していたよりも夜鶴に嫌われてしまったことにショックを受けて、一心は肩を落とす。
「……でも、こんなにも私のこと諦めないでくれたのも日野が初めて。だから、日野の言う通りチャンスをあげる」
チャンス、という単語に顔を上げた一心は夜鶴に一歩近付いた。
「それって、付き合ってくれるってこと?」
「違う。がっつきすぎ」
「あいた」
べしっと額に夜鶴からのチョップを受けて一心は思い止まる。
「さっき言ってくれたでしょ。私のこと、ドキドキさせてくれるって。だから、もし私が日野にドキドキさせられたら付き合ってあげる」
「それって、俺が旭をドキドキさせられたら俺と付き合ってくれるってこと?」
そんなうまい話があるのだろうか、と半ば半信半疑で聞いてみれば夜鶴が頷いた。
――えーっと、つまり、俺が旭をドキドキさせられたら旭と付き合える、と……。
自分の中でもう一度整理した一心はだんだん現実味が沸いてくる。
「スゲエ! そんなことがあっていいのか?」
夜鶴をドキドキさえさせれば付き合える。
まるで、天からのお恵み物でも降ってきたかのように一心が食い付けば夜鶴は目を大きくして意外そうにしていた。
「わ、分かってるの? 私、今まで異性の誰にもドキドキしてないんだよ」
「それは、旭がまだそういう人に出会えてないだけだ。でも、もう安心していい。俺がぜーったい旭と付き合うから覚悟してて」
無理難題な条件を出せば一心も諦めるだろうと夜鶴は考えていたのだろう。
けれど、一心からすればまたとないチャンスだ。みすみす逃すはずがない。
胸をどんと叩いて口にすれば夜鶴は呆然として――吹っ切れたように笑いだした。
「あはは。あははは」
「なんで笑うんだ?」
「だって、付き合う前提で言うんだもん。日野、分かってないでしょ。私がどれだけ攻略難易度高いのか。言っとくけど、今日一日日野にドキドキしてないからね」
「マジか。なら、もっと頑張らないとな」
「どんな手段で攻めてくるのか知らないけど身体的接触はなしだから。あとは、まあ、ある程度のことまでなら許してあげるけど私が嫌って言ったことはすぐ止めて」
「ん、分かった。承知した」
「ほんとに分かってんのかな?」
あっさりと頷いた一心を夜鶴は疑いの眼差しで見つめる。
「途中で諦めてくれてもいいからね」
「逃げ出すはずないでしょ。こんなにも、旭に執着してるんだよ、俺」
「それもそっか。じゃあ、日野。私のことよろしく」
「おう、任せとけ。っし、今日の思い出と覚悟の誓いにここで写真撮ろう。すみませーん」
一心は近場にいた優しそうな大学生くらいの男女二人組の男性に声を掛け、快く承諾されるとスマホを渡した。
「ほら、旭。並んで並んで」
夜鶴を手招きして隣に並んでもらう。一人分の距離が空いているのは夜鶴なりの抵抗なのかもしれない。
それでも、今はそれでよかった。
これから先、この隙間を埋めていく機会も楽しみも沢山あると一心は信じているから。
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